210話 横取り
リオ達がギルドに入って来るのに気づいたモモは待ってましたとばかりに笑顔で手を振った。
リオ以外が不機嫌な表情を見せるが、逞しく成長し面の皮が厚くなったモモを怯ませる事はできない。
モモは満面の笑みでリオ達を迎えた。
リッキー退治の依頼完了処理をしたモモが笑顔のまま、
「実はリオさんにぴったりの依頼を用意していますよ」
モモはそう言って依頼書を差し出す。
リオがそれを受け取ろうと手を伸ばすが、それより早く依頼書を奪いとる者がいた。
三人組のDランクパーティで、依頼書を手にした一人がリオに皮肉った笑みを見せた後、モモの顔の前で依頼書をヒラヒラさせる。
「おいおい、リサヴィだけエコ贔屓はダメだぜ!」
男にモモは営業スマイルを崩さず理由を述べる。
「いえ、別にエコ贔屓しているわけではありませんよ。依頼掲示板に貼ってもどなたも受けられないものをリサヴィの皆さんに紹介しているだけです」
「それってつまりっ、わたし達って残飯処理ってことですかっ?」
アリスの問いは、モモの厚い面の皮に遮られ、表情一つ変えずスルーされた。
男がわざとらしくリオ達リサヴィの顔を見回した後、モモに顔を戻す。
「ほう。じゃあ、俺達がこの依頼を受けてもいいんだな?」
「あ、はい。あなた方がDランク以下でしたら構いませんけど」
「それじゃ問題ない。俺達はDランクだ!」
威張れるランクではないはずだが、男の顔は何故か誇らしげだった。
残りのパーティメンバーはちょっと恥ずかしそうだったが。
「では冒険者カードの提示をお願いできますか?」
「ほらよ」
男に続き、パーティメンバーがモモにカードを提示する。
「……はい。確認しました。確かに問題ありませんが、本当によろしいのですか?依頼失敗率の高いリッキー退治ですよ?」
モモが彼らに念を押す。
「おいおい、俺達を馬鹿にすんじゃねえよ!Dランクの俺達がFランクの依頼を失敗する訳ねえだろ!」
パーティメンバーも口々に「ふざけんな!」「馬鹿にすんじゃねえ!」と凄い剣幕でモモに詰め寄った。
以前のモモであれば怯えて即謝っていただろうが、平然とした態度で最後まで彼らの罵声を聞いていた。
「わかりました。では受付処理を致します」
冒険者達が勝ち誇った顔で後を振り返った。
「悪いな!だがな、どうしてもって言うなら一緒に……って、おいっどこ行く!?」
依頼を横取りしたパーティの一人が歩き去ろうとするリオの肩を慌てて掴んだ。
「ん?」
「『ん?』じゃねえ!リッキー退治したいんじゃなかったのか!?」
リオが首を傾げる。
サラがリオの代わりに何を今更、という表情で答える。
「あなた方がその依頼を受けたところではありませんか」
「ああ。そうだぜサラ」
男が意味ありげな笑みを浮かべる。
「……」
「ぐふ」
ヴィヴィが嬉しそうな声を上げ、サラが睨みつける。
そのパーティは勝ち誇った顔で話を続ける。
「だがな、どうしてもって言うならお前達も参加させ……」
「いえ、結構です」
「……へ?」
「お、おい、今なんて言った?」
「ですから、結構です、と言ったのです」
サラから予想外の言葉を聞き、男達は焦り出す。
「ちょ、ちょ待てよっ!」
「おいっ、リッキーキラー!お前はそれでいいのか!?いいわけないよな?な!?」
しかし、リオの返事は残酷なものだった。
「別に」
「いやいや、そんなはずはねえ!」
「痩せ我慢すんなよ!な?リッキーキラーの名が泣くぞ!」
「そうなんだ」
「『そうなんだ』じゃねえ!」
「な、我慢すんなって。どうしてもって言うなら一緒に受けさせてやるからよ!」
「別に」
「お前、ふざけんなよ!」
リオの肩を掴んでいた男が激怒し、リオに殴りかかろうとした。
「喧嘩はやめて下さい!」
ギルド職員であるモモの叫び声が耳に入り、男はどうにか自制した。
「喧嘩なんかしてねえだろ!こいつがおかしなこと言うからだなっ」
「いえ、先程からおかしな事を言っていますのはあなた方のほうですが」
モモの言葉に彼らとのやりとりを聞いていた他のギルド職員、その成り行きを見守っていた他の冒険者達も頷く。
男達はますます焦り始める。
「いやいやっ!って、おいっサラ!リッキーキラー!どこ行くんだ!」
「落ち着いて下さい。皆さんが受けた依頼とリサヴィの方達は無関係じゃないですか。あ、受付処理が終わりましたのでカードをお返ししますね」
「いや、ちょっと待て!俺らだけでやるつもりはないんだ!リサヴィと一緒にやるからちょっと待ってくれっ!」
モモはほとほと困った、というような顔で彼らに説明し始める。
「……あの、本当に先ほどからおっしゃってる意味がよくわからないのですが。あなた方はこの依頼をどうしても受けたいとおっしゃってリサヴィの皆さんから横取りしたんですよ。それが何故リサヴィの皆さんと一緒に、という話になるのですか?」
「そ、それは……それでもリサヴィはリッキー退治をしたいはずだ!」
「そうだ!」
「間違いない!」
とパーティの仲間が頷き合う姿にモモはため息をつく。
「あの、その依頼の報酬額はちゃんと確認されましたよね?」
モモが困った表情で言う。
その言葉を聞いて、彼らは初めて依頼の報酬額を確認し、そのあまりの安さに悲鳴を上げる。
「おわかり頂いたようですね。依頼先までの経費を考えましても、退治したリッキーの素材を売り払ってどうにかトントン、といったところです。この上、リサヴィの方々まで参加したら完全に赤字ですよ。そんな依頼受けるはずないじゃないですか」
それでも彼らは納得しなかった。したくなかった。
「い、いやっ、それでもリサヴィは、リッキーキラーは受けたいはずだ!……って、いねえ!」
「あいつらどこ行った!?」
「もう出ていかれましたよ」
「なっ!?逃げやがった!」
「本当に仰ってる意味がわからないのですが、ともかく依頼の方、よろしくお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
男達はこのまま受けるか、キャンセルするかボソボソ相談し始めた。
で、
「なしっ!なしだ!キャンセルだ!」
「おう、キャンセルするぞ!」
「……は?」
モモの冷たい視線を受け怯む冒険者達。
「い、いや、キャンセルさせてください……」
「お、お願いします」
さっきまでの横柄な態度が嘘のように情けない顔で懇願しだした。
「……わかりました」
モモの言葉に彼らがホッとしたのも束の間、
「自己都合によるキャンセルなので依頼失敗で処理させていただきます。では、カードを再度ご提示下さい」
「ちょ、ちょ待てよ!」
「それをなんとかしてくれよっ」
「頼むよっ!な?いいだろう?」
しかし、モモは首を横に振る。
「それは出来ません。あなた方のした事は営業妨害です。それを見逃してあげているのですよ。それとも営業妨害も追加しますか?」
モモの言葉に彼らはキレた。
「ふざけんな!こっちが下手に出てりゃあいい気になりやがって!わかったぜ!やってやるよ!」
「おお!こんなクズ依頼なんかで“これ以上”失敗増やしてたまるかよ!」
「そうだぜ!失敗にされるくらいなら多少赤字になってもやってやるぜ!」
こうして、
リサヴィと一緒の依頼を受けてサラにいいとこ見せて仲間にするぜ!
作戦は失敗したのだった。
ちなみに依頼も失敗する事になる。
ギルドからの帰り道。
ヴィヴィが嬉しそうな声でサラに声をかける。
「ぐふ。本当にお前はすごいな」
「……私は被害者です」
「そうですよっ。確かにサラさんを好きになる人はアレな人が多いですっ。でもっそれはサラさんのせいじゃないですっ」
「アリス、それ、フォローしてるつもり?」
「もちろんですっ」
「そうは思えないんだけど」
「ぐふ。私は最近、次はどんな手で来るのかと楽しみになってきたぞ」
「ヴィヴィ!!」
「でも、やっぱり一番悪いのは無能のギルマスですっ!」
「それには同意するわ。あのバカのせいでどんどん酷くなるわ!」
サラは魔王になるかもしれないリオをこっそり目立たず監視したいのだ。
しかし、自分の意志とは関係なく有名になっていくので非常に憂鬱だった。




