193話 信頼は金で買えない
リサヴィが倒した魔物を村人達が回収していく。
一箇所に集めて解体し、後でリサヴィはプリミティブを受け取ることになっている。
村長は倒した魔物の中にDランクの魔物、ガル・ウォルーが含まれているのを知り、卒倒しそうになった。
落ち着きを取り戻すと今後の事が心配になった。
リサヴィは既に依頼達成条件を満たしており、いつ依頼終了、あるいは報酬増額要求を言ってきてもおかしくないのだ。
そこでパーティの中で一番話がわかりそうなサラにこっそり相談することにした。
サラは村長が相談があると言って来た時にその相談ではないかと思っていた。
「ああ、やはりその事ですか」
「はい、契約延長の場合は報酬増額を希望されますでしょうか?」
「どうでしょう?」
「……は?それはいったい?」
「それはリーダーのリオが決める事です。リオが言ってきてから考えましょう」
「あの、私が言うのもなんですが、サラさんはそれでよろしいのですか?」
「私も無償でとなると考えてしまいますが、少なくとも現状は倒した魔物のプリミティブを全て私達が頂いていますので、今の報酬のままでも問題はありません」
「そ、そうですかっ!それを聞いて安心しました!」
安堵の息を漏らす村長にサラは釘を刺しておく事を忘れなかった。
「そうそう。ちょうどプリミティブの話が出ましたので話しておきますが、最近、プリミティブの数が倒した魔物の数と合わないようです」
「ええっ!?」
「恐らく、解体時の抜き忘れだと思いますが念のため確認をお願いします」
「は、はいっ!すぐ確認させますっ!」
村長はサラの意図を正しく理解した。
村人に盗人がいると暗に指摘したのだ。
村長が調査をした結果、村人の何人かがプリミティブをちょろまかしていたことが判明した。
しかも、その中には村長の息子も含まれていた。
いや、率先してやっていた主犯であった事がわかり、村長は頭を抱えた。
村長が息子を追求すると逆ギレして、
「リッキー退治を依頼しても受けてくれない奴らだぞ!ちょっともらって何が悪い!?」
と開き直る始末であった。
「それに絶対数なんて数えてねえよっ!そいつはカマをかけただけだ!」
村長は自分の息子がこんな奴だったのかと失望する。
「もし、数を数えていたらどうするつもりだ!?」
「そん時はそっちが間違ってるって言い張ればいいさっ!倒した魔物は全部こっちにあるんだ。こっそり辻褄合わせすれば問題ない!」
「お、お前と言うやつは……!!」
「そうだっ!じゃあ、こうしようぜっ!足りない分はまだ魔物に息があったって事にしてよ、それを殺したのは俺達だから渡す必要ないってな!我ながらいい考えだぜ!そうしようぜ!なっ、父さん!」
村長は怒りと失望ですぐに言葉が出てこない。
「それに最終判断はリーダーのリオって奴が決めるんだろ?大丈夫だ、見たろ、あのボケッとしたツラを。多少腕は立つかも知れねえが頭弱いぜあいつ。こっちの説明に深く考えもせずに頷くさっ!まあ、俺に任せろって!父さんが嫌なら俺が村長代理ってことで話つけてやるぜ!」
そう言うと息子は村長の許可も得ず部屋を出て行った。
「おい、待ちなさい!何をするつもりだっ!?」
村長は慌てて息子の後を追うが、息子と盗みをした若者達に邪魔をされ、追いついた時には既にリサヴィとの話が終わった後だった。
村長はサラと目が合ったがすぐに逸らされてしまった。
状況は最悪だと悟る。
「お待ちくださいっ」
「おいおい、父さん、もう話はついたぜ!」
「な、何を言ってるんだ!?何をっ!!」
村長はリオに視線を向けると相変わらずの無表情で何を考えているかわからない。
「おい、村長様を連れて行け。話がややこしくなる」
村長の息子の言葉に応じて盗みを働いた若者達が村長を強引に連れていく。
「こらっお前達、離さんかっ!馬鹿な真似はやめなさい!」
サラが冷めた目で村長の息子を見る。
「……ああ言ってますがいいんですか?」
村長の息子はヘラヘラした顔で言った。
「悪いな。父さんは最近疲れてるんだ。だからこうして俺が村長代理をしてんだ。さっきの話だが、村長代理の俺が保証する。魔物の数とプリミティブの数が合ってないのはまだ息があった魔物の止めを俺達がさしたからなんだ。だから俺達がそのプリミティブをもらってもおかしくないだろう?」
村長の息子の取り巻きが「そうなんだぜっ!」と頷きあう。
リオが少し首を傾げた。
瞬間、サラは無意識に叫んでいた。
「やめなさい!!」
「……」
おかしな話であるが、サラは叫んだ後で自分が叫んだ理由を知った。
サラの言葉を聞いてリオが剣の柄から手を離した。
そう、サラはリオが村長の息子を手にかけようとしたのを止めたのだ。
(私はこの未来を見ていた!?それで無意識に結果を回避しようと叫んだ!?……ともかく惨劇を避けられてよかったけどリオってこんなに短気だったかしら?)
サラはそっとヴィヴィとアリスの様子を探る。
ヴィヴィはリオとサラのやり取りに気づいたのか態度を見る限りではわからない。
アリスはびっくりした顔をしているが、今のやり取りには気づいていないようだった。
「び、びっくりしたな。いきなり大声出さないでくれよ」
ヴィヴィは村長の息子を一瞥し、リオに顔を向ける。
「ざっく。リオ、どうする?」
「帰ろう」
「ざっく」
「はいっ」
「……そうですね」
その言葉を聞いて村長の息子は予想外の展開に焦りだす。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!自分達が“間違ってた”のを逆恨みしないでくれよ!」
しかし、リオは歩みを止めず、荷物が置いてある宿屋に向かう。
それに従うリサヴィの面々。
「お、おいっ、このまま帰ったら依頼失敗になるぞ!それでもいいのかっ!?」
リオがピタリと止まる。
「リオ、後は私に任せて荷物をまとめておいてください。アリス、私の分をお願いできますか?」
「はいっ」
「おいっ、待てよ、依頼失敗……」
リオ達が先に行くのを見届けるとサラが冷めた目で村長の息子を見た。
「な、なんだよ……」
「説明するのも面倒ですが、私達の依頼は既に完了しています」
「へっ?!な、何を言ってやがる!まだ魔物は襲って来てるじゃねえか!」
「あなたは依頼書に目を通していませんね」
「な、何だと!?」
「依頼書に討伐数が設定されているのです。今回の場合は十五」
「……え?」
「理解できましたか?私達は既に十五体以上倒しているのでいつでも依頼を終了できたのです。では……」
サラが宿屋に向かって歩き出す。それを村長の息子が慌てて追いかけてくる。
「もう話すことはありません」
「わ、わかった!全部渡す!お、俺達が“倒した”ものも含めて!それでいいだろっ!なっ!?」
この後に及んでまだ嘘をつき続けることにサラもイライラしてきた。
「サラさん!」
そこへ村長がやってきた。
村長の息子がリオ達を怒らせたことで村長の息子の取り巻き達はやっと大きな過ちを犯したことに気づき、村長を解放したのだった。
「父さん!ちょうどいいところに来たぜ!助けて……」
村長は息子を無視し、サラに懇願する。
「バカ息子達のしでかした事は謝ります!大変申し訳ありませんでした!報酬増額もできる限りあなた達のご希望に沿うように致します!ですので見捨てないでください!」
サラは小さく首を横に振る。
「私はこんな事になる前にと思って忠告したのですが……残念です。早めに新しい依頼書を出す事をお勧めします。幸い魔物の数はだいぶ減らしました。“あなた達が倒して手に入れた“というプリミティブがあれば報酬の用意はできるでしょう」
村長の息子が焦る。
「そ、それまではどうするんだっ!今夜も襲ってくるかも知れないんだぞ!」
「それを考えるのは私達ではありません」
サラは冷たく突き放す。
一緒に盗みを働いた若者達は今夜からの村の事を考え怯え出す。
情けない顔で口々に「行かないでくれ」と懇願する。
その中でも村長は必死だった。
彼には村を守る責任がある。
村を危険にさらす原因を自分の息子が作ったとなれば尚更だった。
「お願いします!なんとか考え直していただけませんか!?」
「もう手遅れです。あなた方は嘘をついてリオを怒らせてしまったのですから」
「い、いや、待ってくれ!俺は嘘なんてついてねえ!本当なんだっ!信じてくれっ!」
これには一緒に盗みを働いた若者達も呆れた。
「お前と言う奴は!この後に及んでまだ!!」
「……」
サラは首を横に振る。
「冒険者と依頼人との間に必要なのは信頼です」
「は、はい……」
その言葉で村長は最後の望みが断たれた事を察した。
「確かに私達には戦う力があります。でも決して不死ではありません。格下相手でも命を落とすことがあるのです。信頼できない相手のために戦う事はできません」
「だからプリミティブは全部やるって言ってんだろ!まだ不足だってんならいくら……」
「本当にあなたは全く理解していないのですね」
サラが村長の息子の言葉を遮る。
「な……」
「信頼は金で買えません。少なくとも私達の信頼は」
「……はい。わかりました」
村長はサラ達を引き止める事を断念したが、村長の息子は往生際が悪かった。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!そんなことになったら村はどうなんだよっ!?村が滅んだりしたらあんたらだって……」
「話は以上です。ああ、ひとつだけ忠告します」
サラが村長の息子を指差す。
「その嘘つきを絶対リオの前に出さないでください。……次は命の保証はできません」
「ひっ……」
そう言うとサラはもう足を止めなかった。
騒ぎを聞きつけやって来た村人達は村長の息子達が起こした事件を知り、必死にリオ達を引き止めようとした。
娘を差し出すとまで言う者まで現れたが、当然ながらリオの決断を変える事は出来なかった。
後日談。
リオ達が去った後、一人の若者が命を落とした。
次の冒険者達が来るまでの間、畑の見張りは罰として盗みを働いた若者達が交代で行う事になり、命を落とした若者は村長の息子だった。
リオ達が去った後、幸いにもウォルー達が襲ってくることはなかった。
しかし、代わりにしばらく姿を消していたリッキーが畑を荒らすようになった。
村長の息子はリッキーを甘く見過ぎていた。
今までは追い払うだけだったが、リオ達があまりに簡単そうに魔物を退治していたので、魔物はそんなに強くない、と思い込んでしまったのだ。
そして畑を荒らしにやってきたリッキーを村長の息子が名誉挽回に仕留めてやろうと執拗に追いかけて回していると反撃にあった。
腹を思いっきり蹴られ、内臓破裂を起こした。
村には回復魔法を使えるものは当然おらず、並のポーションでは治すことが出来ず、村長の息子は苦しみながら死んだのだった。




