25話 魔装士 その3
「ヴィヴィ、最初に言っておきます。少しでも変なまねしたらすぐにたたき出しますからそのつもりで」
「ぐふ。変な真似とはユーマオンにか?」
ユーマオンとはこの世界の猫に似た動物のことで、ちっちゃくて好奇心旺盛で人懐っこく、ペットとして飼われていたりする。
知能も高く、子守ができるほど賢いものもいて村では重宝がられている。
リオはヴィヴィの言ったことが理解できなかったが、サラには通じた。
ユーマオンとはリオのことをいってるのだと。
「私にもよ」
「ぐふ」
小さく頷いたようだった。
「ところでヴィヴィのランクは?」
「ぐふ。Eだ」
「そうなんだ。じゃあ、僕達より上なんだね」
ヴィヴィは「ぐふ?」と微かに首を傾げてサラを見たように見えたが何も言わなかった。
「戦力アップだね」
「そうですね。戦力だけみれば2倍にはなったかも知れませんね」
「ぐふ」
「二倍かぁ。それはすごいね」
リオは自分が戦力外扱いされている事に気付かなかった。
サラはヴィヴィとの出会いが更なる試練のはじまりとしか思えなかった。
そう思った瞬間、
キィーン、
と嫌な音がした。
それは鎖か何かが千切れるような、そんな感じの音だった。
サラは慌てて周囲を見回すがそれらしいものはなかった。
そんなサラの行動を不思議そうな目で見ていたリオに「なんでもないです」と答え歩みを再開する。
ヴィヴィの視線も感じたが仮面の上からでは表情を窺い知ることはできなかった。
(さっきのあの音は何だったのかしら……前にも聞こえたわよね)
いい兆候ではないことはあの不気味な音からも明らかだった。
サラはヴィヴィを未来予知で見ていないはずだったが、心のどこかで彼女を警戒しろと叫ぶ声が聞こえた気がした。
それがカルハン魔法王国の魔装士であるかもしれないからか、それともリオが魔王になる原因に関わるからなのか。
故にサラはヴィヴィの同行には同意したものの警戒を怠ることはなかった。
「じゃあ、道案内よろしくね、ヴィヴィ」
「ぐふ?」
ヴィヴィが少し首をひねり先ほど倒したガドタークの死体を指差す。
リオにしては珍しくヴィヴィの意図を理解した。
「ああ。“解体”って時間かかるでしょ。同じ場所に長く留まるとまた魔物がやってくるかもしれないし」
「ぐふ。一分待て」
そういうとヴィヴィは返事を待たず自分が倒したガドタークに近づき、いつのまにか手にした短剣を無造作にガドタークの体に突き刺して切り開く。
そしてそこへ手を突っ込み取り出したもの、それはプリミティブであった。
「……え?」
「すごいね」
プリミティブの位置は一定ではない。それをヴィヴィは迷うことなく見つけ出した。
更に続けて二回繰り返し、ヴィヴィはガドタークのプリミティブを三つ手に入れた。
三体のうち一体はリオが倒したものであるが、先ほどの発言で所有を放棄したと判断したらしく自分の荷物に放り込んだ。
「ぐふ。では行こうか」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「ぐふ?」
「あなたはプリミティブの位置がわかるのですか?」
一回ならともかく三回続けてとなると流石に偶然とは思えない。
ヴィヴィはプリミティブの位置を探る方法を知っているようだが、サラはそんな話を聞いたことがなかった。
「ぐふ」
ヴィヴィの頭が少し動いた。頷いたようだ。
「それは魔法ですか?それともそういう魔道具を持っているのですか?」
「ぐふ。会ったばかりの相手に手の内をペラペラ喋るほど私は愚かではない」
確かにサラ自身ヴィヴィを信用していないのだ。これ以上追求するのを諦め、別の事を口にする。
「一体はリオが倒したのでしょう?リオに渡すべきでは?」
「ぐふ。愚問だな。リオは放棄したではないか」
理屈では正しいが、こういう場合はやはり今後の関係を考えて分配するのが普通であった。
「いいよ、サラ。ヴィヴィの言う通りだよ」
「リオがそう言うのなら」
「ぐふ。残念だったな。後から取り上げる気だったのだろう」
「な、」
「そうなんだ」
「そんなわけありません!リオも信じるんじゃありません!」
「わかった」
「さあ、用は済んだのでしょう!さっさと行きましょう!」
「サラ、怒ってるの?」
「怒ってません!」
「そうなんだ」
普通なら言葉通りに受け取りはしないが、何も考えないリオはその言葉をそのまま受け取った。
(あーっ、イラつくわ!大体あなたのためにした事なのよ!それをまったく理解しないなんて!)
そこでサラはナナルの言葉を思い出した。
それはナナルにどこかのダンジョンに放り込まれたときの事だ。
サラは魔物が一人の冒険者を襲っているところに遭遇した。
魔物達はその冒険者をいたぶり殺そうとしているようだった。
それを見たサラは怒りで頭に血が上り、今ならまだ助けられると、考えなしにそこへ飛び込んだ。
だが、それは罠だった。
生きていると思われていたその冒険者はすでに死んでいた。隠れていた魔物達が飛び出しサラ目掛けて一斉に襲いかかる。
幸い、サラの方が力が上だったので、襲い来る魔物達をすべて倒す事が出来た。
ナナルは戦いが終わるとサラの前に現れた。怪我を負ったサラに回復魔法をかけながら注意する。
「人は頭に血が登ると感情に任せて行動しがちです。今回のことはまさにその典型です」
「すみません……」
「今回はあなたの力が相手より圧倒的に上回っていましたから罠にはまりながらも切り抜けることができました。しかし、いつもそうとは限りません」
「はい……」
「これがあなた一人なら自業自得で済みますが、パーティを組んでいた場合はどうでしょうか?一人の勝手な行動が全員を危険にさらすことになるのです。実際、それで全滅したパーティも数知れません。感情に流されないように常に冷静である事に努めてください」
「……はい、ナナル様」
(……すみません、ナナル様。また感情に流されてしまいました。でもこのヴィヴィは人を怒らせるのが本当に上手いのです!人を怒らせるためだけに生まれてきたような人間なのです!)
先頭を歩くヴィヴィは何かを感じたのかサラの方へ顔を向けた。そして、
「ぐふっ」
とだけ言ってまた前を向いた。
サラはバカにされたように思った。
(ムカつくっー!)
またも感情を抑えることができないサラであった。
ヴィヴィの案内で森をあっさり抜け、街道に出た。
街道で魔物の出現率は下がるが警戒すべきものは魔物だけではない。
この辺りは野盗が出没するとの情報もあるため警戒を解くことは出来ない。
「ねえ、ヴィヴィ」
「ぐふ?」
「なんで魔裝士になったの?」
それはサラにも興味のあることだった。
関心ない素振りをしながらも話に耳を傾ける。
「ぐふ。簡単だ。魔術士を目指したが才能がなかった。だから魔裝士になった」
「そうなんだ」
「ぐふ。だが、魔裝士は私に向いていた。私は目立つのが嫌いだからな」
「そうなんだ」
サラはこけそうになった。そしてすかさず突っ込む。
「どこがですか!十分目立ってます!」
「え?そうなの?」
「魔裝士自体が珍しいのです。リオ、あなたは今まで旅してきて何人の魔装士に出会いましたか?」
「あれ?そういえばそうだね。だめじゃないか、ヴィヴィ」
「ぐふ」
「……疲れる」
そうこうするうちに街が見えてきた。
 




