253話 演劇「鉄拳制裁」 その2
リサヴィはサラを先頭に真っ直ぐギルドに向かった。
そしてカウンターにモモの姿を見つけると突撃した。
「あ、リサヴィの皆さ……」
「“鉄拳制裁”っていう演劇を見て来たのですが!」
サラのその言葉を耳にしてモモは体を強張らせる。
「そ、そうですか。演劇ですか。気分転換が出来たようでよかったです。それで、実はリサヴィへの依頼…」
「まだ話は終わっていません」
モモは助けを求めるように高速で辺りを見回すが、ギルド職員は誰も目を合わせようとしない。
「モモ、聞いていますか?」
「は、はい。もちろんです!私がリサヴィの方々を蔑ろにするわけないじゃないですか!」
「それはよかったわ」
サラがにっこり笑う。
もちろん、目は笑っていなかった。
「あなたに聞きたい事があります。あの演劇、鉄拳制裁についてね」
「あ、ああ、その演劇ですね。す、すごく好評らしいですねっ。皆さん、見た後スカッとするって聞いて……いますが……」
サラの顔が怖くてモモの言葉は途中で消える。
「私はスカッとするどころかストレスが思いっきり溜まりました」
「そ、そうですか。そ、それでお話とはなんでしょうか?」
「あの演劇は、マルコギルドが協力しているとか。いえ、誤魔化しても無駄です。団長から直接話を聞きましたので」
「あ、あはは、ご、誤魔化しなんてしませんよ。あ、あの話はクズン係長が、いえ、元ギルド職員のクズンが進めていたものなのです」
「ぐふ。クズンとはサラが脅して失禁した奴か」
「ああっ」
「そうなんだ」
「何言ってるんですか!脅したのも失禁させたのもあなた達です!」
「ぐふ」
「そうなんだ」
サラはため息をつく。
「ぐふ。しかし、奴にそんな時間があったとは思えないのだが?」
そう、無能のギルマスことゴンダスが失脚して数日後にはクズンの不正も明らかになりギルドを解雇されたのだ。
「じ、実は以前からギルドに持ち込まれる依頼をもとにした劇を作りたいという話が来ていたそうで、内容未定のまま契約だけ完了していたのです」
「止めさせることは出来なかったのですか?」
「もちろん、違約金を支払えば止められましたが……」
「払えず、止めなかったと?」
「はい。でもそれだけではないのです」
「というと?」
「公演収入に応じてギルドにも報酬が支払われる契約だったのです。これは最初クズンの懐に入るところだったのですが、それだけは阻止しました!」
モモが誇らしげに言うが、サラ達にはまったく関係のない事であった。
「ぐふ。台本は全て向こう任せだったのか?」
ヴィヴィは気にしていないような素振りをしていたが、やはり内心面白く思っていなかったようで、詰問口調であった。
モモはサラだけでなく、ヴィヴィも気分を害していると察した。
「は、はい」
「じゃっ、じゃあっ、あの正義感溢れるギルド職員はギルドの指示じゃないんですかっ?」
それはギルマスが強制依頼を冒険者達に伝える前に、それを阻止しようとした仕事に忠実だったギルド職員のことだ。
「あんな人っ、このギルドに一人もいないですしっ、すごく浮いてましたっ!」
アリスの現在進行形の発言にサラ達の話に耳を傾けていたギルド職員全てが心に傷を負った。
もろに直撃を受けたモモであるが、なんとか耐え抜いて引き攣った笑みを浮かべる。
サラもアリスに同意する。
「確かにあのギルマスに食ってかかってたのは違和感あったわね……まさか、あれ、あなたのことじゃ……」
サラが不審の目をモモに向ける。
「ち、違います!私はそこまで面の皮は厚くありません!」
「「「……」」」
「本当です!あれはクズンが台本について唯一要求した事らしいです。どんな話でも絶対に正義感溢れるギルド職員を登場させろと」
「ぐふ。なるほど。あれは奴自身のことか」
「はい、恐らく」
「どれだけ神経が図太いんですかねっ……まさかっ、本人には自分がそう見えているとかっ」
「「「……」」」
「そうなんだ」
リオの呑気な相槌が空気を和らげる。
「ともかく!あのサーラと言う人の発言には問題があり過ぎです!私があんな性格だとか趣味だとか思われたら迷惑です!ナナル様にだってご迷惑をかけるかもしれません!」
「あ、あれはサーラという架空の人物で、サラさんの事では……」
苦しい言い訳をするモモにサラは容赦なかった。
「では、あの演劇のせいで私達が被害を受けたらモモが責任を取る、と言う事でいいんですね?」
「無茶言わないでください!と、ともかく台本についての苦情は劇団の方へお願いします!あっ!!そうです!リオさん!次の依頼が来てますのでカードの提示をお願いします!」
「まだ話は……」
「ん」
リオが冒険者カードを取り出してテーブルに置く前にモモが引ったくるように受け取る。
「ちょ、ちょっとリオ!」
「はいっ皆さんもカードの提示をお願いしますっ!」
ヴィヴィとアリスがカードを出した。
「さあ、サラさん」
先ほどとは一転して勝ち誇った顔を見せるモモ。
(こんガキャーっ!)
「はいっ!」
サラはテーブルにカードを叩きつけた。
ギルドからの帰り、まだサラは文句を言い足りず、その矛先をリオとヴィヴィに向ける。
「あなた達はいいんですか?あんなにバカにされて!」
「ぐふ。仮にバカな奴がよって来たら身を持って知る事になるだけだ」
「あなたは……」
「そうだね」
「「「!?」」」
リオの同意に皆がハッとした。
いつもと変わらない口調だが、いつものリオなら他人事のように「そうなんだ」と口にするはずだ。
(ワザと“そうだね”と言ったのかしら?それともいつものようにやっぱり他人事?)
皆が疑問に思ったものの、その意図を確認する者はいなかった。
夕食を終え、部屋に戻るとアリスが劇について話をぶり返した。
「あのっ、劇としてはとても面白かったですけどっ、今、思い返してみるとですねっ、あのショータって人がリオさんっていうのは酷いですっ。納得いきませんっ。リオさんはすっごく活躍してたのにっ!」
「そうなんだ」
リオはいつものように他人事だった。
「魔の領域の方はよくわかりませんけどっ、ヴィヴィさんの扱いも酷くなかったですかっ?」
「ぐふ。私は気にしていない。しょせん劇だ。面白おかしくするものだろう」
ギルドでモモを問い詰めた事など無かったようにヴィヴィは平然と答える。
「でもっ」
「私の扱いも酷すぎでしたよ。なんですかあの『俺がもっと若ければお前の勇者になれたか?』『ええ』っていうセリフは!あれで私が本当にショタコンだと思われたらかなわないわ!」
「ぐふ。そこは事実に沿っていたが」
「なんですっ……」
「やっぱりそうなんですかっ!サラさんっ、リオさんを取り合うライバルとして気が多すぎるのはどうかと思いますっ」
「言ってません!あんな会話ありません!大体ドラゴンブレスを生身で受けて生きてるわけないでしょう!」
「あっ、確かに」
「ヴィヴィも適当な事言うのはやめなさい!」
「ぐふ。確かにサラの趣味は誉められたものではないが、欠点があるほうが完璧より好かれるのではないか」
「まだ言うか!」
「そうなんだ」
「『そうなんだ』じゃない!」
サラがリオにゲンコツを放った。
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