表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/865

200話 マルコは寂れている

 マルコの街の冒険者ギルドは開店以来最大の危機を迎えていた。


 言うまでもなく、マルコの元ギルマスのゴンダス、いや、“無能のギルマス”によって引き起こされた不祥事だ。

 当事者が退場した後も次々と不正が明らかになっているのだ。


 まず、依頼料の違法な引き抜きが明らかになった。

 ギルドは依頼者から依頼料を受け取るとそこから冒険者へ支払う報酬とギルドの仲介料に分けるのだが、仲介料がギルドの規定以上だったのだ。

 つまり、冒険者への報酬がその分少なくなっていたのだ。

 超えた分はもちろんゴンダスの懐だ。

 他の職員も無能のギルマスが不正を行なっていることは気づいていたが、恐くて注意も密告も出来なかった。

 マルコギルドへ依頼を出していた者達は今回の不祥事を知り、マルコギルド自体が信用できないとし、多少遠くても他の街のギルドへ依頼するようになった。

 マルコギルドへの依頼は激減しただけでなく、既に登録されたもののキャンセルも続出した。



 次に冒険者達の貯金の使い込みだ。

 冒険者達は大金を持ち歩いたりはしない。

 ほとんどの者がギルドに預けることになるのだが、その総額を確認したところ一致しなかった。

 金の管理はゴンダスとクズンが一手に引き受けており、書類を見る限りおかしいところはなかったので今までバレなかったのだ。

 ゴンダス及びクズンの資産を差し押さえたが芳しくなく、全額戻ってくる事は不可能であることがすぐにわかった。

 半分戻ってくればいい方である。


 更に無能のギルマスの強制依頼により命を落とした冒険者はマルコ所属の者達だけでなく、他の街所属の冒険者も含まれており、当然の事ながら被害を受けたギルドは激怒し、マルコ支部に多額の賠償金を要求してきた。


 これによりゴンダスを除く歴代ギルマス達が必死に貯めてきたマルコ支部の資産は不正利用、他ギルドへの賠償金により大半を失うことになった。

 しかもまだ終わりではない。

 無能のギルマスはある商会との癒着も噂されており、今後の調査結果によって更なる不正が明らかになる可能性もあるのだ。



 更に問題なのがマルコ所属の冒険者の流出だ。

 無能のギルマスの不正を知った冒険者達がここの職員も信用できないと他の冒険者ギルドへ次々と移籍しているのだ。

 すでに約三十パーセントの冒険者がマルコを離れてしまった。

 マルコ所属を解約する理由は心情的な理由だけではない。

 冒険者ギルド会員になることでギルドと契約しているすべての街で会員特典が受けられるが、特定のギルドに所属するとそのギルド特有のサービスが受けられる。

 その代わり所属ギルドの依頼を優先的に受けなければならないが、決して強制ではない。(とはいえ、拒否ばかりしていると所属を解約されることもある)

 冒険者達がより良い特典があるギルドに所属したいと考えるのは当然である。

 今までマルコギルドの特典は良い方であったが、今後サービスが低下する事は明らかなのでそうなる前に離れようというのである。

 ただ、移籍先も冒険者を無条件で受け入れるわけではない。

 今回のような大量流出ともなれば冒険者の質もバラバラであり、所属条件が厳しくなるのだ。

 これは遅ければ遅いほど厳しくなる傾向があり、それも流出を加速させている要員の一つであった。


 ギルドの収入は依頼の仲介料がメインだ。

 素材買取り業務もあるがその収入は微々たるもので、このままでは職員の給料を払えなくなる。

 このような状態で所属ギルドに登録する者がいるわけもなく、このままいけばマルコ支部はいずれなくなることであろう。



 もうすぐ昼になるというのに、マルコ支部はがらんとしており、冒険者は一人しかいなかった。

 もちろんマルコの街に冒険者は他にも大勢いるのだが、誰もマルコで依頼を受ける気がないのでマルコギルドに寄り付かないのだ。

 四つあるカウンターのうち受付嬢が立っているのは一つだけだった。

 マルコ支部の行く末を案じているのか受付嬢の目は虚ろだ。

 たった一人いる冒険者は待合用に置かれているテーブル席の一つに座って依頼掲示板を見ていた。

 いや、彼と依頼掲示板とは距離が離れ過ぎており文字が読めるはずがないので正しくは依頼掲示板の方を見ていた、と表するのが正しいだろう。

 暇を持て余してか、ギルド職員が今日何度目かのテーブル拭きを行う。

 その職員が冒険者の座るテーブルの前に来ると「失礼します」と言ってテーブルを拭き始める。

 冒険者はその職員に特に反応を見せることはなく、依頼掲示板へ顔を向けたままだった。

 その職員がチラリとその冒険者の様子を見るが、まったく身動きしない。

 目を開けたまま眠っているのでは思い、声をかけようかと一瞬だけ考え、すぐその考えを取り消しテーブル拭きに専念する。

 職員がテーブルを拭き終わり、事務所へ戻ろうとしたとき、ギルドの扉が開いた。

 入ってきたのは一組のパーティだった。人数は五人。

 

「いらっしゃいませ!」


 何人かが依頼掲示板へ目を向けて、ふっ、とバカにしたような笑みを浮かべた。

 パーティ一行は依頼掲示板へ足を向ける事なく真っ直ぐカウンターへ進む。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢がぎこちない笑顔を向ける。

 この受付嬢は新人ではないが、ここ最近のやり取りで自信を喪失していた。

 パーティのリーダーが挨拶を返す事なく、本題に入った。

 

「所属を解約する手続きをしてくれ」


 その言葉をもう何十回と聞いていた受付嬢は、同じく何十回もした引き留めの言葉を口事するが、結果は変わらなかった。

 パーティが去り、再びギルド内の冒険者は一人になった。

 交代のために事務所から出てきた受付嬢が、泣きそうな顔で立っていた受付嬢の肩に手を置く。

 受付嬢が顔を下にしたまま事務所へ消えた。

 交代したギルド職員はそのままカウンターには立たず、カップを乗せたトレーを持って一人残っている冒険者のもとへ向かう。

 そのギルド職員、モモがコーヒーの入ったコップを冒険者の前に置いた。


「どうぞリオさん、サービスです」


 その声を聞き、リオは視線を依頼掲示板の方からテーブルの上、そしてモモに移す。


「ん?くれるの?」

「はい」

「そうなんだ」


 リオは礼を言う事なく、カップを手にし口に運ぶ。


「いかがですか?」


 リオに出されたコーヒーは一般の冒険者にはまず出されない、マルコ所属の高ランク冒険者やお偉いさんが来たときに使われる高級品のコーヒー豆が使用されていた。

 モモはリオが若い事もあり、味の違いに気づかないかもと思っていたが、リオの発した言葉は想像をはるかに超える最低のものだった。

 

「うん、コーヒーだね」

「は、はい、そうです」


 それで会話は終わった。

 終わってしまった。

 リオが「美味しい」とか「苦い」とか何かコメントがあれば、そこから話をつなげるはずであった。

 だが、ここでモモは挫けたりはしなかった。

 このまま状況が変わらないのなら図々しいと思われても悪い印象を持たれてもこれ以上最悪になりようがないのだ。


「実は、そのコーヒー結構高価なんですよ。リオさん達にはお世話になりましたのでそのお礼なんです」

「そうなんだ」


 会話終了。


(く、やはりサラさんがいてくれないと会話が続かないわ)


 モモの中ではリサヴィでまともに話ができるのはサラだけであった。

 魔装士のヴィヴィは仮面で表情が見えなく何を考えているのはわからないが、今までの行動から考え方はドライだと認識してる。

 もう一人、新たに加わった神官アリスはイエスマンである。

 リオの行動を全肯定し、自分の意思がないように見えた。

 モモがリオを気にかけるのは現在どのギルドにも所属していないリサヴィをマルコ所属になってもらうように説得する事だった。

 これは別にマルコギルドの総意というわけではない。

 いや、所属冒険者を増やすのはギルドの総意であるが、リサヴィにこだわっているのはモモだけであった。

 今までの彼らの言動からリサヴィがマルコ所属になるとは誰も考えていなかった。

 クズン係長に激怒し、起こした行動からリサヴィに恐怖を覚える者もいた。

 それでもモモはリサヴィをマルコ所属になって欲しいと考えていた。

 それは理屈ではない。

 本能、第六感、ともかく説明できない何かに差し迫られていたのだった。

 どういう話題を振ろうか考えているとリオが先に口を開いた。


「あ、そうだ」

「は、はいっ、なんでしょう?」

「このコーヒーだけど」

「はい、気に入って頂けましたか?」

「ん?別に」

「そ、そうですか。結構評判いいんですけどね」

「僕、味覚音痴らしいからよくわからない」


 モモは最初から作戦が失敗していたことを知り内心落ち込んだ。

 しかし、長年、冒険者達を相手にしてきたのだ。

 その感情を簡単に顔に出したりしない。


「え?そうなんですか?」

「うん、それよりこれ高いの?」

「あ、はい。それなりには」

「そうなんだ。じゃあ、節約しないとダメじゃないかな。このギルド貧乏になるんでしょ」

「へ?そ、それは……」

「違うの?ヴィヴィがそう言ってたけど」

「あの……それは正直そうなる可能性があります」


 嘘をついてもすぐバレるので正直に話した。


「ただ、このコーヒー豆に関してはですね、もうすぐ賞味期限が切れてしまうんですよ。だからってすぐ飲めなくなるものではないですけど、美味しいうちに飲まないほうがもったいないです」


 嘘ではない。

 このコーヒー豆はゴンダスから押収した品物の中に含まれていたものだった。

 ゴンダスは使い切る前に次の封を切っており、賞味期限が迫っているものが結構残っていたのだ。

 人の金で無駄遣いしまくっていた事を思い出すだけでモモは怒りが込み上げてくる。

 因みに賞味期限が切れているものもあったが、流石にそれを客に出すのは躊躇われ、捨てるのももったいないので職員が頂いている。


「そうなんだ」


 会話終了。


(いえっ!まだよ!まだ終わらないわ!)

 

「ところで今日は他の方はどうしたのですか?」

「ヴィヴィは何か用事があるんだって。サラとアリアは教会に行ってるよ」

「ああ、そうなんですね」


 サラとアリスの居場所を教会に密告?したのはモモであるが、素知らぬフリをする。

 モモはリサヴィのマルコ引き止め成功に心の中でガッツポーズを決めながらリオがアリスの名を間違えて呼ぶ事に疑問を覚えていた。

 わざとやっているようにしか見えないがその事についてリオに直接尋ねた事はない。

 非常に興味があったが、パーティ内のことに深入りすべきではないと考えてのことだ。

 

(別にイジメているようでもないですし)


 他のパーティメンバーが同じように間違えていたらイジメと考えたかもしれないが、サラ達は正しく呼んでいるし、間違えて呼ばれている本人も見た感じではそれほど気にしているようには見えない。


(慣れたか、諦めたようにも見えるけど)

 


 次の話題を考えているうちに冒険者が入って来たのでモモはカウンターへ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ