191話 魔王の気配
リオの言葉を聞きモモが頭を下げる。
「そ、そんなっ。い、今までのことはお詫びしますので考え直していただけませんか!?」
「「「「お願いします!」」」
集まったギルド職員達がモモに倣いリオ達に頭を下げる。
だが、リオの答えは変わらなかった。
「どうしてもダメでしょうか?」
「ダメだ」
リオの発した声、それはいつも通り感情が込められていない。
しかし、サラはどこか違和感を覚えた。
リオがゆっくりとした動作でクズンを指差す。
「僕はコイツが嫌いだ」
「リオ?」
(リオが嫌い、って言ったの?)
サラはリオがここまではっきりと好き嫌いを口にするのを初めて聞いた気がした。
「ご、ご不快な思いをされたことはお詫びいたします!ですが、ザラの森の件は本当に困っているのです。ザラの森の魔物を放置すればこのマルコの街が危ないかもしれないんです!」
だが、モモの必死の願いもリオの心に響かない。
「理由はまだある」
「え?」
「ヴィヴィ」
リオに指名された魔装士に皆の視線が集まる。
ヴィヴィが今まで話に上がらなかった最大の疑問を口にする。
「ざっく。街の危機とまでいうのなら何故軍が動かないのだ?」
そう、街の危機というのであればそれは冒険者ではなく王国軍の仕事だ。真っ先に動くべきなのだが、そんな話は聞こえてこない。
「そ、それは……」
当然のことを指摘され、モモは言葉に詰まる。
サラがギルド職員に視線を向けると誰もが目を逸らす。
「お、お前ら如きが街の事に……!!」
口を挟んできたクズンをリオが見た。
クズンはリオと目が合った瞬間、何とも言えない恐怖に襲われ、「ひっ」と情けない声を上げて失禁した。
「ざっく。ソレをつまみ出せ」
「は、はいっ!」
「床もすぐ掃除してくださいっ。リオさんに失礼ですっ」
「はいっ。直ちにっ!」
ランクで言えば大して高くもないリサヴィの面々にその場にいた者達は圧倒されていた。
これ以上彼らの機嫌を悪くしていけないと察したのだろう。
命令されても文句を言う事なく、職員達がクズンを部屋から連れ出し、床の清掃を始める。
床掃除を最速で終わらせると、後はモモに任したとばかりに何事かとやって来た他の冒険者達を追い出して部屋から退出して行った。
一人残されたモモにリサヴィの視線が集まる。
リオが再び口を開いた。
「ひとつ忠告しておく」
モモは震えながら頷いた。
目の前の少年は今朝会った時とは明らかに異なる雰囲気を漂わせていた。
(こ、怖い!怖い怖い!何故私はこんなにもこの少年が怖いの!?震えが止まらない!この場から逃げたい!でも逃げたら私の命はない!家族も殺される!みんな殺される!!)
何処からか湧き上がる最悪の光景がモモをなんとかこの場に踏み留ませる。
「聞こえているのか?」
「は、はいいぃっっ!!」
モモは震える声で返事をする。
(誰なの!?私は誰と話しているの?!“このお方”は一体誰なの!?)
だが、そう感じたのは彼女だけなのか、サラ達はリオに恐怖を感じている様子はない。
アリスに至ってはうっとりした目でリオを見つめている。
モモは急にリオの前に立っている事自体が非常に不敬な行いだという考えが頭に浮かび、慌ててその場に跪いた。
その様子にサラは驚いたものの口を出す事はなかった。
サラがそっと皆の様子を窺うと、アリスは「当然ですっ」とでもいうように何度も頷き、ヴィヴィは仮面のせいでどう思っているのかわからなかった。
リオの言葉が続く。
「僕は嘘を許さない。ーー裏切りは絶対に許さない」
裏切り、と言う言葉がサラの胸を抉ったが、なんとか平然を装う。
リオの言葉にモモがコクコクと頷く。
「それで先日の強制依頼の回答は来たのか?」
「は、はい……」
「それで?」
「も、申し訳ありませんが、依頼失敗と正式に回答がございました……無理矢理依頼しておいて皆様には大変申し訳……」
「聞き飽きた」
「は、はいっ申し訳ございませんっ!!」
リオがヴィヴィに視線を向ける。
「ざっく」
ヴィヴィの合図でモモはヴィヴィからの質問に答えろとの要求だとすぐわかった。
こちらも答えたくない内容であったが、答えなくてはならない。
「“ヴィヴィ様”のご質問ですが、王国軍へは連絡を致しましたが、その、魔の領域の対応で手一杯で、些事に関わっている暇はないと断られてしまいました……」
「魔の領域は教団が対応すると言わなかったか。あれは嘘、だったのか?」
モモはリオが怖くて顔が上げられなかった。
今、目が合ったらそれだけで死んでしまうかもしれない、本気でそう思っていた。
「ととととととんでもございませんっ!本当の事です!」
「ざっく。では、軍が嘘を言ったのか?」
「いえっ、確かに王国軍は魔の領域の監視をしております!」
「……」
「し、しかし、その、とても余力がないようには見えませんでした!」
「ざっく。つまり、ギルドは程よくあしらわれた、というわけだな」
「は、はい……」
「そうか」
リオの優しい声を聞きモモは思わず顔を上げてしまった。
声の通り優しい笑顔だった。
こんな表情をするのは初めてだったからもしれない。
だが、次に発した言葉は非情であった。
「じゃあ、マルコが滅びるのは些事だ」
瞬間、モモの脳裏に恐ろしい光景が流れ込んできた。
それはザラの森から見たこともない魔物やアンデッドが現れマルコを襲うものだった。
それだけでなく、魔の領域から巨大なドラゴンが出現し、ブレスでマルコを火の海にする。
(今頭に流れた出来事が現実になる!マルコの運命が“今”決まった!決まってしまった!滅んでしまう!滅んでしまう!今、“このお方”のお怒りを鎮めなければマルコは滅んでしまう!!)
モモは頭を床に擦り付けながら懇願する。
「お願い致しますマルコをお助けください!“魔王様!!”」
その言葉に辺りが、しん、となった。
モモは気づいていない。
自分が発した言葉を。
その意味を。
「……魔王?それは僕のこと?」
恐る恐る顔を上げたモモの目に少し首を傾げたリオの顔が映った。
自分が発したらしい言葉がとんでもない事に気づき、頭をガンガン床に叩きつけて謝罪する。
「も、申し訳ありません!申し訳ありません!この上はこの命で償いますぅー!!!」
頭を床にガンガン打ち付けるモモをサラが慌てて取り押さえる。
「落ち着きなさい!」
「で、でももう私には他に出来る事がありません!」
そこにヴィヴィがボソリと呟く。
「……ざっく。こんな時に冗談とはいい根性しているな」
「冗談なんだ」
リオがそう言った瞬間、モモの体がぐったりとなる。
サラはいきなりモモから力が抜けたので死んだのではと焦って容態を確かめる。
頭突きで額が割れ血を流していたが、生死に関わるものはないとわかりほっとする。
アリスが興奮気味にとんでもない発言をした。
「わたしもちょっとびっくりしましたけどっ、リオさんなら魔王だってきっとお似合いですっ」
「アリス!滅多な事を言うものではありません!異端審問官に聞かれたら冗談ではすみませんよ!」
「はっ!?すみませんっサラさん!許してくださいっ!」
「落ち着きなさい。私は異端審問官ではありません」
みんなは冗談で済ませてしまったが、サラはそうはいかなかった。
(彼女のさっきの様子、とても冗談とは思えなかった。……まさか、彼女も未来予知を見た?あの瞬間に?)
だが、その確認をとることは出来なかった。
目を覚ましたモモは自分がリオの事を魔王様と呼んだ事も、突然頭に流れた光景も全て覚えていなかったのである。
モモが控えめにリオに尋ねる。
「あの、それでザラの森の件は?」
「受けないよ」
がっくり肩を落とすモモであった。
ドンドン、とドアを叩く音が聞こえたかと思うと、こちらの返事を待たずにドアが開いた。
「モモっ!」
「どうかしましたか?まさかっ、係長の事でガメツ商会からクレームが!?」
「違う違う!たった今、Bランクパーティがやって来てザラの森の調査を行ってくれる事になった!」
「それは本当ですか!?」
「ああ!これで何とかなるぞ!」
(よかった!未来が変わったわ!)
モモはそう思った直後、そう思った事を忘れた。




