20話 はじめての依頼 その2
「サラ、どうかしたの?」
剣を鞘に収めたリオが沈黙しているサラを見つめていた。
「いえ、なんでもないです。ところでなぜ先ほどの戦いで盾を使わなかったのですか?」
「え?」
「盾です。せっかく持っているのに。それにその剣です。そのサイズはあなたに合ってないように見えますが?」
「この剣と盾はベルフィに買ってもらったんだよ。中古だったけど」
「中古は関係ないですね」
「あ、そうだね。で、ベルフィがこれくらい使いこなせるようになれって」
「……」
「盾を使わなかったのは剣がちょっと重いのもあるんだけど、さっきは忘れてたんだ」
「……」
(まともに振れない剣と盾を与えてベルフィという人はいったい何を考えているのかしら?)
「その事をべルフィに話したのですか?」
「してないよ。扱えるのが普通なんだから僕が普通になればいいんでしょ?」
(……ダメだ、この子、自分の意思を全く持ってないわ。まるで……そう、まるで昔の自分を見ているようだわ。……そうか。だからリオを見ているとイライラするのね)
サラには少なくとも今のリオには剣の重さを差し引いても剣の才能があるとは思えなかった。いやそもそも冒険者にすら向いていない。
未来予知で見た魔王は恐ろしいほどの剣技を持っていたが、今のリオを見る限り才能があるようには見えず、いくら修行してもあの領域へ到達するとは思えなかった。
(やっぱり別人なの?私、大きな間違いをしてしまったの?!……ウィンドの方達と会えなかったらユーフィ様のところへ行ってみましょう。リオには自分の意思がないから反対しないと思うし……)
サラは自分がまたも長考しているのに気づいた。
リオはというとそんなサラを放置して剣と盾を構えたりして先ほどの戦いの反省をしているようだった。
(本当にマイペースね……)
「リオ」
「ん?」
「剣のみにしてはどうですか?どちらも中途半端よりはいいと思います」
「え?でも……」
「いつもあなたを助けられるとは限りません」
「でもベルフィが……」
「強制はしませんが一度くらい試してみてはどうですか?多少の怪我なら私が治します。そのために私がいるのですから」
「うーん。でもベルフィが……」
(理解力がないのかしら?それともベルフィに命令厳守とでもいわれているのかしら?……でもそうね。パーティのメンバーがどういう方なのかわからないし、余計な事はしない方がいいわね)
「すみません。余計なことを言いました。べルフィにはきっと考えがあるのでしょう」
「そうだね」
リオの表情に変化はなかったがほっとしたようだった。
サラはここまで絶対服従もどうかしら、とは思ったもののその事は口にしなかった。
「長居は危険です。血の匂いで魔物が集まってくるかも知れませんから急いで離れましょう」
「うん。でもその前に獲物の処理しないの?」
魔物の部位は街で換金できる。旅先で遭遇する魔物は冒険者の貴重な収入源でもある。
「残念ですが諦めましょう。プリミティブだけでも回収したいところですが、作業中に襲われる可能性があります」
「わかった」
二人はその場を足早に離れた。
だが、長居しすぎたのか、またもやウォルーと遭遇することになった。
今回、リオの体は普通に動いた。
今度は忘れずに左手に盾を構えウォルーを迎え撃った。
しかし、多少余裕が出来たからといっても戦いは好転しなかった。
今度は二頭相手にしなければならなかったことと、やはりこの剣はリオが片手で持つには重すぎた。
そして今回はサラとは分断されていた。
というよりリオがウォルーの誘いに乗せられたのだ。
サラはすぐ助けに行くことが出来たが、リオの動きがさっきより良かったので様子を見ることにした。
(……サラと離れすぎたな。もしかして僕、ウォルーの罠にはまった?ウォルーって結構賢いんだ。って、それよりどうしようかなぁ。サラは三頭相手にしてるし、この二頭は僕だけで倒さないといけないな)
そう思ったとき、リオの頭にサラの言葉が甦る。
『剣のみにしてはどうですか?どちらも中途半端よりはいいと思います』
リオにとってベルフィの命令は絶対だ。それがパーティに入れてもらう条件であった。
だからべルフィが決めたこのスタイルを変えることは出来ない。
そう思い、深く考えずサラの提案を拒否した。
しかし、
(このままじゃパーティ合流前に死んじゃうんじゃないか?)
そう自問する。
すると、
(死んではだめだ)
という声が聞こえた。
幻聴だったかもしれない。
だがどちらにせよ、その声はリオに変化を起こした。
……キィーン
サラは奇妙な音を聞いた。
それが何か考える余裕はない。
今、相手にしているウォルーはさっきより連携が取れているし数も多い。
とはいえ本気を出せばすぐに片がつく。
だが、それではリオの助けに行かないと不自然であり、観察できなくなる。
(リオの動きがさっきよりはいいと言っても余裕があるわけじゃないのよね)
サラがリオの助けに入ることを決め、相手にしているウォルーを倒そうとしたとき、リオの戦いに変化が起きた。
リオは迫るウォルーに向かって盾を投げた。
そして空いた左手も剣の柄を掴んだ。バスタードソードではないので柄は両手で持つように作られていないが持てないほどでもない。
両手で持つ事で剣を自由に振れるようになった。
リオの剣が不用意に近づいてきたウォルー体を切り裂いた。
いきなり腕が上達したというよりは相手が油断したという方が正しい。
ウォルーは胴体を両断され、しばらくのたうち回った後、動かなくなった。
リオは生まれて初めて魔物を倒した。
それを実感する余裕はなかった。
先ほど盾で牽制したもう一頭が鋭い牙を生やした凶悪な口を広げ襲いかかる。
(間に合わない)
リオがそう思った時には無意識に左腕を前に出していた。
リオの左腕にウォルーの凶悪な牙が食い込む。
本来であれば激痛で悲鳴を上げてもおかしくなかったが、リオは顔色一つ変えることなく、何事もなかったかのように右手の剣をウォルーの喉元へ突き刺した。
ウォルーは声を出せず絶命した。
「やった……」
リオはひとりつぶやいた。
サラはリオが二頭目を倒すのを確認して自分が相手にしていたウォルーを片付けた。
駆けつけたサラの回復魔法ヒールによってリオの傷が見る間に塞がっていく。
「僕もやればできるじゃないか」
リオは誰にともなくつぶやいた。
その言葉をサラは聞き逃さなかった。
「無茶しすぎです!」
「でもできたよ。二頭も倒したよ」
「もう少しで左腕を食い千切られるところでしたけどね!」
どこか緊張感の足りないリオに文句を言うサラ。
「それよりリオ、あなたは我慢強いんですね。これだけの大怪我で泣き言一つ言わないなんて。それにこの魔法は治療する間痛みを伴うはずなんですけど」
治癒時の痛みは余分に魔力を消費することで和らげることができる。
最初の戦闘の時は痛みを和らげたが、今回それをしなかった。
魔力を節約するためというより、リオに反省させるために痛みを和らげることをしなかったのだ。
だが、
「僕、痛覚が鈍いらしいから」
「……あっ」
その事を忘れていたサラは自分の行為が全く無駄であったと知りショックを受けたが、それを口にする事はなかった。
「……終わりました。でもしばらくは動かしてはいけませんよ」
「ありがとう、サラ」
「これが私の役目ですから」
「そうじゃなくて」
「え?」
「もちろん傷の手当ても感謝してるけど、そうじゃなくてさっきサラが言った事だよ」
「……何のことです?」
「『剣だけにしたら』ってやつ」
「……」
「あの言葉を思い出してその通りにしたらできたんだ」
「……無茶しろといったつもりはありませんよ」
サラは素直に喜べなかった。
それどころが急激に不安がこみ上げてきた。
感謝されたことに不安を感じるなんて初めてだった。
「僕、自信がついたよ」
「……そういう風に調子に乗ったときが一番危ないんです」
「こういうのを目からウロコが落ちたようだ、っていうのかな」
リオはサラの注意を全く聞いていなかった。




