235話 人知れず恨みを買う
ガブリム達が巣にしていた洞窟の前でキャンプをしている者達がいた。
サラを追ってきた男パーティである。
彼らはガブリムの素材回収を終えて休憩していた。
前祝いとばかりに持って来ていた酒まで飲んでいた。
「いやあ、やっぱ楽して儲けるってやめられねえな!」
そう言って一人がよく焼けた肉にかぶりつく。
「おうっ、もうこの味知っちまうと真面目に依頼受けるなんてバカらしくてやってられねえぜ!」
「その通りだ!しかし、アイツら気が利かねえよなぁ。プリミティブ全部持っていきやがった。俺達の分も残しとけっていうんだ」
「リーダーのいう通りだぜ!」
「帰ったらサラに説教だな!」
「ガブリム退治の報酬も“パーティ”で均等に分けねえとな!」
彼らは酒が入って気分をよくしたのか、サラが自分達のパーティに入る妄想に浸っていた。
「にしてもアイツら遅えな」
「本当にな!」
「いつまで待たせんだよ!」
彼らが待っているのは一緒に魔物の素材漁りをしていた臭パーティである。
彼らと約束していたわけではない。
男パーティは臭パーティが得た素材を脅して奪う気でいたのだ。
男パーティの冒険者ランクはC、対して臭パーティはDランクである。
仮に酒が入った今の状態で戦いになったとしても彼らは負ける気が全然しなかった。
「だが、あの臭さは勘弁……って、誰か来るぞ」
男パーティの盗賊が洞窟へやって来る気配を察知した。
「魔物か!?」
「……いや、これは人間だな」
「てことは同類か」
「真面目に働けよ!ハイエナ共が!」
自分達の事を棚に上げて文句を言う男パーティ。
彼らの前に現れたのは冒険者風の二人の男だった。
見た目で判断するなら戦士と魔術士のようだった。
「おやおや。連絡が来ないからまさかと思って来てみれば」
「……ああ、本当にやられたようだな」
男パーティは酔っていたためか相手の力量も確かめもせず“いつものように”威張り散らす。
「ああ?なんだお前ら!?」
「言っとくがガブリムの素材は渡さんぞ!全部俺らのもんだ!」
「なるほど。ということはガブリムロードも倒されたのですね?」
「おうっ。あんな雑魚俺らの敵じゃねえってんだ!」
男パーティはいつものように他人が狩った獲物を自分達が倒したかのように威張る。
リーダーは自分の事を棚に上げて二人の冒険者を威嚇する。
「わかったらさっさとどっか行け!ハイエナ野郎!」
「……」
「おやおや……って、待って下さい。彼らにはまだ聞きたいことがあります」
「……」
魔術士の言葉で戦士の殺気が消えた。
その殺気に男パーティは全く気づいていないようだった。
「ここにいたのはガブリムだけでしたか?」
「はん?そりゃどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。あなた達が倒したのはガブリムだけですか?」
「おう、他の魔物はいなかったな」
「そうですか」
「……コイツらは“同志”の事を知らないみたいだな」
「ええ。まあ、予想はついていました。この程度の者達にやられたりしないでしょう」
「何ボソボソ話してやがる!」
「さっさと消えろと言ったのが聞こえなかったのか!あん!?」
男パーティの一人が立ち上がると二人の冒険者に向かって剣を構えて威嚇する。
「……ほう、俺達とやる気か。クズ冒険者ども」
「んだとてめえ!」
戦士の挑発に乗り、残りの二人も立ち上がると剣を抜いた。
そこへ魔術士が笑顔で割って入る。
「まだ待ってください。ーーガブリム討伐の依頼を受けたのはサキュバスと聞いていたのですが、流石にあなた達じゃないですよね?」
「何!?サキュバス!?」
「そうかっ、サラと一緒にいた女達はサキュバスだったのか!」
「確かにみんないい女だったな!」
魔術士は彼らの言葉から気になる名を耳にして、表情が厳しくなる。
「……今、サラといいましたか。それは鉄拳制裁サラの事ですか?」
「おうっ、それがどうした?」
「言っとくがな、サラはこのあと俺達のパーティに入ることが決まってんだ。手ェ出すんじゃねえぞ!」
もはや言いたい放題であった。
「なるほど。これですべて合点が行きました。魔術士不在のサキュバスにガブリムロード二体を含むガブリム達を倒す事はどうやっても不可能です。しかし、あの鉄拳制裁サラ、とそのパーティでしょうか。彼女らが力を貸したというのならロード達が敗れてもおかしくないですね」
「同志も奴らにやられたか」
「でしょうね」
「だが、奴自身強力な力を持ったメイデス神の神官だぞ?それにあの強力な洗脳の力を持つ魔道具、サイファが作った“ナンバーズ”を持っていて敗れるのか?」
「私も信じられませんが、そう考えるのが妥当でしょうね。でもまずは中を確かめましょう」
「……そうだな」
二人の会話に男パーティのリーダーが割り込んできた。
「おいこらっ!何ブツブツ言ってんだ!?謝んなら今のうちだぞ!もちろん言葉だけじゃ許さんがな!」
「は?謝る?誰にですか?」
今まで穏やかな対応をしていた魔術士が薄気味悪い笑みをリーダーに向けた。
その笑みを見てリーダーは酔いが一気に醒めた。
(こ、こいつ、いや、こいつらはやばい!俺の直感がそう告げている!くそっ、なんで今まで気づかなかった!?)
「どうしました?」
魔術士の問いかけにリーダーは先ほどまでの勢いが消え、愛想笑いをする。
「へ、へへ。悪いな。ちょっと酔ってたようだ。今までの事は忘れてくれ」
「リーダー!?何言ってんだ!?」
「そうだぜ!相手は二人だ。それに一人は魔術士。この距離じゃ呪文を唱える暇なんてねえぞ!」
「うるせえ!黙ってろ!」
まだ酔いが醒めいないのか、単に相手の力量が読めないのか、おそらく両方であろうがリーダー以外は不満たらたらであった。
「おやおや、あなた以外は謝る気はないようですよ?」
「悪いな!コイツらは酔っ払ってんだ!許してやってくれ!なっ?いいだろう?」
「そうですね。あなた達、クズ冒険者に構っている暇はありませんしね」
「そ、そうだろう?」
リーダーはこめかみに青筋を立てながらも愛想笑いを続ける。
「しかし、」
「な、なんだよ?俺達になんかあったらサラが黙ってないぞ!鉄拳制裁のサラがな!」
リーダーは脅しのつもりでサラの名を出したが、それは逆効果だった。
「そう、それです」
「それ?それってなんだよ?」
「鉄拳制裁のサラは、ジュアス教団は私達の敵です」
「な……」
「あなた方がサラの仲間であれば私達の敵です」
「ちょ、ちょ待てよ!」
リーダーが後ずさる。
そこで他のメンバーも自分達に危険が迫っていることを悟る。
「……もういいな?」
「ええ。ただし、あまり体に傷を残さないようにしてください。“再利用”しにくくなります」
「わかった」
戦士が剣を抜いた。
その刀身は血の色をしていた。
まるで血を固めて刃にしたかのように。
“五人”の冒険者が洞窟を進む。
ガブリム特有の臭さに戦士と魔術士が口と鼻を袖で覆う。
「……これは予想以上に臭いですね」
「ああ」
彼らの前方を歩く男パーティは臭いになれたのか文句を言うことも口や鼻を押さえることもしない。
しばらくすると臭いが更に酷くなった。
それもどんどん酷くなっていく。
その原因がこちらへやって来る者達だとわかる。
彼ら、臭パーティが男パーティの姿を見つけ、声をかけてくる。
「おっ?お前らもう帰ったんじゃなかったのか!?」
「「「……」」」
「なんだ欲が出たのか?だがもう遅いぞ!ほとんど取り尽くしたからな!」
「「「……」」」
臭パーティのリーダーは声をかけても返事をしないことに訝しみながら男パーティの後に見慣れない冒険者達がいるのに気づいた。
「お前らも素材漁りか?残念だがもうないぞ」
「おうっ、あきらめてさっさと帰りな!」
そこで臭パーティのリーダーが余計なことを言った。
「そうだ!サラにちょっかいかけてないだろうな!?サラは俺達のパーティに入る事が決まってんだからな!」
「……そうですか。あなた達もサラの仲間ですか」
「あんっ?」
「な、なあ、リーダー」
「どうした?」
「そ、そいつらなんかおかしくないか?さっきから全然喋んねえし」
「そういやそうだな」
その疑問に魔術士が答える。
「ああ、彼らはもう死んでいますので」
「「「……は?」」」
「先ほど殺してゾンビにしたところです」
「へ、へへっ、冗談きついぞお前」
「いえいえ。あなた達の悪臭よりはマシでしょう」
「おい、コイツらもゾンビにするのか?こんなのと一緒にいたくないぞ」
「そうですね。どうしましょうか」
臭パーティは男パーティの胸に抉られた傷跡があることに気づき、彼らの言うこと真実であると悟った。
「ひ、ひっ」
「助けてくれっ!」
臭パーティが洞窟の奥へと逃げ出した。
「彼らはスケルトンにでもしましょう。そうすれば多少はマシになるでしょう」
魔術士は呪文を唱えると臭パーティに向かってファイアボールを放った。
転送陣があった場所へ戦士と魔術士はやって来た。
ゾンビ三体とスケルトン三体はガブリムロードが倒れた広場で待機している。
魔術士はガブリムロードもアンデッドにしようと思っていたが、素材回収されたあとだったこともあり、損壊が酷かったので諦めた。
「やはり転送陣が破壊されていましたか」
「これはやはり絶望的だな」
「そうですね」
「……直すか?」
「いえ、やめておきましょう。ここはもう放棄するしかないですね」
「だな……」
「どうしました?」
魔術士が突然沈黙した戦士の顔を見るとその表情が怒りの形相に変わっていた。
「おのれサラ、ロシェルに続き、またしても同志を……」
「落ち着いてください。ロシェルについては誰が殺したのかはわかっていませんよ。しかし、ビットヴァイは間違い無いでしょう」
「ビットヴァイか。苦労してフルモロ内へ手引きしたのにな」
「ええ。せめて研究成果を出してから死んで欲しかったですね」
「……偶然だと思うか?行く先々でサラは俺達の邪魔をしやがる」
「……もしかしたらジュアス教団は我々の動きを掴んでいるのかもしれません。探りを入れる必要がありますね」
「……だな」
すべて偶然であるが、彼らが知る術はなかった。
戦士がぐっと拳を握り締める。
「……どうしても俺達の前に立ち塞がるというなら、俺が殺してやるぞ!鉄拳制裁のサラ!」
ちなみにロシェルはヴィヴィが、ビットヴァイはリオが、そして今回の神官は間接的にリオが倒している。
どれもサラが倒したわけではないが、有名さが災いしてとんでもない濡れ衣を着せられて恨みを買うサラであった。
魔術士が戦士を宥める。
「私情を挟まないでくださいよ。我らは崇高な目的のために行動しているのですから」
「わかっている!……世界を本来あるべき姿に戻すために、“五”大神共によって魔界に封じられたメイデス神をその忌々しい鎖から解き放ち、地上へと導くのが我らの役目だ!」
「そうです。それに多少なりとも復讐は果たしました」
「そうだな」
戦士はそう言って広場のほうに視線を向ける。
「くくっ、仲間のあの姿を見たときのサラが悲しむ姿が目に浮かぶようだ」
「ええ。それを実際この目で見れないのは残念ですが」
彼らは殺してアンデッドにしたハイエナ冒険者達がサラを仲間であるかのように言ったことを信じていた。
少し考えればおかしいとわかるはずであるが、同志を失った事で冷静さを欠いていたのかもしれない。
後に彼らがアンデッドになった事を知ったサラは「そうですか」の一言で済ましてしまうのだが、そんな事を知る由もなく、彼らは満足げな笑みを浮かべる。
「ではそろそろ行きますか」
「ああ」
こうして彼らはゾンビとスケルトンを洞窟に残して去って行った。




