19話 はじめての依頼 その1
リオとサラは冒険者ギルドの初めての依頼に挑んでいた。
依頼はサラが選んだ薬草採取である。
フィルの街を出てすぐにある森へ入る。目的の薬草の生息場所はギルドから大体の位置の説明を受けていた。
「ねえ、サラ、僕は薬草ってわからないんだけど」
「大丈夫です。私が教えます。今回採取する薬草は傷薬の材料になるんです。今後の事を考えても覚えていて損はないですよ」
「そうなんだ。サラって物知りだね」
「薬草に関しては結構詳しいですよ。神殿でも栽培していましたから。ほら、早速見つかりました」
そう言って木の根元に寄生するように生えていた青色の花を根っこから引き抜く。
「この薬草はこのように青い花を咲かせるんです。根まで薬草の材料になります」
「わかった」
そういって、リオはキョロキョロ辺りを見回し、
「あった」
リオは赤い花を咲かせた花を根っこから引き抜いた。
「リオ、それは違います。花の色からして違うでしょう?」
「……」
「どうしました?」
「そういえば僕、色の違いがわからないんだ」
「……は?」
「目に見えるものは全て白黒なんだ」
「……そうなんですか」
「色はわかるんだよ。赤色がどんな色かって」
「それはつまり、以前は見えていたということですか?」
「たぶん」
「わかりました。では形をよく覚えてください」
「うん」
リオはサラの予想に反して覚えが良かった。すぐに見分けられるようになった。
二人は薬草集めに夢中になり、森の奥深くへ進んでいるのに気づいていなかった。
「だいぶ集まりましたね」
「うん。でもこれ、取りすぎたかな?」
「余った分は後で私が傷薬にします」
「え?回復魔法使えるんだよね?」
「魔法は無限に使えるわけではありません。準備しておくに越したことはありませんよ。市販品は高いですからね」
「そうなんだ」
薬草を採取しながらリオがつぶやく。
「やっぱりリッキー退治したかったな」
「そんなに実戦をしたかったですか?」
「うん。ベルフィ達と合流するまでに少しでも強くなっておきたいかなって」
「そうですか。でも薬草採取だからといって戦闘にならないとは限りませんよ」
「え?」
「この森には魔物が棲んでいますよ。魔物に襲われる危険があるからこそ依頼が来ているのです」
「なるほど」
リオは周囲を見渡す。
「いないみたいだね」
「そうですね。さ、続けましょう」
「うん」
「そういえばさ」
「はい?」
「ギルドで会った人、有名なの?」
「……ブレイク殿の事を知らないのですか?」
「知らない」
(ああ、こんな近くにブレイク殿を知らない冒険者がいたわ)
「べルフィより有名?」
「はい」
「そうなんだ」
二人が道に迷った事に気づいたのは情けない事に街に帰ろうとした時だった。
サラはまさか自分が迷うなんて全く考えていなかったので道標も付けていなかったし、足跡を辿ろうにも二人の体重が軽いのが災いして見分けもつかなかった。
必死に帰る道を探しているサラを見てリオがボソリと呟いた。
「サラって方向音痴なんだ」
その言葉はしっかりとサラに届いており、不機嫌な顔を隠しもせずリオを睨む。
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
とサラは言ったが、二人が迷った理由は異なる。
サラはリオの指摘通り極度の方向音痴であった。
今まで気づかなかったのは、一人で行動した事がなかったからだ。
一方、リオは方向音痴ではない。道を全く覚える気がなかっただけだ。
どちらにしろ二人がどちらへ向かえば街道に出るのかわからない事には変わりはないのだが。
リオも方向音痴と決めつけているサラは更に追及する。
「今まで冒険していて自分が方向音痴だと何故気づかなかったんですか?」
「方向音痴はサラだよ。サラの言った通りに歩いてたじゃないか」
「リオも反対しなかったでしょ!」
「僕は道を覚えてなかったから反対する理由がなかったんだ」
「それはあなたの怠慢でしょ!ですからこの場合、十歩譲って同罪です!」
(たった十歩なんだ。サラは面倒くさい人なんだなぁ。ローズもそうだけど、女性ってみんなこうなのかな?)
どうしても自分の失敗を認めようとしないサラに対してリオはそんな事を考えていた。
確かにどっちもどっちである。
その後もサラのカンを頼りに、更に森の奥へ進む。
この時のサラは半ばヤケになっており、
(このまま突き進めば森は出られるわ!反対側でも出ればなんとかなるわよ!)
などと考えていたのだった。
そうして二人は知らずウォルーの縄張りに入り込んでいった。
最初に気づいたのはサラだった。
魔物の気配を察し、冷静さを取り戻す。
「……付けられていますね」
「え?」
「……おそらくウォルーです」
「ウォルー」
「よかったですね。戦いたかったのでしょう?リッキーより歯応えのある相手ですよ」
サラはちょっと意地悪な口調で言ったが、残念ながらリオには伝わらなかった。
リオは腰の剣の柄を握りしめた。その手には今までに感じたことのない震えが伝わってくる。
(あれ?震えてる?僕、なんで震えてるんだろう?)
リオが自分の体の変化に疑問を思っていると、
「来ます」
サラの叫び声と同時にウォルー三頭が唸り声と共に草陰から飛び出してきた。
リオの頭に魔術士ナックの言葉が蘇る。
(サラは女の子だよね?なら僕が守らないと)
「サラは僕の後ろに」
「……はい」
サラは素直に従う。
リオは迫り来るウォルーに向かって剣を振るう。
しかし、当たらない。
実のところリオは今回が初めての実戦と言ってもよかった。
今まで戦いに参加した事はなく、べルフィ達が戦うのを見ているだけであった。
ベルフィに教わった通りに剣を振るっているつもりであったが、体が思い通りに動かない。
盾を構えるのを忘れており、左手は全く使われていなかった。
(おかしいな。なんでこんなに体がいう事きかないんだろう?怪我してたっけ?)
リオは自分が緊張していることに気づいていない。感情と体が噛み合っていなかった。
剣を何度も振るうがウォルーに一度も当たっていない。
逆にウォルーの爪と牙がリオに着実に傷を増やしていった。
ゆえに背後のサラの様子を気にする余裕はなかった。
ウォルー三頭に囲まれリオとサラは背中合わせの状態となった。
ウォルーはサラの方が強敵と悟ったのか二頭がサラと対峙する形になった。
サラは背中にかけていた小さめの円形の盾を左腕に固定する。攻撃をしかけてきたウォルーを右手のショートソードで牽制し、近づけさせなかった。
サラの本来の戦闘スタイルは”鉄拳制裁のサラ“の字のごとく素手で戦うスタイルだ。
つまり今のサラは手抜きをしているのだ。
そうする理由は言うまでもなくリオの力を測るためである。
しかし、すぐに変更を余儀なくされる。
サラが手を抜いても二頭相手に余裕なのに対し、リオは一頭に苦戦していた。
(……アレではダメね)
いつもぼんやりして駆け出し冒険者丸出しのリオでも戦いが始まれば勇者の片鱗を見せるのでは、と密かに期待していたのだが、見事に裏切られる形となった。
よくこれで冒険者ギルドの入会試験に合格できたものだと思う。
(私の最初の時より酷いわ。私には魔法というアドバンテージがあったから単純比較できないけど。でももう限界ね。私の我慢がだけど)
サラはこれ以上の観察は無駄と判断し、攻撃に転じた。
迫るウォルーの首を切り落とし、更にもう一頭も仕留めた。
そしてリオの方へ向きを変えると、リオを攻撃するのに夢中になっていたウォルーの脇腹に剣を突き刺した。
ウォルーは悲鳴をあげながらのたうち回り、やがて動かなくなった。
「サラって強いんだね」
傷だらけになった姿で何事もなかったかのようにどこか不自然な笑顔を見せるリオ。
「それほどでもないです」
(あなたが弱すぎるんです)
サラはリオに触れ、治癒魔法“ヒール”を発動した。
ヒールは怪我を治す魔法だ。
手足などの部位を欠損するほどの大怪我は治せないが、多少肉が抉られたり、ヒビや軽い骨折程度なら治す事ができる。
しばらくするとすべての傷が消えていた。
「すごいね」
「大した事はありません。神官であればこれくらいの事は出来ます」
「そうなんだ」
実際には神官全員が使えるわけではないが、そこまで詳しく説明する気はない。
「ごめん。本当なら僕が守らなくちゃいけないのに」
「そんなことはありません。パーティというのはお互いに助け合うものでしょう?」
「それはそうだけど神官は守るものだって」
「またナック、ですか?」
「うん、神官って言っても女性限定だけどね。男は自分の身は自分で守るべきなんだって」
サラはため息をついた。
そこでリオの様子がおかしいのに気づいた。
いや、おかしいのは今始まったばかりではないが、リオはその場から動こうとしないのだ。
「どうしたのですか?」
「え?いや、なんでもないんだ」
「何でもないようには見えませんよ。まだどこか怪我しているのですか?」
サラの真剣な表情を見てリオはぼそりと言った。
「その……剣を放せないんだ」
リオは右手で握った剣を左手で剥がそうとしていた。
「おかしいな。何で離れないんだろう?こんなこと今までなかったのに」
「動かないで」
「え?」
サラは剣を握った右手にそっと触れ、精神を安定させる魔法“リラックス”を使った。
「もう大丈夫です」
その声と同時にリオの右手は急に力が抜け、カランと剣が地面に落ちた。
「あ、離れた。なんで?」
「極度の緊張をしていたからです。初心者にはよくあることです」
「そうなんだ」
「すみません、一言余計でしたね」
「いいよ、本当のことだしね」
リオには珍しくどこか落ち込んだように見えたのでサラは慰めるように声をかけた。
「あなたは私が冒険者になったばかりなので初心者と思っていたのかもしれませんが、私は神殿騎士団と共に魔物討伐に参加したことがあるんですよ。その時にウォルーを退治したこともあります。おそらく実戦経験はあなたよりも私の方が上でしょう」
サラは相当控えめに言った。
「そうなんだ」
リオの表情に変化はないがどこか安堵したようにサラは感じた。
(表情の変化は乏しいけど、決してないわけじゃないのね。それにしても単純ね……本当に魔王、っていうかそれ以前に勇者になるのかしら?)
旅に出る前は未来予知で見た魔王がリオであると確信していたのに、今はその自信が揺らいでいる。
(ダメよサラ!自分を信じるのよ!絶対にリオを魔王にするのよ!ってそうじゃないでしょ!)




