21話 雨宿り
二人は周囲を警戒しながら歩いていた。
サラはふとあることに気づいた。
冒険者に戦いはつきものだが、余程用意周到でもない限り決まった時間に戦いになる事はない。
そのため、冒険者養成学校では生理現象をコントロールする訓練を行なっている。
いうまでもないが我慢強くなる訓練、ではなく魔法薬と組み合わせて体を改造するのだ。
コントロール出来るようになると二、三日は平気で排泄しなくてもよくなる。
あくまでも抑えるだけだが、時と場所を選べるようになるのは大きく、冒険者の必須能力と言える。
この薬は冒険者ギルドで購入することができ、簡単にではあるが、訓練法も教えてくれるので独自で身につける事も可能だが、一日二日でできるものではない。
ちなみにサラはナナルとの地獄の特訓のときに習得済みで一週間程なら排泄しなくても全く問題なかった。
(……あ、嫌なことまで思い出しちゃったわ。って、ともかく森に入ってから結構時間が経ったけど、リオは大丈夫なのかしら?)
サラは少し躊躇したが直前になって言われても困るので確認することにした。
「リオ」
「ん?」
「あなた、その、生理現象は大丈夫ですか?」
「ん?」
「つまり、その、お手洗いです」
「ああ、サラ、うんこし……」
ゴンっ
リオは頭が不自然に、自分の意思とは関係なく下を向いた。
サラに殴られたと気づく。
「なんで僕殴られたのかな?」
「女性にそんな事を聞くのは失礼です」
「女性が聞くのはいいの?」
「はい」
サラは即答した。
「どうして?」
「女性がそういう事を尋ねるのは勇気がいるのです。その勇気に免じて許されるのです」
サラは堂々とした態度できっぱり言い切った。
「そうなんだ」
自信満々なサラを見てリオはそういうものなのだと理解してしまった。
「ウィンドにも女性はいますよね、確かローズさん、でしたか。その方にあなたはお手洗いの事聞くのですか?」
「聞かないよ」
「でしょ」
「ローズは僕の事嫌ってるみたいだからなるべく関わらないようにしろ、って言われてるんだ」
「そうですか」
サラもローズの気持ちがわかる。
正直、リオが勇者や魔王になると知っていなければ絶対関わろうとは思わなかっただろう。
「話が逸れましたが、」
「ああ、サラ、うんこした……」
がん、
リオは頭が不自然に、自分の意思とは関係なく下を向いた。
サラに殴られたと気づく。
「もう忘れたのですか?」
「ごめん」
「私ではなく、あなたの事です」
「大丈夫だよ」
「小さいほうも大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ」
「もしかして訓練を受けたのですか?」
「いや、訓練はしてないよ」
「そうなんですか?それはすごいですね」
サラは初めて本心からリオを褒めた。
(さすが未来の勇者。ついにその片鱗をって、スケール小さいわね……)
「それでサラがうん……したくないのにどうして聞いたのかな?」
今回はギリギリだった。
もう一言出ていれば確実に鉄拳が飛んで来ていただろう。
「あなたは冒険者養成学校の出ではないですよね。冒険者になってまだ日も浅いようなので私に気を使って我慢しているのかと思ったのです」
「ん?いや、そんな事ぜんぜん考えた事も……」
ゴンっ
リオは頭が不自然に、自分の意思とは関係なく下を向いた。
サラに殴られたと気づく。
「なんで僕殴られたのかな?」
「大丈夫です。手加減しましたから」
「そうなんだ」
明らかにサラの答えはリオの問いに応えたものではないのだが、リオはそれで納得したのかそれ以上聞く事はなく、二人きりなので突っ込む者もいなかった。
「不意に魔物に襲われても生理現象で悩まされる事はなさそうですね」
「そうだね」
夕方。
森は暗くなり、空を見上げると雨雲らしきものが近づいてくるのが見えた。
あれ以降魔物に出会ってはいないが、未だに森を抜けることができず、今夜は森の中で野宿ということになりそうだった。
サラはリオの様子を伺うが、全く気にしてないようだった。
「リオ、ちょっと待ってください」
サラは立ち止まるとリュックを下ろし、中から魔道具を取り出した。
リオはその魔道具に見覚えがあった。
「もしかしてマナランプ?」
「はい」
マナランプは光の魔法がかけられた魔道具で蓄積された魔力を消費して灯を灯す松明やランタンの代わりだ。魔道具の中では安い方とはいえ、駆け出し冒険者には手がでる値段ではない。
マナランプには色々な形があるがサラのものはランタンの形をしている。
マナランプの優れたところは松明やランタンと違い物を燃やすわけではないので匂いを出さないことと魔術士や神官など魔法を使える者が魔力を供給する事で使用し続けることができる事だ。
ウィンドもマナランプを持っており、魔術士のナックが定期的に魔力を供給していた。
リオがマナランプと気づいたのはナックが持っているものと同じ形をしていたからだ。
サラが左手にマナランプを持ち明かりを灯す。
「私達の居場所を知らせる事になりますが、辺りが見えなければ私達も対処出来ないですからね」
「うん」
二人は移動を再開した。
時折、遠くで獣の鳴き声が聞こえたが幸いにも近づいてくる事はなかった。
しばらくしてリオはあるものを見つけた。
「サラ」
サラがリオの指さす方向に視線を向けると丸太小屋が見えた。
「助かりましたね。もう街に戻るの無理ですから今夜はあそこに泊めて貰いましょう」
小屋は鍵はかかっておらず無人だった。
長く放置されていたようだが雨風をしのげる。それに魔物に襲われる心配も少ない。
今のリオ達にはそれだけでも十分有難かった。
「木の枝拾ってくるよ」
「一人では危険です。まだ油断は禁物です」
二人で辺りの枝木を集めて戻る。
火起こしをリオに任せてサラは小屋の外に残ると、周囲に魔物除けを行う事にした。
サラがコートのポケットから取り出したのは、縦十センチメートル、横五センチメートルの板だ。
これには魔物が嫌う匂いが染み込まれており、ウォルー程度なら近づいてもこない。
この魔除け板は使い切りで効果時間は天候に左右されるが何もなければ十時間程度は持続する。
サラは小屋の四方の一辺の地面にこの板を突き刺し、発動のための魔力を送る。
すると薄っすらと魔除け板が光りだした。
起動を確認すると残り三辺に魔除け板を差して起動させた。
サラが小屋に入ると暖炉の中で薪が燃えており、室内が暖かくなってきていた。
その火を見て朝飯以来、なにも口にしていなかったことに気づき、急激に空腹を覚えた。
「お腹すきましたね」
「そうだね。ご飯食べようか」
「はい」
料理はサラが用意した。
メニューはスープと黒パンだ。
スープの具は薬草と薬草採取の際に見つけた野生の芋や保存食の干し肉などを使った。
出来上がったスープの出来であるが、具の大きさや形が適当で味も大雑把であった。
それは今日の料理に限ったことではない。
元々料理が得意ではなかったサラだが、ナナルとの特訓が更に輪をかけた。
サバイバル訓練のとき食料を現地調達しなくてはならない事があり、サラにとって料理とは栄養補給がメインであり、味など二の次になっていたのだ。
サバイバルのときは食べるのは自分だけだったので味見をろくにしていなかった。
今回もその癖が出て、ろくに味見せず作ってしまい、実際に口にしたときなって、あまりよい出来ではないと気づいた。
リオの反応が気になったが、何も文句を言わずに口に運んでいた。
サラは悩んだ挙句、リオに感想を尋ねることにした。
「リオ、その、スープですが口に合いますか?」
「ん?どうだろう。僕は味覚がおかしいらしいんだ」
「そ、そうですか」
その言葉を聞いてホッとするサラ。
そこでやめておけばよかったのだが、サラはつい見栄を張ってしまった。
「私は結構よく出来てると思ったのですが」
「そうなんだ」
この一言が後々サラを苦しめる事になるのだが、この時のサラが知る由もなかった。
食事が終わると沸かした湯でお茶を飲む。お茶は薬草採取中に見つけたものを混ぜたものだ。
「今日はなんか長かったね」
「そうですね……」
サラはあくびをしそうになり慌てて口を手で隠す。
(情けないわよ!サラ!ナナル様の地獄の特訓を耐え抜いたのになんでこの程度で疲れるのよ!)
サラにとって戦闘自体は大したことはなかった。
本気を出さなければ倒せないような敵はいなかった。
だが、魔王になるはずの少年との旅は思っていた以上に緊張を強いられていたのだと気づく。
体力は問題なかったが神経が参っていた。
「交代で番をしようよ。先にサラが寝て」
「いえ、リオがお先にどうぞ」
「いや、僕はいいよ。僕よりサラの方が疲れてるでしょ?僕と違って魔法も使ってたんだから」
「……わかりました。ではお言葉に甘えて。あなたも我慢できなくなったら時間でなくてもかまわず起こしてください」
「うん、わかった」
「それでは」
「あ、ちょっと待って」
「なんです?」
「起こし方なんだけど、やさしく?乱暴に?それとも気持ちよく?」
サラが目を細めた。
「……その最後の気持ちよくとはなんです?」
「ナックが言ってたんだけど、女の子限定で気持ちよくバージョンていうのがあって、服の中に手を入れて直接体をやさしく触りまく……」
「普通でお願いします!」
「わかった」
(ナックとやらにあったら絶対に文句を言ってやらなくちゃ、場合によっては鉄拳制裁も辞さないわ!いえ、鉄拳制裁が先ね!それで口答えするようなら再び鉄拳制裁よ!)
サラはそう心に誓うのだった。
リオは雨音がするのに気づいた。
段々と雨音が激しくなっていく。
「危なかったぁ。この小屋を見つけられなかったらずぶ濡れだったね。運がよかった」
リオは暖炉の火を眺めながら珍しく今日の出来事を振り返った。
今日一日でウォルーを五頭倒した。
ちなみにサラはもっと倒しているはずだが正確な数は知らない。
サラより少ないとはいえ、今まで一頭も倒したことがなかったことを考えれば上出来であった。
「僕もやればできるんだ」
リオは知らず笑みを浮かべていた。
それはいつもの作り笑いではなかった。
「……ラ」
「……」
「サ……お……て……サラ」
「……ん」
「サラ起きて」
サラははっ、となって体を起こすと慌てて辺りを見回す。
「大丈夫?」
「え⁉︎︎何がですか⁉︎︎」
「いや、うなされているようだったから」
「それで起こしたのですか?」
「いや、そろそろ交代かなと思って」
何を、といいかけて今の状況を思い出した。
サラは頭をぶんぶんと振って意識をはっきりさせた。
「もう大丈夫です」
「本当に?」
「ええ。どうぞ眠ってください」
「うん、じゃあそうするよ」
リオはそういうと毛布を体にまきつけ横になった。
「リオ」
「ん?」
「私、何か言ってませんでした?」
「寝言のこと?」
「な、何か言ってたんですか⁉︎︎」
「えっと、何かブツブツ言ってた気がするけどよく聞き取れなかった」
「そうですか。ーーではお休みなさい」
「うん、お休み」




