203話 ギルド入会試験の立ち会い その2
審判役が「ふぉふぉふぉ」と呟きながらやって来て転がっている受験生をチラリと見る。
「その者は大丈夫かのう?」
「確認します」
サラは転がる受験生に再び回復魔法をかけた。
「体のほうは大丈夫だと思いますが、こういう場合ってどうするのでしょう?」
サラが気にしているのは、バカ冒険者の暴走とはいえ試験の途中に回復魔法を使ったことだ。
サラは審判役に判断を仰ぐ。
「そうじゃのう。彼にまだやる気があるというのであればじゃが、一通り試験が終わった後にもう一度機会を与えてはどうかのう」
「わかりました。ーーあなた、まだやれますか?」
受験生はサラに見つめられ、再び暴走した。
「はっ、はいっ!あなたとなら五連戦、いえっ、十連戦でもいけますっ!イってみませす!」
「……は?」
受験生はサラの冷たい視線を浴びて我に返った。
「す、すみませんっ。大丈夫ですっ。もう一度チャンスをくださいっ」
「……わかりました。では、みんなの試験が終わった後にもう一度行います。それまで体を休めていてください」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
受験生がだっと待機場所へ走っていく。
その様子を見て、審判役が目を細める。
「……ほう。治療してすぐ普通に動けるか。噂通りじゃな」
「はい?」
「ふぉふぉふぉ。何でもない。ジジイの独り言じゃ」
「そうですか。さて、対戦相手はどうしましょう?次の方に代わってもらいますか?」
今日の戦士クラスの試験人数は九人。
これが多いのか少ないのかサラにはわからない。
冒険者一人でこれだけの相手をするのはキツいだろうと、今回、ギルド側は実技試験の対戦相手に冒険者を二人用意していた。
「そうじゃのう……」
審判役が顎に手をやりぽりぽりしながら考え込む。
その時だった。
「サラっ!俺の事は気にするな!全然疲れてねえ!」
バカ冒険者は状況を理解せず、体力自慢をアピールする。
サラと審判役は顔を見合わせ首を横に振る。
「誰もそんな事は気にしていません。あなたに対戦相手は務まらないのでどうしようかと相談しているのです」
「な、なんだとっ!?俺があんなど素人どもに負けるとでもいうのか!?」
バカ冒険者は顔を真っ赤にしてサラに迫る。
サラの見る限り、今回、試験を受けに来た者達の中に傭兵など既に実戦を経験した者はいないようだった。
このバカ冒険者の頭の出来はともかく、剣術はそこそこ、Cランク程度はありそうだったので、バカ冒険者の言う通り油断さえなければまず負ける事はないだろう。
だが、問題にしているのはそこではない。
サラは深いため息をついた後、心を落ち着かせる。
「……本当にあなたは何しに来たのですか。あなたは受験生の力を見るのが仕事でしょう?受験生に何もさせずに倒してどうするのですか?」
「だが、俺があの程度の奴に苦戦したらお前は失望するんじゃないか?それはお互いマイナスだ!そうだろサラ?」
バカ冒険者はこの後に及んでも公私混同をやめず、キメ顔?でサラを見つめる。
彼は容姿にも自信があるようだが、サラにはまったく効果はなかった。
「……ダメだこりゃ」
サラがぼそりと呟く。
「ん?何?聞こえなかったぞ。俺のパーティに入る気になったか?」
サラはバカ冒険者を無視し、審判役に目を向ける。
「コレはダメです。交代させましょう。今すぐ交代させましょう」
その言葉を聞いてバカ冒険者が焦る。
「ちょ、ちょ待てよっ!」
しかし、審判はサラに首を小さく横に振る。
「しかしのう、交代するにしてものう。もう一人の冒険者はまだ来ておらんようなのじゃ」
「あ、そういえば」
サラは訓練場を見渡すが、もう一人の冒険者はまだ来ていないようだった。
「サラ!今度こそちゃんとやる!俺にもう一度チャンスをくれ!」
サラがバカ冒険者をチラリと見てから審判役を見た。
「どうしますか?」
「そうじゃのう……まあ、彼もああ言っておる事じゃしのう。もう一度くらいチャンスを与えてもいいかもしれんのう」
サラは正直納得いかなかったが、このバカ冒険者の代役をどうするか、という問題がある。
サラが代われるものなら代わるのだが、実技試験は冒険者ギルド入会の合否を左右するものである。
誰でも対戦相手が出来るわけではなく、規定に冒険者ランクC以上と明記されており、どれだけ力があってもDランクであるサラはできないのだ。
サラは渋々だが自分を納得させる。
「では今度はちゃんとやって下さいね」
その言葉を聞いてガッツポーズをとるバカ冒険者。
「よしっ、任せとけ!今度こそ俺の本当の力を見せてやるぞ!」
そう言って、バカ冒険者は開始位置に走っていった。
「……全然わかってないわ。……ってあれ?」
周囲が騒がしくなって来たのを不思議に思い、辺りを見回すといつの間にか冒険者が集まって来ていた。
どこで聞きつけたのか、サラ達が実技試験の回復役として立ち会っていることを知り詰めかけてきたのだった。
「……何よ、これ」
「ふぉふぉふぉ、人気者は辛いのう」
「はあ」
「わしの婆さんも若い頃はあんたらに負けず劣らずの美人じゃったぞい。ふぉふぉふぉ」
「はあ」
審判役がゆっくり歩いて配置に着く。
そして、実技試験開始の合図が鳴った。
「……なんで、マルコにはこんなバカしかいないのかしら」
「……ですねっ」
サラの悪い予感は的中した。
またもやバカ冒険者は受験生に何もさせずに一方的に叩きのめした。
サラに向かってガッツポーズを決めるバカ冒険者。
「昔はこうじゃなかったんだがのう」
サラ達の呟きが聞こえたらしく、審判役が寂しそうに呟いた。
サラが気を失った受験生の治療し終えたところにアリスがモモを連れてやってきた。
モモはサラに纏わり付いて必死にアピールしてるバカ冒険者を見て状況を理解した。
「すみませんっサラさん!」
サラが疲れた顔でモモを見る。
「なんとかしてくれますか?」
「もちろんですっ!」
モモが厳しい表情をバカ冒険者に向ける。
「あなたはクビです。さっさと帰ってください」
「なんだと!?なぜだ!?」
モモがポカンと口を開けたまましばし硬直。
サラに突かれてはっと我に返る。
「……それがわからないからです。あ、もちろん依頼失敗ですからそのつもりで」
「ざけんな!俺の何が悪いんだ!」
モモに掴みかかろうとするバカ冒険者に審判役がすっと近づき足を引っ掛ける。
「なっ?」
バカがバランスを崩したところで審判役がバカ冒険者の服を掴むと、
「よっこらせっ、っと」
と呑気な掛け声と共にバカ冒険者を投げ飛ばした。
バカ冒険者は受け身を取れず、「ぐへっ」と奇声を発し、白目を剥いて気絶した。
「うむ。まだまだ若い者には負けんのう」
「すごいですっ」
アリスが絶賛する。
サラも驚いていた。
歳に似合わぬ素早い動き、まだ現役で十分通用すると思われた。




