202話 ギルド入会試験の立ち会い その1
「すみませんっサラさん、アリスさん」
マルコギルドで依頼掲示板を眺めていたところをモモに声をかけられ二人が振り返る。
「リッキー退治ですか?」
サラが嫌味を込めて尋ねるが、モモは笑顔で軽くかわした。
(……やるようになったわね。って、何感心してるのよ私?)
「今日はお二人への依頼なのです」
「わたし達って事は神官にということですかっ?」
「はい。アリスさんは素直で助かります」
「そうなんだ」
リオは不意に下を向く。
サラにどつかれたのだと気づく。
「僕、なん……」
「大丈夫です。私は気にしていません」
「そうなんだ」
サラはモモに向き直る。
「それでなんでしょうか?私は素直ではないので依頼を受けるとは思っていないと思いますが」
「サラさん、気を悪くしたのでしたら申し訳ありません。そんなつもりで言った訳ではないんですよ」
笑顔で対峙する二人。
「あのっ、モモさんっそれでその依頼とは何でしょうっ」
「はい。実は明日、ギルド入会試験があるのです。戦士クラスの実技試験相手の都合はついたのですが、万が一に備えて待機して頂く治療担当が見つからなくて困っているのです。当初は教会から神官の方が来て頂く予定でしたが、急に都合がつかなくなったと連絡がありまして。回復魔法を使える魔術士にも当たっているのですが、今のところ目処が立っていないのです。そこで申し訳ありませんが、明日、立ち会っていただけないでしょうか?」
サラは今の話に違和感を覚えた。
「私の記憶では戦士の実技試験相手は元冒険者のギルド職員の方が当たるものと思っていました。リオのときはどうでした?」
「さあ?」
「すみません、聞いた私がバカでした」
「そうなんだ」
「……」
モモは言いにくそうに話し始める。
「その、お恥ずかしい話ですが、無能のギルマスが不要と言って……以降、試験を行う度、所属冒険者に依頼していたのです。あっ、でもこれは規則違反ではないですよ!」
モモはサラの表情が不機嫌になったのに気づき、先程対等に渡り合っていたとは思えないほど卑屈な表情で言い訳する。
サラはもちろん、マウントを取ったこの状況を簡単に手放す気はない。
「その場合、合否の判断は誰がしたんですか?」
「その……その冒険者の判断です」
「……」
サラはまたもマルコでの不正らしきものを見つけてしまった。
(もし、その試験を担当した冒険者が無能のギルマスの息のかかった者だったら……)
マルコで出会う冒険者の質があまりにも悪すぎると思っていたが、ランク昇格どころか冒険者試験にまで不正が行われていた可能性が出てきた。
モモの挙動が怪しくなってきたところを見て、サラはその推測が正しいと悟る。
モモが必死に言い訳らしきものを続けるのをサラは勝ち誇った表情で見つめる。
「ぐふ。悪党ヅラだな」
サラの表情を見てヴィヴィが呟いた。
もちろん、サラはヴィヴィの言葉を無視。
「流石サラさんですっ。弱味を見せた者を徹底的に追い詰めるその容赦なさ……ひっ、なんでもないですっ。リオさーんっ」
アリスはサラの笑顔に恐怖を覚え、リオに抱きつく。
「それで今回も同じことを?」
「い、いえっ。た、相手は今まで通り冒険者にお願いするのですが、今回は審判を用意してますのでっ。その方は信頼できますっ!はいっ!」
「……まあ、いいでしょう」
サラは怯えたモモの姿にすっかり気分を良くし、リオに尋ねる。
「と、言うことですがいいですか?」
「いいんじゃない」
リオはいつものようにどうでもいいような返事をした。
そして、当日。
審判役として呼ばれたのは六十を超える元冒険者だった。
「おお、お嬢ちゃん達、今日はよろしく頼むのう」
「はいっ」
「こちらこそよろしくお願いします」
サラはこの審判役と少し話をしただけだが、それだけで常識人とわかり、モモのいう通りこの人なら安心して任せられると思った。
サラ達がギルド奥にある訓練場で待機しているとギルド職員に連れられ、緊張した面持ちで戦士の実技試験を受ける者達が現れた。
冒険者ギルドでの入会試験で対人戦を行うクラスは戦士のみである。
ちなみに他のクラスの実技試験だが、魔術士なら魔法が使えるかの確認、盗賊ならギルドが用意した宝箱の鍵開けやトラップ解除、そして魔装士だけは各自で用意した魔装具を装備して一定時間移動できる(魔力が持つこと)ことをテストするのだ。
なお、神官は神殿からの推薦で冒険者になることがほとんどであるが、ギルドで試験を受けることもできる。その場合の実技試験は神官のみ可能である無詠唱魔法による魔法発動の確認を行うのだ。
「わたしもっ、なんかドキドキしてきましたっ」
「そうですね」
「ふぉふぉ」
「みんなっ、受かるといいですねっ」
「ええ」
「ふぉふぉ」
一人の受験生がサラ達に気付いた。
サラとアリス、二人の美しい女神官が並ぶ姿を見て、思わず見惚れてしまった。
ちなみにこの時のサラはいつもの戦士風の服装から神官服に着替えていた。
その者の異変に気づいた受験生達が次々とその者の視線の先にいたサラ達に気づき、他の者達も同様に見惚れてボーとなる。
ただ、女性の受験生だけは面白くなさそうな顔をしていた。
訓練場に最後にやって来たのは受験生達の実技試験の相手をする冒険者であった。
その態度は横柄で、受験生達を見下していた。
「お前ら!何バカみたいに呆けた顔してんだ!これから試験だぞ!もっと真剣に……って、さぁらぁ!?」
サラの素顔を知っていたらしいその冒険者は受験生に負けず劣らずのアホ面でサラを見つめる。
審判役が椅子から立ち上がった。
「うむ。ではわしも行くとしようかのう」
「よろしくお願いします」
「お願いしますっ」
審判役が配置についても冒険者は見向きもせず、サラにキメ顔?を見せつけていた。
サラはため息をつき、冒険者を催促する。
「あの、そろそろ始めませんか?」
「お?おうっ!任せろ!」
サラに声をかけられ、仕事を思い出した冒険者。
彼はサラがいると知って変なスイッチが入ってしまった。
受験生のための実技試験であることをすっかり忘れ、開始の合図とともに受験生をぶっ倒したのだ。
「見たかっーサラーっ!」
サラに向けてガッツポーズをきめる冒険者。
「……バカだ」
「……バカですっ」
サラとアリスがぼそりと呟く。
サラはアリスに「私が行きます」と断り、倒れて動かない受験生のもとへ向かう。
治療しているサラのもとへ冒険者がやってきて再びアピールする。
「どうだっ!サラ!俺は勇者になると思うだろっ!よしっ、サラ、この後俺のパーティを紹介するぜ!」
勝手に話を進める冒険者が期待を込めた瞳をサラに向けるが、サラは冷めた目で返した。
「あなたはこの試験の事を理解していないのですか?これはあなたの力ではなく、受験生の力を見る試験ですよ」
サラの冷たい視線を浴びて冒険者はビビるもののまだアピールを続ける。
「そ、それはわかってる!だが、俺の力も知っておくべきだろ!?な!?」
「……誰がですか?」
「もちろんサラっ、お前だ!」
「必要ありません」
「おいっ、そりゃないだろう!」
そこで気を失っていた受験生が意識を取り戻した。
「大丈夫ですか?」
優しく声をかけてきた相手、サラの姿を見て、受験生は思わず叫んだ。
「お、俺と結婚してくださいっ!」
「ふざけんなっ!」
返事したのはサラではなく冒険者だ。
冒険者は怒鳴るだけでは物足りず受験生に蹴りを入れる。
思わず悲鳴を上げて転がる受験生。
「サラは俺と結婚するんだ!なっ!?」
サラは大きく首を横に振り、実技試験相手の、バカ冒険者を見た。
「……あなた、本当に何しに来たんですか?」




