236話 勇者が持つ力
食事の途中でサラはリリスに別室に呼び出された。
この高級店はただ食事をするだけでなく、密談などをするための小部屋も用意されているのだ。
その一つをリリスは前もって借りていたようだった。
「それで話とはなんでしょうか?」
「サラ、あなたは本当に優れた神官ですわね」
「突然どうしたのですか?」
「魔法や武術もさることながら一番はリオを見つけたことですわ。彼は本当に勇者なのですわね」
「……あの、リオが勇者とはどういう意味でしょう?」
サラの表情が今までにないほど真剣になった事でリリスは事実だと確信する。
「お隠しになりたいのですわね」
「いえ、隠すも何も……」
「リオは束の間の仲間である私達にも勇者の力を分け与えてくれましたわ」
「力?……力とは具体的にどんなものですか?」
「その質問から考えますに勇者から与えられる力は皆同じではない、ということでしょうね」
サラは答えない。
いや答えられない。
その答えを知らないからだ。
だが、リリスはサラの沈黙を肯定と判断した。
「私達に与えられた力は吟遊詩人が歌っているものでしたわ。勇気が湧き上がり、本来以上の力を発揮する」
「それは本当ですか?私達、ということはリリスだけでなくマウとジェージェーもですか?」
「ええ、そうですわ。ガブリムロードが二体と知ったとき、私達の頭に死の二文字が浮かびましたわ。でもリオに『さあ、はじめよう』と声をかけられた時、私達はその言葉で恐怖も絶望も消えました。勇気が湧き上がってきたのです。そして間違いなく本来以上の力を出すことができたのですわ。あとこれは自信がありませんが、ダメージ軽減も働いていたような気がしますわ。あなたの防御魔法とは別の力が私達を包むのを感じたのですわ」
リリスの表情から冗談ではなく本気で言っていることは疑いようもなかった。
(でも、少なくとも私はその勇者の力とやらの恩恵を受けていなかったわ。アリスもそうでしょう。もしそうならあの子のことよ、騒ぎ立てないはずがない。ヴィヴィも何も言っていなかったし)
リリスは考えこむサラの姿を見て秘密が知られてしまったことに困惑していると勘違いをした。
「ご安心くださいサラ。この事は誰にも言いませんわ。マウ達にも言い聞かせます」
「えっと、それはどういう……」
「サラはリオが勇者であることを隠したいのですわよね?勇者が現れるのは魔族の侵攻が始まるとき、という話も聞きますわ。噂が先行して世間に不安を与える事を心配されているのでしょう?」
「そ、そうですね」
理由はともかくリオを目立たせたくないのは事実だった。
リリスが「あっ」と言ってぽんと手を軽く打った。
「もしかしてあの噂はご自身で流されたのでしょうか?」
「噂ってもしかして……」
「はい。ご自身をショタ……年下好みという事にすればリオを勇者としてではなく自分の趣味で一緒に旅をしているとごまかせますものね」
「違います!全く違います!」
サラが必死に否定する姿が逆効果となり、リリスの中で既成事実となってしまった。
「そこまでして必死に隠してもアリスのように気づく人はいるのですわね」
「……だから違いますって」
リリスの思い込みは激しく、これ以上何を言っても悪い方向へ捉えられそうなので説得を諦めた。
(……ここまで広がった噂を消すのは難しいし、リオが勇者である、いえ、なる事を黙ってくれる事でよしとしましょう)
「もう一つ。サラ、あなたについてお話があります」
「私にですか?」
「はい。正直に言いますわ」
そう言ってしばらく躊躇した後で最初に出会った経緯を説明した。
「……という事でサラ、私は最初、あなたに嫌がらせをしようと思って近づいたのです。申し訳ありませんでしたわ」
「いえ、気にしていません。正直に話してくれてありがとうございます」
「本当に申し訳ありませんでしたわ」
「もう忘れてください。私も忘れますので。そもそもリオに色仕掛けが効くとは思えませんし」
その言葉を聞いてリリスが妖艶な笑みを浮かべる。
同性のサラでさえ一瞬ドキッとしたほどだ。
女慣れしていない男なら今の笑みだけで虜になったかもしれない。
「……サラ、今の言葉は聞き捨てなりませんわ。私への挑発、と見ていいのかしら?」
「え?」
「言い訳に聞こえるかも知れませんが、私はまだ本気を出していませんわよ?なんでしたら証明して差し上げますわよ?」
「ご、ごめんなさいっ。深い意味はなかったのです!」
「……ふふふ、冗談ですわ」
リリスがもとの表情に戻る。
「そうそう、もう一つ。リオを直接殺す、という過激な行動を起こそうとしていたパーティがいたらしいですわ」
「え!?それは本当ですか!?」
「ええ。ジェージェーが調べてきたのですが、先日のマルコの強制依頼の際にどさくさに紛れてリオを殺そうとしていた者がいたらしいです」
「全然知りませんでした。リオはそんな話まったくしませんでしたし、一緒に行動していたアリスからもそんな話は聞いていませんでした」
「でしょうね。暗殺を企てていたパーティは実行に移す前に魔物に殺されたらしいですわ」
「そうなんですか」
「はい。ただ、同じ事を考える者が今後も現れるかもしれません。十分気をつけてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
リリスが小さなため息をついた。
「リオの本当の力を知ればそんな馬鹿なことをする輩もいなくなると思うのですが、それはサラの望むところではないのでしょうね」
「そうですね。難しいところですが、今はまだリオの力を示すときではないと考えています」
「本人も望んでいるようには見えませんものね」
「あれは何も考えていないだけです」
「ふふふ」
「ところで何故私だけに話してくれたのですか?」
「あなたが一番信用できると思ったからです」
リリスは真剣な表情で言った。
「……ありがとうございます」
今後の展開によってはリオを殺さなければならないと思うとサラはリリスの気持ちに心が痛んだ。
リサヴィはマルコの街へ戻るが、リトルフラワーは救出した女性達を彼女達の村へ送り届けるため、この街で別れることになった。
何故か、女パーティがマウにまとわりついていたがサラ達は見なかったことにする。
リリスがリオに近づきそっと抱き締める。
「あっ!?」
「リリスっ!抜け駆けだっ!」
「ずっりーっ!」
「早い者勝ちですわ」
「そんなわけあるかっ!」
リリスを引き剥がし、リオに抱きつくマウとジェージェー。
マウがリオに抱きついたとき、女パーティの激しい嫉妬の目がリオを襲ったが、本人は全く気づいた様子はなかった。
更にどさくさ紛れにアリスも抱きつく。
「アリスっ、お前はいつでもやれるだろっ」
「そんなことありませんっ」
「……何やってるのかしら」
「ぐふ。お前はやらなくていいのか?」
「必要ありません」
「ぐふ。そうだな。お前はよくリオをベッドに引き潜り込んいるからな。あの程度じゃ物足りないか」
「「「「!!!」」」」
リトルフラワー、そしてアリスの厳しい視線に晒されるサラ。
女パーティはマウに魅了されたのか、あれほど見せていたサラへの執着は全くなかった。
「ひ、人聞の悪い事言わないでくださいっ!だいたいアリス!あなたは嘘だってわかるでしょ!」
リサヴィはリトルフラワーに見送られ街を出た。
今更ながらにサラは気づいた。
(……そういえば、ガブリムロードと戦う時、リオが作戦を立てたわ。いつもは私やヴィヴィが立てた作戦に従うだけのリオが。しかも、それを私達は当然のように受け止めた。ガブリムロードとリオが一対一で戦うなんて今思えばとても無謀な作戦だけどそのことに今まで全く気づかず、疑問も抱かなかった。もし、リリスの話を聞いていなければ今も気づいていなかったかもしれない……)
(……まさか、私達も知らずリオの勇者としての力の影響を受けていた、というの?……いえ、そんなはずはないわ!勇者が生まれる時、神より啓示を受けるはず!だからリオは勇者じゃない!まだ勇者じゃないはず!!)
リリス達の思い違いと思いたい。
だが、真実ならリオが使ったという力に一つだけ思い当たるものがあった。
(魔王の力……)
魔王もまた勇者と同じく、従う者達の力を強化する力があるといわれているのである。
(でもそんなはずはないわ。リオは勇者になってから魔王になるはず!いきなり魔王になるなんて……でも、待って。アウリンとの出会いは未来予知と変わっていた。未来はまだ確定していないのよ。絶対にない、とは言い切れないわ……)
サラが先頭を歩くリオに視線を向ける。
その姿だけ見ればとてもBランクの魔物を倒す力があるとは思えない。
と、
「ぐふ。リオ、気をつけろ。サラがロックオンした」
「なっ!?」
「サラさんっ!明るいうちからはしたないですよっ!そういうのは夜になって、って、きゃっ、私もサラさんと同じではしたないですっ」
「おいっこらっ!人が真面目に考え事してるのをバカな事言って邪魔するなっ!」




