256話 Cランクアップ?
リサヴィはとあるギルドで受けた依頼の達成報告をしていた。
依頼は言うまでもなく、リッキー退治である。
マルコギルドで受けた依頼を終え、マルコに戻る途中に寄ったギルドにリッキー退治があったのでそれを受けたのだ。
受付嬢がリオに笑顔で尋ねる。
「報酬は均等でよろしいですか?」
「うん」
「承知いたしました」
受付嬢は処理を行った後でニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます!」
「ん?」
「皆さんは今回の依頼達成でCランクへの昇格試験を受けることができるようになりましたっ」
リサヴィは依頼ポイントの低いリッキー退治ばかり受けているためランクアップとは無縁に思える。
しかし、その過程で退治した魔物のプリミティブを素材収集依頼に使用したり、道中で退治した盗賊が実は賞金首だったりとリッキー退治の他でも依頼ポイントを稼いでいたのだ。
そして今回のランクアップには以前リトルフラワーと受けたガブリム退治の依頼ポイントが大きく貢献した。
元々はCランクの依頼だったが、依頼内容とはあまりにかけ離れた難易度であったためリトルフラワーがギルドに文句を言い、報酬のアップを要求していたのだ。
その申請が通り、依頼ポイントが大幅にアップした事も大きかったのである。
これがなければランクアップはもっと先であっただろう。
受付嬢のテンションとは対照的にリオは別段嬉しそうには見えなかった。
その態度で受付嬢が不安になり、他のパーティの面々の様子を伺う。
目の合ったアリスは愛想笑い、フードを深く被ったサラの表情はよく見えず、魔装士に至っては仮面をつけているので問題外。
「あの、その、嬉しくないのですか?」
「どうだろう?」
「はあ」
(自分の事なのに「どうだろう」って、どう言う事?)
「あ、あのー……」
「ん?」
この受付嬢は新人でリサヴィのことをよく知らず、マニュアル通りの対応をとる。
「腕に自信がないのでしたら心配はいりませんよ。今まで通りニランク下、Eランクまでの依頼が受けられます」
「そうなんだ」
「……」
受付嬢はリオとでは話が進まないと見て、話が通じそうな戦士、の格好をしたサラに助けを求めるような視線を向ける。
サラは内心ため息をついた。
「リオ、どうしますか?私はあなたに従います」
「あ、あたしもですっ」
「ぐふ」
「んー、そうだねえ」
「あの、何を心配しているのでしょう?」
「Cランクに上がるとさ」
「はい」
「リッキー退治受けられなくなるよね」
「「「……」」」
「……は!?しょ、少々お待ちくださいっ」
受付嬢は改めてリオの依頼履歴を調べる。
驚くべき事に約半分がリッキー退治だった。
冒険者が嫌う依頼のワーストテンが毎年発表されており、その年によって多少の入れ替わりがあるものの必ず上位に入るのがリッキー退治であった。
嫌われる理由は、まずFランクの依頼だから報酬が安い。
次にリッキーはFランクの魔物なので倒して当たり前と称賛される事はない。
確かにリッキーは弱いが、すばしっこく倒すのが難しく逃げられて失敗することも多い。
冒険者にとって割の合わない依頼なのだ。
冒険者の中には一度もリッキー退治の依頼を受けずに引退するものもいるほどである。
これは冒険者に限った事ではなく、ギルドもそうだった。
依頼には受付期間があり、その間に誰も依頼を受けないと依頼元へ戻されることになるのだが、それはそのギルドの成績に影響する。
そのため、受けてくれそうもない依頼は最初から依頼登録を断るギルドもあるのだ。
リサヴィはそんなリッキー退治を好んで行う危篤な冒険者であることを受付嬢は知った。
「た、確かにリッキー退治はFランクで依頼登録される事がほとんどですから難しくはなりますが……」
とはいえ、受付嬢はリオが理解できなかった。
いや、この受付嬢だけでなく誰に聞いても理解できなかっただろう。
もし、リオのこだわりがワーストテンの依頼でなかったら受付嬢はもっと積極的に昇格を薦めただろう。
いつまでも昇格せず低ランクの依頼を受けられると本当に低ランクの実力しかない冒険者の依頼を奪うことになるからだ。
しかし、リオの発言が嘘でないことは履歴をみれば一目瞭然であり、それ以外のFランクの依頼は受けていなかった。
Dランク冒険者は多いがDランクの依頼も多い。
少なくとも今の段階でDランクに留まっても依頼の奪い合いになることはないだろう。
それどころか、人気のない依頼を進んで受けてくれる、しかも達成率百パーセントなら依頼主もギルドも大歓迎である。
「うん。決めたよ」
「は、はいっ」
「やめとく」
「……はい。承知しました」
リオは受付嬢から冒険者カードを受け取り依頼掲示板へ向かう。
それに従うパーティの面々。
受付嬢はリオの後ろ姿を見送りながら今更ながらにある二つ名を思い出し、無意識につぶやいた。
「リッキーキラー」と。
「あのっ、リオさんっ」
「ん?」
「その、今更なんですけどっ、なんでリッキー退治にこだわるのですかっ?」
リオは小首を傾げる。
「わたし、変なこと言いましたっ!?」
「別におかしくないですよ。そう思うのは当然です」
「ぐふ」
リオは答えは単純明快なものだった。
「畑が荒らされると困るでしょ」
「そ、そうですねっ、流石わたしのリオさんですっ。きゃっ、わたしのだなんてっ」
「確か過去にリッキーを放置した結果、異常発生して畑が荒らされた結果、村から人が離れて村自体がなくなったことがありましたね」
「ぐふ。滅多にあることではないがな」
「そうなんだ」
「「「……」」」
サラがため息をつく。
「リオがそこまで考えてるとは思ってませんでしたが」
リオが依頼書をぴっと剥がした。
「まだ残っていたよ。ラッキーだね」
サラはその依頼書を見てため息をついて言った。
「それが残ってたのはラッキーというより必然でしょう」
リオが手にした依頼書、それは言うまでもなくリッキー退治だった。




