217話 サラ様には触れさせません!
商隊は何事もなく順調に進んでいた。
御者席についたリオは初めての体験に珍しく表情を緩め、過ぎ去る景色の様子を楽しんでいるように見えた。
一方、呑気なリオとは対照的に車内でサラ達は態度の悪い冒険者達のせいで最悪な気分だった。
「なあ、サラ、俺達のパーティに入れよ」
男達はサラ、と勘違いしているアリスに緩めた顔で誘いをかけてくる。
「そうだぜ。俺の方が絶対リッキーキラーより勇者の素質があるぜ」
「おい、抜け駆けすんな!その話はパーティに入ってからだって決めただろ」
「おお、そうだったな。済まねえ」
「と言うわけだ。勇者候補に誰を選ぶかは慌てなくていい。パーティに入った後でな」
自分では魅力的、と思っている笑顔をアリスに向ける。
アリスは身震いしてスっと視線を逸らした。
ちなみに彼らが何故自分達の笑顔が魅力的だと勘違いしているかといえば、娼館でそう誉められ、疑いもせず信じたからだ。
彼らは互いを牽制するように話に割って入ってくるため、サラ、と思われているアリスが返事をする隙がなかった。
やっと話が途切れたのでサラ、と思われているアリスが口を開く。
「あのっ、わたしは……」
ヴィヴィがアリスの口を塞いだ。
「むむっ?」
「ぐふ。サラ様、このような下賎な者と直接口をかわしてはなりません。ナナル様の名に傷がつきます」
「もぐっ?」
「なっ、あなたいっ……」
「ぐふ「「「ブスは黙ってろ!」」」」
「……」
サラはどさくさ紛れに一緒に叫んだヴィヴィを睨むがヴィヴィは無視する。
サラは不貞腐れて目を閉じる。
この旅の間沈黙を保つことを心に誓うのだった。
「おいこらっ、棺桶持ち!貴様はなんだ!さっきから邪魔しやがって!」
「ぐふ。サラ様の荷物持ちです」
「その『ぐふ』ってのが癇に障るからやめろ!」
「ぐふ。仕様です」
「お前、俺達を馬鹿にしてんじゃないだろうな?」
「ぐふ。はい、とんでもございません」
ヴィヴィは飄々と嘘をつく。
アリスは自分ではどうしていいのかまったくわからないので、ヴィヴィに全て任せて事の成り行きを見守る事にした。
アリスがヴィヴィに小さく頷くとヴィヴィはアリスの口からそっと手を離した。
「ぐふ。私はジュアス教団にこの一人ありとうたわれた、というか他に有名な者がいるのか知りませんし知りたくもないですが、あの気高きナナル様からサラ様の面倒を頼まれたのです。世話ではなく面倒を、ええ、本当に面倒ですね。ああ、話がそれましたね、その信頼に応えるためなら羽虫一匹たりともサラ様には近づけさせません」
ヴィヴィは話してて楽しくなってきたようでどこかノリノリだった。
反対にサラは怒りで体がピクピク震える。
だが、サラ以上に冒険者達は怒っていた。
顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「て、てめえ!俺達が羽虫だっていうのか!ああん!……って、あああっ!!」
冒険者の一人が立ち上がった瞬間、馬車が揺れ、その冒険者はバランスを崩してアリスの方へ倒れ込む。
偶然とはいえ、このチャンスを逃すものかと冒険者は顔にいやらしい笑みを浮かべ、両手を広げてサラ、と思っているアリスに抱きつこうとした。
「きゃっ!?」
だが、直前でヴィヴィが冒険者を蹴り飛ばしアリスを守った。
冒険者が後ろのドアに派手にぶつかる。
「いでえ!!」
床をゴロゴロ転がる冒険者。
「すみません!しばらく揺れますのでしっかり席についていてください!」
御者が大きな声で注意する。
「言うのが遅え!」
冒険者が御者を怒鳴りつけ、よろよろしながらも椅子に座り、ヴィヴィを睨みつける。
「てめえ、よくもやりやがったな!覚悟は出来てんだろうな!?」
「ぐふ?なんの事です?」
「なんの事だと!?人に蹴り入れといて!よくそんな事言えたな!おい!」
「ぐふ。その事でしたか。お許しください。サラ様を守るためです」
「サラに怪我なんてさせなかったぜ!お前が蹴り入れなくてもな!」
「ぐふ。それは失礼しました。ですが、私はサラ様の盾、サラ様の剣です。少しでも危険が迫れば全力で防がせていただきます」
「何言ってんだ!この棺桶持ち風情が……!!」
怒り狂っていた冒険者が突然ニヤリと笑ったかと思うと、脇腹をわざとらしく手で押さえる。
「いてて、ああー痛え。これよ、骨にヒビが入ってるな。サラ、魔法で治してくれ」
サラ、と間違われているアリスがヴィヴィを見る。
ヴィヴィが大袈裟に首を横に振る。
「ぐふ。なりませんサラ様、あなたのような気高きお方が、このような下賤の者を治療したことが知れ渡ればあなたの名声は地に落ちましょう」
「てめえ!もう許さんぞ!」
「ぐふ。どうしてもサラ様のお力をお借りしたいのであれば寄付を頂きましょうか。そうですね、金貨一枚と言ったところでしょう」
「なんだと!?」
要求金額の大きさに流石にアリスもギョッとしたが、ヴィヴィがお任せください、と手で合図する。
「……おい、待て」
ヴィヴィに殴りかかろうと拳を握りしめていた冒険者を別の冒険者が止めた。
「なんで止める!?」
「おかしくないか」
「何がだ!?」
「……こいつ、本当にあのサラか?本当にこいつらリサヴィか?」
「何言ってんだ!今更!」
「よく見てみろよ」
「何をだ?」
「リサヴィのパーティ構成、言ってみろ」
「なんだ今更、サラだろ、リッキーキラーだろ、棺桶持ちに……ん?ブス?」
とサラを指差す。
……ぶっ殺す。
サラは自分の体温が急上昇するのを感じる。
「確かに一人多いぞ。ブスが増えてる」
「それにこいつ、顔はいいけどよ、ちょっと馬鹿っぽくないか?」
彼らの知っている情報は古く、アリスが加わった事を知らなかった。
「なっ……むぐ!?」
ヴィヴィがアリスの口を押さえる。
冒険者達の中で不信感が増大する。
「おい、お前らリサヴィだよな?」
「ぐふ、ぐふふふっ!」
「な、なんだてめえ、いきなり笑い出しやがって!」
「ぐふ。どうやらバレてしまったようですね」
「なんだと?」
「ぐふ。私達はリサヴィではありません。リカヴィです」
「なんだそのバッタモンの名前は!」
「お前、さっきこいつをサラ様って呼んでたじゃねえか」
「ぐふ。嘘です。ほんの暇つぶしです」
「なんだと!!」
「ぐふ。最初に本人が『違う』と言っていたではないですか。ちなみに彼女は神官でもありません。この服は神官服に似た何か、です」
「てめっ!マジふざけんな!」
「おい!止めろ止めろ!馬車を止めろ!」
「な、ちょっと暴れないでください!」
冒険者は御者を怒鳴りつけ無理やり馬車を止めさせた。
急に護衛の馬車が止まったので、商隊が止まり、慌ててウーミがやって来た。
「い、一体どうしたんですか!?」
「やめやめ!俺たちゃ降りる!タダ働きなんだ!いつ辞めたって文句は言わせねえ!」
とんでもないことを言い出す冒険者達。
「あ、あの、突然そんな事言われても……」
「うるせえ!俺たちゃあな!サラを仲間に出来るからこんなくだらん依頼をタダで引き受けてやったんだ!」
「え?え?」
事情が飲み込めず混乱するウーミを無視し、冒険者達は自分達の荷物をまとめる。
「くそっ騙されたぜ!こんなバッタモンと一緒に依頼なんかやってられるかよ!」
そう吐き捨て冒険者達は出ていった。
「あの、一体何があったのでしょうか?」
「ぐふ。ただ働きが嫌になったそうだ」
「そ、そうですか。……勝手な人達だ」
「あのっ、今更ですけどっ護衛は私達だけだったはずですっ。彼らは何だったのですっ?」
「実は突然押しかけて来てタダで護衛をしてやるから乗せろと言ってきまして……やっぱりタダより高いものはありませんね」
「そうなんですねっ」
「すみません、すぐ出発しますので」
「はい」
ウーミが自分の馬車へ戻って行き、すぐに出発した。
「すごいですっ、ヴィヴィさん!あの不愉快な人達を自分達から出て行くように仕向けるなんてっ!」
「ぐふ」
ヴィヴィの表情は仮面で見えないのだがどこか誇らしげであった。
「……まあ、目に余る言動が多々ありましたが、私も少しスッキリしたので今回は不問にします」
「ぐふ」
「でもビックリしましたっ。まさかサラさんに間違えられるなんてっ」
「ぐふ。恐らく魔の領域での一件でサラを知ってやって来たのだろうが、情報不足にも程がある。お粗末としか言いようがないな。アリスが加入した事を知らなかったこともそうだが、サラが自意識過剰で普段は戦士の姿をしていることすら知らなかったしな」
「おいこらっ。誰が自意識過剰だ!」
「わたしっ、サラさんがみんなにチヤホヤされるの見てちょっと嫉妬してましたけどっ、あんな気持ちになるなんて知りませんでしたっ。あんな目に遭うのはもう懲り懲りですっ。嫉妬してごめんなさいっ」
「いえ、こちらこそ間違いをすぐに訂正せずすみません」
「ぐふ。気にすることはないぞアリス。サラは己の承認欲求を満足できて喜んでいるのだ」
「そうなんですねっ。流石ですサラさんっ」
「おいこらっ、勝手なこと言うな!アリスもヴィヴィの言う事を信じるんじゃありません!」
ヴィヴィがじっとサラを見つめていた。
「なんです?まだ何か?」
「……ぐふ。お前は馬鹿共を引き寄せるからな。しかも根拠のない自信を持った奴ばかりを。だから何かそのようなフェロモンでも撒き散らしているのではないかと観察していたのだ」
「失礼ですね!」
「ヴィヴィさんっ、それでどうですっ?」
「アリス!」
「ぐふ。残念だが今の私程度の力では見ることはできないようだ」
「ある事を前提に話さないでください!そんなフェロモンは出ていません!」
「ぐふ。しかし、最早これは一種の才能と言っていいだろう。誇っていいぞ」
「誇れるか!」




