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252話 演劇「鉄拳制裁」 その1

 リサヴィは演劇を見に劇場へ足を運んだ。

 ヴィヴィは受付でリムーバルバインダーを預ける。

 流石に観賞には邪魔だったからだ。

 それを見てアリスがヴィヴィに尋ねる。


「あのっリムーバルバインダーって、高いんですよねっ?盗まれたりしないですかねっ。あっ、劇団の方が盗むとは思わないんですけどっ」

「ぐふ。仮面との接続は切れていないから移動すればすぐにわかる」

「そうなんですねっ。じゃあ安心ですねっ」

「ぐふ」


 その演劇は先日の魔の領域での出来事を元にした劇だった。

 名前はすべて変更されていたが、ちょっと捻った程度なので冒険者ならすぐに誰のことかわかる。

 サラに当たるサーラ達のパーティ、リカビーがあるギルドに着いたところから物語は始まる。

 ギルマスのゴンタが独断専行で魔の領域攻略とザルの森討伐の命令を下した。

 そこへフードを深く被った一人の冒険者がギルマスの暴挙に抗議の声を上げる。


「それはギルドの規則に違反しています!」

「生意気な奴め!名前とランクを言え!」

「私の名はサーラ、Dランク冒険者のサーラです」

「はっ!Dランクか!通りでピーピー喚きやがると思ったぜ!」


 サーラと名乗った冒険者はふっと笑う。


「私がただのDランク冒険者だと思ったのですか?」

「あんだと?」

「私の名はサーラ!あのララル様の弟子、鉄拳制裁のサーラよ!」


 サーラはばっとマントを投げ捨てる。

 彼女の服装は戦士ではなく、かといって神官服でもない、どちらかといえば挌闘着に近いオリジナルの服であった。

 ちなみに脱ぎ捨てたマントはサーラの荷物持ち扱いの魔装士が拾う。

 

 この瞬間、サラは口をあんぐり開け、はっと我に返り周りを見回す。

 サラにはギャグにしか思えないシーンであったが、笑っているのはそばに座っている魔装士だけだ。

 (仮面で表情は見えないが体の震えでサラは確信している)

 他の観客はワクワクした表情で劇に夢中になっていた。

 サラは今のセリフに覚えがあった。

 もちろん、自分が言ったセリフではない。


(以前、一緒に依頼を受けたバカ達がおかしな事言ってたけどこの演劇を見ていたのね!!)


 サラは疑問が解けて気分スッキリ、するわけはなかった。



 結局、サーラ達はギルマスの暴挙に逆らえず、調査に向かうことになる。

 リオに当たるショータを演じる役者はリオより若く、名前が示す通り、ショタと呼ばれてもおかしくない年恰好だった。

 この劇の主役はサーラであるため、ショータは実際と同じく、サーラと別行動となるため出番はほとんどない。

 出番が来たかと思えば、舞台の端から端へと魔物に追いかけられて全力疾走するだけで、セリフは「たすけてサーラ」のみ。

 観客席から笑いを誘う、完全なお笑い要員だった。

 ヴィヴィ役の魔装士に至っては「ゲス」とよくわからない語尾をつけて話し、物語中ずっとサーラに「サーラ様、助けてゲス」と泣きつくだけのお荷物キャラだった。



 物語も山場になり、ドラゴンが登場する。

 そのブレスで冒険者達がバタバタと倒れた。

 サーラがバリアを張り、皆を守りながら悔しそうに呟く。


「私一人ならドラゴンだって倒す自信はあるわ!でも、彼らを見捨てられない!」


(そんな事一言も言ってないわよ!)


 サラの心の中の絶叫は当然誰にも届かない。


「守りは俺に任せろ!お前は奴を倒せサーラ!」

「ジャーク!」


 シープスのジャンクスに当たる戦士のジャークが何故か生身でドラゴンブレスに耐えて他の冒険者達を守る。

 その隙にサーラがドラゴンに突撃する。


「鉄拳制裁!」


 サーラはそう叫んでよく出来た作り物のドラゴンに鉄拳を食らわせる。

 ドラゴンは(ワイヤーで引っ張られ)吹き飛び、悲鳴を上げて逃げていった。

 それを見届けて崩れ落ちるジャーク。


「……ダメだわ。いくらララル様の弟子である私でもこの傷はもう……。ごめんなさいジャーク」


 苦悶の表情を見せるサーラに優しい笑顔を見せるジャーク。

 その手をそっとサーラの頬に伸ばす。


「……いいんだ、サーラ」


 その手を優しく握るサーラ。


「……サーラ、俺がもっと若ければお前の勇者になれたのだろうか?」

「ええ。もちろんよジャーク」


 ジャークは笑みを浮かべ、サーラの胸で息を引き取る。


 その時、劇のモデル達がどうしていたかというと、

 体を震わせるサラ。

 もちろん怒りで。

 体を震わせるヴィヴィ。

 もちろん笑いで。

 全く表情に変化のないリオ。

 何も考えていないので。

 そして、感動の涙を流すアリス。

 アリス役は登場しないので他の一般客同様に劇を満喫していた。


「ぐふ。本人が乗り移ってるな」

「そうなんですかっ?」


 アリスは涙をハンカチで拭きながらヴィヴィに尋ねる。

 ヴィヴィではなくサラが憮然とした顔で言った。


「じゃあ、ここにいる私は誰よ?」



 そして場面はギルドに変わる。

 この劇一番の見せ場だ。

 独断専行した上、多くの冒険者を死なせた事をギルド本部に知られたゴンタはギルマスを解任された。

 その怒りをサーラにぶつけるために向かって来る。

 完全な八つ当たりだ。

 ここで舞台の登場人物全員の動きがスローモーションになり、舞台端でスタンバッっていたスタッフによる「せーのっ」の掛け声と共に、

 

「この無能のギルマスがぁー!」


 とサーラといっしょに観客が叫ぶ。

 そして、サーラのアッパーカットがゴンタに炸裂するところで劇は終了するのだ。



 公演当初はみんなで掛け声を上げる演出はなかった。

 だが、ある時、観客の一人が興奮してサーラの掛け声に合わせて一緒の叫んだ事で、皆が真似するようになり、それを「ありじゃね?」と思った劇団が取り入れたというわけだ。

 これが見事に当たった。

 ストレス解消になるのか、一緒に掛け声を上げるためだけに来る客もおり、リピートする客も増え、未だに満席なのだった。

 この“鉄拳制裁”は当初の公演予定をはるかに超えるロングランとなり、この旅劇団最大の成功となった。

 自分達の街へ劇団が来るのが待ち切れず、わざわざ公演している街までやって来る者もいるほどだった。



 演劇が終わり、観客がスッキリした顔で席を立つ中、席を立たずに体を震わせている者達がいた。

 一人は怒りに体を震わせるサラ。

 もう一人は笑いに体を震わせるヴィヴィである。



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