208話 イルシ商会のウーミ
モモは終業後、幼馴染の商人をそこそこ高いレストランに呼び出していた。
「今日はあなたの奢りでいいわ」と堂々と宣言して好き放題食べた。
げっそりした顔でその様子を見つめる幼馴染の商人であるウーミ。
「ねえ、そろそろ用件を話してくれない?またギルドで不祥事?」
「またとは何よ!失礼ね!違うわよ!」
お腹いっぱいになったモモはウーミに先程のリサヴィとのやり取りを話し始めた。
「……というわけでなんとかそのパーティの皆さんをマルコに引き留めるのに成功したのよ」
その顔はどこか誇らしげであったがウーミは複雑そうな表情をする。
「……それ、規約違反してない?」
「ない」
「本当かなぁ」
「大丈夫よ。せいぜいグレーよ。裁判で勝つ自信あるわ」
「……それさ、勝ち負け関係ないよ。裁判になった時点でそのパーティの信頼失ってるから」
「でね、近くのギルドにカルハン製の魔装具が置いてないか確認したんだけど」
強引に話を続けるモモにウーミはため息をつきながら、
「なかったから、僕に連絡して来たと」
「そうよ」
「そんな事いきなり言われてもねぇ。僕んとこは魔装具なんて扱ってないよ」
「ならこれから扱えばいいじゃない」
「無茶言うなぁ」
「もっと真剣になって!あなたの双肩にマルコギルド全職員の明日がかかってるのよ」
「何でだよ?僕はギルドと全然関係ないだろ」
「失敗したらあなたがギルド職員の再就職先を世話するのよ。ちなみに私は給料は今以上よ!」
「何で今より待遇が良くなってるんだよ、まったく……」
「それでどう?大丈夫よね?三日以内に揃えてね!」
「なんで更に難易度上げるんだよ」
「文句はいいからどうなのよ?」
ふう、とため息をつく。
「それで型名は?」
「型名?」
「『手に入れてこい』と言っておいて型番知らないの?信じられないよ」
「しょ、しょうがないじゃない。専門外なのよ。薬草なら詳しいんだけど」
「その場で聞けばよかったじゃないか」
「いえ、あの場で長く話すのは危険だったのよ。パーティの中にマルコから出たがってる人がいたから」
「その気持ちわかるよ」
「流石ね。伊達に長く付き合ってないわね」
「いや、僕がわかるっていったのはそのパーティの方だよ」
「なんでよっ!?」
「はいはい。もうわかったから。じゃあ、その魔装具はどんな形してる?使用者の名前とかわかる?」
「どんなって言われても魔装具は魔装具よ。名前はヴィヴィさん」
その名を聞いてウーミは表情を変えた。
「ヴィヴィって、もしかしてリサヴィの魔装士ヴィヴィさん?」
「ええ、そうよ。よく知ってたわね」
「リサヴィのヴィヴィさんは有名だよ」
「有名なのはサラさんとリオさんだけじゃないの?」
サラはいい意味で有名で、リオは悪い意味で有名だ。
「サラさんと一緒に行動してる魔装士だからね。少なくとも魔装士達は注目してると思うよ」
「そうなのね。って、ウーミ、あなた詳しいわね。もしかして魔装士になりたいの?ああ、荷物運ぶのに便利だから?」
「そんなわけないだろ。興味があるだけだよ」
「ふうん」
「でもわかったよ。ヴィヴィさんなら第二世代だ」
「第二、世代?」
「うん。一口にカルハン製といっても世代によって性能も機能も全然違うんだ」
「そうなの?」
「君が話をしたギルドに在庫がなくてよかったね。もし彼らを待たせた挙句に第一世代の魔装具なんて持ってきたら感謝どころか怒りを買ったところだよ」
ヴィヴィがクズン係長に見せた怒りを思い出し、ブルッと震えた。
「そ、そんなに違うの?」
「違う違う。はっきりわかるのはリムーバルバインダーだね。リムーバルバインダーが飛ばせるようになったのは第二世代からなんだ」
「そ、それは確かに……」
「ちなみにリムーバルバインダーをコントロールするには高度な空間認識能力が必要なんだ」
「なにそれ?」
「リムーバルバインダーを飛ばしているのを見たことある?」
「何度かあるわよ」
「リムーバルバインダーの位置はリムーバルバインダーに内臓された魔法の目を通して確認するんだけど、これがすごく大変なんだ。自分の目を含めて同時に三方向の景色を見ることになるんだよ。その状態でリムーバルバインダーを思った通りの場所に移動させないとダメなんだ」
「つまり、あなたが魔装具を使いこなせたら仕事しながらリムーバルバインダーを飛ばして私の部屋を窓から覗けるってわけね」
「なんだよっその例えは!?」
「でも複数の景色が見えるって……なんか気分悪くなりそう」
ウーミはツッコミをスルーされ、ため息をつく。
「僕もそう思う。実際、魔装士酔い、というものがあるらしいよ。だから、魔装士は滅多にリムーバルバインダーを飛ばしたりしないんだ。飛ばすにしても一つだけ、しかもその間は自分の目を閉じて見る景色を一つにするとかね」
ウーミの話を聞いてモモが少し首を傾げる。
「ちょっと待って。目を閉じるってことは操作している間、止まってるのよね。無防備すぎない?」
「その通り。それが戦場ならいい的だよ。でもね、魔装士の能力を使いこなすことができれば一番強いクラスだと僕は思ってる。残念ながら僕の知る限りでは、魔装士の能力を完全に使いこなせているのはヴィヴィさんだけだ」
ウーミがまるで自分の事のようにヴィヴィのことを自慢する。
「へえ、ヴィヴィさんてそんなにすごい人だったんだ。知らなかったわ」
「あ、そうそう、ヴィヴィさんは実際使ってるんだから知ってると思うけど、カルハン製だと新品はまず手に入らないからね」
「そうなの?」
「うん。カルハン製の魔装具は国家技術省ってところが開発してるんだけど、自軍にしか卸していないんだ。だから売りに出されている魔装具は、カルハン軍からの払い下げを手に入れるか、戦場漁りで手に入れたものがほとんどなんだ。あと、闇ルートなら新品を手に入れられるかもしれないけど、僕にそんな当てはないし、あっても後が怖いから利用しない」
「わかったわ。じゃあ、ちょっとカルハンに行って払い下げを買ってきて」
「無茶言わないでよ。三日じゃカルハンにすら着かないよ!」
「……」
「僕の話、わかったよね?」
「ええ。ウーミが私のために三日以内に何としてでも魔装具を入れてくれる、っていうことだけはわかったわ」
「そんなこと言ってないから」
「ああーん?」
いきなりガン付けをしてくるモモ。
「……あのさモモ。君、僕にお願いしに来たんだよね?脅しに来たんじゃないよね?」
「当たり前じゃない」
モモが悪巧みでもしてるような笑みを浮かべる。
「もちろんお礼はするわよ。成功した暁にはあなたのとこのイルシ商会との取引きを多くしてあげるわ」
「何小悪党みたいな顔して言ってるんだよ」
「私が小悪魔なのは自覚してるわ」
「いや、小悪党……」
「ああーん?」
「まあ、確約はしないけど努力はするよ」
「私、ウーミを信じてるから!」
「ったく。でもさ、本当にそんな約束していいの?汚職になったらヤダよ」
「大丈夫大丈夫。グレーな範囲でするから」
「……」
リサヴィがリッキー退治を終え、マルコギルドに帰って来るとモモが満面笑みで出迎えた。
依頼完了処理を終えた後、
「ヴィヴィさん!お待たせして申し訳ありませんでした。魔装具一式準備出来ました!」
「ざっく?一式だと?」
「はい。早速見られますか?」
「ざっく」
モモに連れられ、リサヴィは応接室に案内される。
一旦、モモが退出し、しばらくすると台車を押しながら戻って来た。
その台車にはモモの言った通りカルハン製の魔装具一式が乗せられていた。
それを見てヴィヴィにしては珍しく駆け寄ると、手にとって調べ始める。
その様子を見ながらモモが説明を始める。
「ヴィヴィさんはご存じと思いますが、そちらは中古となります。でも一番良いものをご用意したつもりです」
ヴィヴィはチェックに夢中で反応はない。
代わりといってはなんだがアリスがモモに尋ねる。
「あのっ、ヴィヴィさんはリムーバルバインダーが欲しかっただけだと思ったのですけどっ?」
「はい。ただ、失礼ながらヴィヴィさんの魔装具は全体的にガタが来ているようでしたので念のため一式ご用意いたしました」
「そうなんだ」
「はい」
モモはふふんっ、とどこか誇らしげにサラを見た。
(くっ……ん?私は何を悔しがってるの?別に何も負けてないわ!でもあの笑顔、なんかむかつくわ!)
ヴィヴィがボソリと呟いた。
「……だ」
「はい?」
「ざっく。これはいくらだ?」
「リムーバルバインダーですか?」
「一式だ」
「あ、はい。一式ですと結構高額になりますよ。あ、分割も可能ですよ」
アリスはモモが提示した額を聞いて驚き、更に買うと即答したヴィヴィにまたも驚いて「うひょっ!?」と訳の分からない奇声を上げた。
「お買い上げありがとうございます!お支払いは何回払いにしますか?」
「ざっく、一括だ」
「え……?」
「ざっく、一括だ」
「……あ、はい、一括ですね……承知しました」
モモにとって一括払いは想定外だった。
リッキー退治ばかりしてるので蓄えはそんなにないと思っていたのだ。
分割だったら、無利子にする代わりにマルコ所属になることを提案するつもりだった。
だが、素早く次の手を考える。
「ただですね……言いにくいのですが……」
「ざっく?」
「その、こちらを手配するのが結構大変でして……」
「……」
「あ、だからってその代わりにマルコ所属になって欲しいというわけではないんですよ?あ、でも所属になっていただいても一向に構いませんけど!」
「嫌かな」
リオが即答した。
「ぐはっ」っとモモは心の中で血を吐いた。
こうもはっきり拒否され、思っていた以上のダメージを受けた。
「そ、そうですよね。そんな無茶は言いません……」
「ざっく。ではなんだ?」
「じ、実は皆さんが依頼に向かっている間にリッキー退治の依頼が入りまして」
「探してきた、の間違いでは?」
「いえいえ」
ジト目のサラに満面の笑みで否定するモモ。
「それで、その依頼を受けて頂けたらと思いまして。いかがでしょうか?」
「わかった」
リオが即答した。
「ありがとうございます!」
(これでもうしばらく時間が稼げるわ!)
モモは思わずガッツポーズをする。
リオ達はその姿に呆気に取られたが、サラだけは敗北感を味わっていた。
(って、何でよっ!?)




