24話 魔装士 その2
カルハン製の魔装服は全体的にふっくらしており体のラインを完全に消し去るため、魔装士を着た姿から性別の判断は不可能である。
仮面の下から発せられる声は、本来よりも低く曇って聞こえるため、これまた声で性別を判断することも不可能であった。
二人ともヴィヴィが女性とは思っていなかった。年はサラと大して変わらないように思えた。
ヴィヴィは更にコートの前を開いた。
「!!」
ヴィヴィが下着姿同然であることにサラは顔を赤くした。
その姿を見ていたリオの前にサラは立ち、視線を遮ると霰もない姿を平然と曝し、まったく恥じらいを感じさせぬどころか「どうだ」とでも言いたげな態度のヴィヴィを非難する。
「なんてはしたない格好をしてるんです!」
昨日、自分がもっとはしたない格好をリオに見せた事は棚上げだ。
「うむ?おまえが見せろと言ったのだろう?」
「な……」
「痴呆症だな?」
「違います!そもそもそんな格好でいる方に問題があります!」
「ふむ。見た目以上に暑いのだ。この魔裝服はな。全く風を通さない」
「だからといって……」
「ふむ、欲情したな、エロ神官」
「な……ななな、なんですって⁉︎」
「欲情したな、と言ったのだ。耳も悪いのだな、エロ神官」
「誰がエロ神官ですか!誰が!」
「おまえだ」
「あなたこそ本当はそういういかがわしいことをすることが本職なんじゃないですか⁉︎」
「ふむ、私を買いたいのだな?」
「違います!」
「高いぞ」
「違うといっとろーが!」
「ふ、本性が出たな」
「なんですって⁉︎」
ヴィヴィは下着姿で仁王立ちしながら言い放った。
「神に仕え、いくら偉そうなことを言おうが所詮は人間。その欲望は抑え切れまい」
「露出狂に言われたくありません!」
またも自分の事を棚に上げて叫ぶサラ。
「ほう、ではおまえには性欲が全くないのだな?」
「そ、それは……」
「おまえの信じる神に誓って」
「……」
「どうした?」
「……欲望は誰もが持っているものです。それを抑える理性を持っているから人間なのです」
「それはよかったな」
「く……」
ヴィヴィはサラの非難に渋々?コートを閉じ仮面をはめると「もうお前の相手をするのは飽きた」とでもいうようにリオに視線を向けた、ように見えた。
「ん?どうかした?」
「……」
サラの時とはうってかわりヴィヴィは無言でリオを見つめる。もちろん仮面の下の表情を伺い知ることはできない。
リオが素朴な疑問を口にする。
「ヴィヴィはなんでここにいたの?」
「ぐふ。崖崩れで道が通れなくなったのでな。徒歩で次の街へ向かおうとしていたのだ」
「そうなんだ。一人で来たの?」
「ぐふ」
「ヴィヴィはパーティを組んでないんだ」
「ぐふ。別れた」
「ああ、男問題ね!」
話に割って入ったサラにヴィヴィはどこか面倒くさそうに顔を向けた、ように見えた。
「ぐふ。詮索好きだな。おばちゃん達との井戸端会議でのネタにでもするつもりか?」
「誰がよ!」
「ぐふ、おまえ達こそどうなのだ?」
「僕はウィンドってパーティの一員なんだけど、あ、まだ違うの……」
「リオ、詳しく説明する必要はありません」
「あ、うん、いろいろあって今から合流するところなんだ」
「ぐふ」
(もしかしたら「ふむ」が「ぐふ」に聞こえるのかな)
などとリオが考えていると、
「ぐふ。これも何かの縁。私もそのパーティに入れてくれないか?」
「お断りします」
即答したのはサラだった。
「ぐふ?お前がそのウィンドのリーダーなのか?」
「……違います」
「ぐふ、ではおまえに拒否する権利はない」
正論であった。
「く……」
「じゃあ、こうしようよ。ウィンドに入れるかはべルフィが決めることだけど、それまでは一緒に旅するってことでどうかな?」
「ぐふ」
「でも……」
「ウィンドには神官もそうだけど、魔裝士もいないんだ。それに早くこの森から抜けたいしね」
「ぐふ」
「……わかりました」
サラは渋々同意した。
「あっ」
リオが何か思い当たったのかのように声をあげた。
何事かと思ったら実に下らないことであった。
「ねえ、サラ、ヴィヴィって美人?」
「……」
「……なんで私に聞くんです?」
「僕、よくわからないから」
と、ヴィヴィ本人が答えた。
「ぐふ、私は美人、とよく言われる」
「そうなんだ」
「自分で言うなんてどれだけ神経が図太いのかしら」
「ぐふ、では控え目にお前程度と言う事にしておこう」
「……何ですって?」
二人が睨み合う中で、リオは一人空気が読めていなかった。
「そうなんだ。サラと同じなんだ。それって結局、美人なの?」
「「……」」
「じゃあ、ヴィヴィとサラは同じくらいの美人て事でいいよね」
「ぐふ。何故そんな事を気にする?」
「僕はどうでもいいんだけどナックに多分聞かれるから」
「ぐふ?ナック?」
「パーティの魔術士だよ」
「……ぐふ」
ヴィヴィは右手を仮面の顎あたりに持っていき、仮面をつけている事に気づき戻した。
その仕草でヴィヴィは他の魔術士と会うと都合が悪いことがあるのでは、とサラは思った。
(これは早速排除するチャンスかも)
「おやあ、ヴィヴィさん、パーティに魔術士がいると何か困ることでも?」
サラは最大限嫌味ったらしく言う。
「……ぐふ。私の事を気にするとはまた欲情したか?」
「誰がよっ!」
「サラとヴィヴィは相手の考えてる事がわかるんだ。すごく相性がいいんだね」
「まったく違います!」
サラが仏頂面で言った。ヴィヴィは当然どう思っているか仮面でわからない。
「こういうのを『あうんの呼吸』って言うのかな?」
「だから違います!」
「ぐふ……どちらかと言えば『あはん』がいいな、とサラは心の中で思った」
「思ってないわよ!」
「叫んだ」
「叫んでもないわよ!」
「本当に仲がいいね」
「……本当にそう思ってますか?」
サラに冷たい目で見られ、リオは間違っているかもしれない、と少し思った。
「そう言うべきかなって思っただけなんだけど、違ったかな?」
「……」
「……疲れるわ」




