211話 ザラの森、再び その1
昨日、リサヴィの面々は宿屋でじっくりと休息を取った。
そして今日、ついにマルコを旅立つ、はずだった。
しかし、ヴィヴィを除くリサヴィが朝食をとりに一階の酒場へ向かうと顔見知りが笑顔で待っていた。
リオ以外が複雑な表情する中で、その顔見知り、モモがリオ達に笑顔で挨拶をする。
「おはようございますっ!リサヴィの皆さん!」
「おはようございます。わざわざリッキー退治の依頼をここまで持って来たのですか?」
サラが嫌味を言うが、モモの面の皮は厚く全く動じない。
「いえいえ。実はリサヴィの皆様にご相談がありまして。後でギルドに顔を出して頂けないでしょうか?」
「相談ですか?」
「はい」
「……どうしますかリオ?」
「ん?いつものでいいよ」
「はいっ。サラさんもそれでいいですよねっ?」
「ええ。って、朝食のことではないです。ギルドに顔を出しますか?」
「リオさん!ぜひお願いします!」
「あのね……」
「わかった」
「ちょ……」
「ありがとうございます!それではお待ちしてます!」
そう言うとモモはキャンセルはお断りとばかりに全力疾走で去っていった。
宿屋の親父に朝食を注文して戻って来たアリスが呟く。
「あの人っ、どんどん図太くなっていきますねっ」
「そうね」
「流石サラさんですっ」
「そうなんだ」
「私のせいにしないでください!」
「お待ちしていました!リサヴィの皆さん」
ギルドへ入るなり、モモが笑顔で出迎えた。
モモに案内されるままにカウンターへ向かうリオに残りのメンバーも仕方なくついて行く。
モモはカウンターの職員側へ回ると早速本題に入る。
「実は昨日、ザラの森の調査に向かっていたパーティが帰って来たんですが、アンデッド系の魔物ばかりだったそうです。彼らのパーティにも神官はいたのですが、サラさん達と同じようにターンアンデッドを使ってもすぐ復活してまい、今まで魔物を撒くため逃げ回っていたそうなんです」
「ぐふ。それにしては時間がかかったな」
「はい。彼らは自分達のせいでアンデッドが街や街道に出て来てはまずいと細心の注意を払いながら戦っていたそうです」
サラはその話を聞いて感動した。
今まで出会った冒険者の中でマトモなのはベルフィ達ウィンド(約一名除く)しか知らなかった。
マルコに来てからは特に自分勝手で性格に難がある者達にしか出会っていない。
もしかしたらウィンド(約一名除く)が特別だったのでは思い始めていたところだった。
ランクが高い冒険者ほどマトモな思考の持ち主が多いのだろう、サラはそう結論づける。
それはそれとして、モモが自分達にその話をする真意を尋ねる。
「もしかして私達に調査へ行け、と言うつもりですか?」
「お願いします!もう皆さんだけが頼りなんです!」
「依頼ランクはBだったはず。私達は満たしていませんが?」
「私とサラさんの仲です。依頼ランクを下げます!」
「……それはつまり、無能のギルマスと同じことするって事ですね」
「……ぐふ」
サラとヴィヴィの本気の怒りを感じ、モモは久しぶりに恐怖を思い出し震え上がる。
「そ、そそそそそそんなつもりはないです!リ、リリリリ、リサヴィの皆さんはランクこそDですが、実力は本物です!はい!実質Bランクでもおかしくないと思っています。といいますか、なんで今もDランクなのか不思議なくらいです!」
「どっかのギルド職員がリッキー退治の依頼ばかり斡旋するからでは?」
ブーメランを喰らい、ぐはっ、とモモは心の中で血を吐いた。
「ま、まだです!まだ終われません!」
「ん?何が?」
リオの呑気な声を聞き、落ち着きを取り戻すモモ。
「その、とても言いにくいのですが、実は不正にランクアップした者がCランクに多くいることが発覚しまして……」
「ぐふ。つまり、マルコ所属のCランク冒険者は名ばかり、ということか」
ヴィヴィの言葉がまたもモモの心を抉る。
元上司の指示とはいえ、薄々不正に気づきながらも手続した事があるモモは心が痛い。
「もちろん全員ではありません。不正をせず昇格した方ももちろんいらっしゃいます」
「ではその方達に依頼しては如何ですか」
「いえ!ザラの森の調査には神官が必須と判断しました。リサヴィには神官がお二人もいらっしゃるではありませんか。リサヴィが適任なのです!」
「ぐふ。他に依頼を受けた奴はいないのか?」
「はい、残念ながら。その、皆さんから話のありました遺品漁り目的で向かう人はいるようですが」
「ちなみに魔物はアンデッドだけですか?他に気づいたことはありませんか?」
「魔物についてはリオさん達が調査した時に現れた魔物くらいですね。ただ、先の調査に向かったパーティの話では、魔物ではありませんがエルフを見かけたそうです。声をかけようとしたらどこかへ行ってしまったそうですが」
興味なさそうな顔をしていたリオが“エルフ”という言葉に反応した。
「行こう」
「え?ちょっと、リオ?」
「そのエルフ、ファフかもしれない」
「ありがとうございます!リオさん、ありがとうございます!」
モモはその場で素早くザラの森調査依頼書を書き直した。
依頼ランクはC以上でターンアンデッドを行える神官必須という項目を付け加えて。
「これでDランクのリサヴィも受ける事ができます!ではカードのご提示をお願いします!」
モモが満面の笑みを浮かべて手を差し出した。
「ーーはい、ではこれで受付完了となります」
モモは冒険者カードをリオ達へ返した。
「内容の確認ですが、アンデッド発生の原因調査をすればいいのですね?」
「はい。リサヴィなら原因を見つけて解決して下さると信じています」
「何もわかっていない状況ですから解決できるかはわかりませんよ」
「あっ、そういえばっ私達の前に調査したパーティの依頼は成功になったんですかっ?」
「はい。一通り調査していただきましたので」
「私達は解決しないと失敗なのですか?」
「とんでもないです。原因をつかめなくても魔物の数を減らしてくだされば成功に致しますので失敗の事は考えなくて大丈夫です」
「そうですかっ。それを聞いて安心しましたっ」
アリスは最初の依頼でケチがついて以来、成否には神経質になっており、ほっとした表情をする。
ギルドを出てそのままザラの森へ向かおうとするリオをサラが止めた。
「リオ、準備がありますので出発は明日にしましょう」
「準備?」
「アンデッドと戦う可能性が高いのですから聖水の準備です」
「ぐふ。あと油も多く用意したほうがいいな」
「そうですねっ。また焼いた方が安心ですよねっ」
「なるほど」
「ぐふ。聖水は教会で買えばいいのではないか?」
「いえ。あちらも魔の領域へ神官を取られて十分な備えがないようです」
「じゃあ、今回も作るの?」
「はい」
「サラさんっ、私も手伝いますっ」
「ありがとうアリス」
「アンジーも聖水作れるんだ」
「アリスです、リオさんっ」
「うん、知ってた」
「私も神官ですからねっ。ただ、サラさんのものと比べると効果は落ちてしまうかもしれませんが……」
「そんな事ないわ。ハイポーションを作れるのだからきっと大丈夫よ」
サラとアリスはマルコの教会での手伝いでポーションと聖水を作成していた。
その時、アリスがポーションの作成を担当したのだが、非常に効果の高い、ハイポーションを作ったのだ。
その効果はサラのものと同等かそれ以上だった。
「ありがとうございますっ。わたしっ、がんばりますっ!」
「ええ。がんばりましょう」
「あ、そうだ。聖水といえばアンナも聖水に自分のおしっこ使……」
リオは不意に下を向いた。
サラにどつかれたのだ。
「どうして僕殴られたのかな?」
「おかしな事言おうとしたからです」
「あのっ、サラさんっ」
アリスが顔を赤くしながらモジモジと肩を上下に揺らす。
「はい?」
「サラさんはその……サラさんの本当のせ、聖水は水ではなく自分のおしっこ……」
「使いませんっ!」
「はっ!?まさかっ、それはナナル様直伝の聖水製造法!?」
「そんなわけないでしょう!アリス、私の話をちゃんと聞いてください。そんなもので聖水は作りません」
「そ、そうですよねっ。わたしっ、安心しました。サラさんの事ですからてっきりリオさんの目の前でおしっこを……いたっ」
サラはアリスの暴言に我慢できずその頭を小突いた。
「あなたは私をどんな人間だと思っているのですかっ!?」
「ぐふ。的確ではないか」
「黙りなさいヴィヴィ!」
「ともかくっ!間違ってもそんな事言いふらさないでくださいよ!わかりましたね!?」
「は、はひいいいっ」
アリスはサラに睨まれ怯えたように何度も頷く。
(……たく。そんな噂が広まったら私、ナナル様に殺されてしまうわ)
「あとリオっ!あなたもです!」
「ん?」
「なんであなたは大事な事は覚えない癖にそういうくだらないことはいつまでも覚えているんですか!」
「間違ってた?」
「間違いです。大間違いです」
「でもナックが……」
「ナックの言う事は大体間違っています」
「でもギルド試験の勉強を教えてもらったけど合ってたんじゃないかな。僕、合格したし」
「そ、それはリオが冒険者にならないと困るからです!ベルフィ達が困るから珍しく本当の事を教えたのです」
「そうなんだ。でも僕は何が正しくて何が間違ってるのかわからないな」
「常識で判断しなさい」
「常識で?」
サラは即自分の間違いに気づいた。
「すみません、リオには常識はありませんでしたね」
「そうなんだ」
「あの、サラさんっ。流石にそれは言い過ぎではないですかっ?」
サラがふっと悟ったような笑みを浮かべる。
「アリス、あなたもそのうちわかります」
「そ、そうですかっ……」
「ぐふ。リオ、サラのいう事は気にするな。お前は今まで通りにすればいい」
「うん、わかったよ」
「ちょっとヴィヴィ!」
「ぐふ。間違っていればその都度訂正すればいいだろう。それともお前はリオの言うことをいちいちチェックするつもりなのか?なんと横暴で傲慢でショタコンな女だ」
「くっ……」
サラもヴィヴィの言う事も一理あることを認めないわけにはいかなかった。
「……わかりました。確かに私が間違っていました」
「やっぱりサラさんはショタコンだったのですねっ?」
「ぐふ。やっと認めたか」
「違います!そこは完全否定します!」
「そうなんだ」
十分休養を取ったはずなのにサラをどっと疲れが襲う。
「……はあ、このまま買い物に行こうと思いましたけど疲れましたね。主に精神が……」
「疲れが溜まってるんですねっ。買い物ならわたしとリオさんだけでも大丈夫ですよっ。あ、これってデートっ!?。きゃっ」
「そうなんだ」
「……はあ、疲れる」
「ぐふ」




