192話 リッキー退治のはずが
モモはカウンター越しに依頼掲示板にいるリオ達を眺めていた。
モモはリオ達がすぐにギルドを、マルコの街を出て行くものと思っていた。
それはモモだけでなくリオを除く面々がそう思っていたようだ。
その証拠にリオが依頼掲示板へ向かうのを見て彼女らは驚いていた。
懸念事項であったザラの森の調査にはBランク冒険者のパーティが向かっている。
普通に考えればリオ達よりも依頼達成する可能性は高いはずであるが、モモの不安は晴れなかった。
そのリオ達がモモのいるカウンターへやって来た。
「もしかしてリオさん達もザラの森のの調査をして頂けるのですか!?」
モモは先程見た未来予知やリオへの恐怖が頭からすっかり消去されていたため普段通りの言葉使いに戻っていた。
「なんで?」
リオの返事にモモはガッカリする。
そんなモモを気遣う様子もなくリオは掲示板から剥がした依頼書を渡す。
それはリッキー退治だった。
モモはその村の場所を見てハッとなる。
マルコからその村へ向かう途中、ザラの森の前を通るのだ。
(口ではああ言ってましたが、やっぱり気にかけてくれてたんですね!)
モモの勘違いである。
リオは本当にリッキー退治だけするつもりであった。
モモの視線がサラに向けられる。
その視線を感じサラはモモの勘違いを察したが口にしなかった。
ゆえにモモの勘違いは加速する。
(そうよねっ!あのナナル様の弟子のサラさんがいるんだもの!危険が迫ってる街を放っておく事なんて出来ないわよね!一度断った手前、格好がつかないからリッキー退治なんかを持ち出したのね!そして依頼終了報告の時にさりげなく「ついでにザラの森の魔物退治もしてやったよ」って言うんだわ!)
「リオさん!皆さん!ありがとうございます!」
「流石あたしのリオさんですっ、きゃっ、あたしのだなんてっ」
パーティに参加したばかりのアリスもモモと同様に勘違いしていた。
「ん?」
リオが首を少し傾げる。
ヴィヴィもモモとアリスが勘違いしているのに気づいていたが口にしたのは別のことだった。
「ざっく。そういえばあのギルマスはどうなったのだ?」
「あ、はい、”無能のギルマス“でしたら今朝、ギルド本部へ連行されました」
「無能のギルマス?」
「はい。その二つ名で定着しそうです」
「そう。それはピッタリね」
「はい。サラさんが吐き捨てた言葉が採用されました」
モモが満面の笑みで頷く。
「え?私?」
サラが呆然としている間に、リッキー退治の依頼処理に合わせてアリスのパーティ登録を行った。
アリスが冒険者カードのパーティ欄にリサヴィと書かれているのを確認して満面の笑みを浮かべる。
「これで本当にわたしもリサヴィの一員ですっ」
「あの……」
モモが控えめに声をかける。
「何か?」
「ご迷惑をおかけしておいてとても言いにくいのですが……」
「はい?」
「リサヴィの方々は、その、所属をマルコに……」
「「「ない」」」
「ざっく」
「で、ですよねぇ〜」
モモが寂しそうな笑顔でリサヴィを見送った。
リッキー退治に向かう途中、アリスが「はあ」と大きなため息をついた。
「どうしたのです?」
アリスのため息に気づきサラが声をかける。
「さっきの事を思い出しちゃってっ。リオさんとヴィヴィさんは心が通じ合ってるんですねっ」
「ざっく」
「そうなんだ」
確かに阿吽の呼吸というべきか、サラもちょっと嫉妬したくらいだ。
しかし、当のリオは相変わらず何も考えていないような相槌をする。
「それにサラさんはリオさんと体が繋がってますしっ」
「そうで……って、おいっこらっ」
とんでもないことを言い出したアリスにサラは抗議の声を上げるが届いていなかった。
「そんなサラさん達に憧れますっ嫉妬しますっ」
「私達はそんな関係じゃありません!」
しかし、アリスの耳には届かない。
「でもわたしだって負けませんっ。いつか心身共にリオさんと通じ合ってみせますっ、って、きゃっ」
「……疲れる」
月明かりが照らすなかに目的の村が見えて来た。
深夜にもかかわらず、たいまつらしき明かりがあちこちに見える。
何か騒ぎが起きているようだった。
「急ぎましょう!」
サラが駆け出し、その後をリオ達が続く。
ヴィヴィは歩みのままリムーバルバインダーをパージし、リオ達に追従させる。
村に近づくにつれ、村人が魔物と戦っているのがはっきりとわかる。
「リッキーじゃないね」
「ウォルーです!」
村人かの何人が倒れ、それにウォルーが群がっていた。
「助けましょう!」
「うん」
「流石リオさんですっ!優しいですっ」
「依頼人が死んだら依頼失敗になるかもしれない」
「そうやって照れ隠しするところが素敵ですっ」
「「……」」
サラとヴィヴィはその言葉に裏表がない事を知っているが訂正しない。
そのうちわかる事である。
「はっ!?」
アリスは重要な事を思い出したかのように声を上げた。
「どうしましました?」
「わたしっ、まだ達成率ゼロなんですっ。最初の依頼がアレだったんですっ。もしまた失敗したらゼロのままですっ!」
「では是非とも今回は成功させないといけませんね」
「はいっ」
リオとサラがウォルーを蹴散らし、アリスが怪我人の治療を行う。
そのアリスの護衛をヴィヴィのリムーバルバインダーが行う。
アリスが加入して初めての戦闘であったが上手く連携が取れていた。
ヴィヴィが村に到着する頃には戦いは終わっていた。
ウォルーが村から逃げていくが深追いしない。
サラも村人の治療に当たったが、結局、三名の村人が命を落とす事になった。
一通りの治療を終えると村長の家に向かう。
「冒険者の方々、助けていただきありがとうございます」
「いえ」
「……すみません。みんなは助けられませんでした」
「とんでもないです。あなた方がいらっしゃらなければもっと酷い事になっていました」
「ざっく。しかし、わからんな。あれほどの数のウォルーが村を襲うなど」
「はい、私どもも完全に油断しておりました。今までこんな事はなかったのですが」
話を聞けば、リッキーを追いやるために見張りをしていたところ、ウォルーが現れ襲われたという事だった。
「しかし、不幸中の幸いでした。あなた方が偶然通りかからなかったらと思うと恐ろしいです」
「いえ、偶然はありません」
「え?」
「僕達はリッキー退治に来たんだ」
「リッキー……おお、そうだったんですか?」
サラは村長の反応に違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。リッキー退治は随分前に出したものだったので、すっかり忘れていました」
「ああ、そうだったんですね」
「ただ、見ての通り、今はリッキーではなくウォルーを何とかしないといけない状況なのです」
「……あのっ、もしかしてこれって依頼失敗ですかっ?」
アリスが恐る恐る尋ねる。
「いえ、そんな事はありません。まだ依頼主と契約をかわしていませんし」
「よかったっ」
「あの、そこでご相談なのですが、」
「リッキーの代わりにウォルーを退治して欲しいという事ですか?」
「は、はい。その通りです」
現地で依頼内容が変更になる事は珍しくはないが、その場合はギルドへ事後報告が必要だ。
また、依頼内容が変更になってもギルドからの報酬に変更はない。
依頼の難易度が高くなる場合、報酬の増額は直接依頼人に交渉する事になる。
今回の件はまさしく難易度の上昇であり、報酬増額を要求してもおかしくなかった。
サラは村長の様子から報酬の増額は難しいと悟る。
「リオ、どうしますか?」
「ん?いいんじゃない」
リオの回答は実にあっさりしたものだった。
「わかりました。村長、依頼内容をウォルー退治に変更してお受けします」
「ありがとうございます!」
その後、細かな打ち合わせを行った。
倒したウォルーについてはプリミティブのみリサヴィの取り分として毛皮などの素材は村の取り分とする事になった。
しかし、リサヴィがこの村で相手する魔物はウォルーだけではなかった。
「わたしっ、リオさん達がこんなに強いのに未だDランクの理由が分かった気がしますっ」
「そう?」
「はいっ。だって……」
そこで一旦言葉を切って辺りを見回す。
「だって依頼とは関係ない魔物退治をしてるからなんですねっ」
「「……」」
辺りにはウォルーの死体が散乱していおり、その中にはガル・ウォルーも複数含まれていた。
ガル・ウォルーはDランクにカテゴライズされている魔物で、ガルザヘッサとウォルーが交配して生まれた魔物で、姿は一回り小さくしたガルザヘッサという感じで所々にウォルーの面影がある。
つまり、リオ達リサヴィはFランクの依頼報酬でDランク相当の依頼をこなしていたのだ。
この村に来てから既に三日。
倒したウォルーはガル・ウォルーを含め既に二十を超える。
依頼達成条件は、ウォルーが襲ってこなくなるか、十五頭倒すかであった。
つまり、リサヴィはいつ依頼を終了してもよい状態であった。
アリスはぼーと街道を眺めているリオをうっとりした目で見つめる。
「さすがリオさんですっ。自分のためではなく、人々のために魔物と戦うその姿はさすがわたしの勇者ですっ、きゃっ、わたしのだなんてっ、はしたないですっ」
「……ざっく」
(あ、今のは呆れたわね。まあ、私もそうだけど。アリス、悪いけどリオにそんな気持ちは全くないわ。結果だけ見ればそう思えなくもないけど……)




