181話 討伐隊崩壊
リオは眠ったわけではなかった。
目を閉じて体を休めていただけだ。
その間、アリスの言葉は聞こえていたが聞き流していた。
(……魔物の気配を微かに感じるけど大分離れているし、こちらに近づく様子もないね)
リオはゆっくりと目を開けた。
「あ、リオさん、目が覚めましたかっ?」
「ん?」
「あ、寝てたのはほんの十分ほどですよっ」
「そうなんだ」
リオは余計な事を言わずに立ち上がり、それに倣ってアリスも立ち上がる。
リオの顔色は先程とは比べ物にならないほど良くなっていたので今度はアリスは止めなかった。
リオは自分の手を見た。
「失敗した」
「え?」
「武器を持ってない方を餌にすべきだった」
「リ、リオさんっ、言い方っ」
今、リオが持っている武器は短剣だけだ。
短剣でバウ・バッウクラスの魔物を倒すのは厳しい。
リオはバウ・バッウの死骸に目を向ける。
それに気付き、アリスがやや引き攣った顔で尋ねる。
「えっと、あそこから探すのですかっ?」
「他にないからね」
「あの、でも、確かに仕方がないですが……」
「うん、やめた。あのぬめぬめがついたままじゃ切れ味悪いし」
「そ、そうですか。そうですよねっ」
アリスが心底ホッとした表情を見せる。
「あの剣、結構気に入っていたんだけどな」
リオはボソリと呟くと来た道を戻り始めた。
しばらく進むと戦士が倒れているのを発見した。
リオは倒れている戦士に近づく。
「……リオさん、その方はもう死んでいますっ」
ありえない方向へ顔が向いている時点で、脈をとる必要もない事がわかる。
アリスは“出来立ての死者”を見るのは初めてだった。
少し引き攣った表情でリオにそう告げるが、リオは「そうだね」とそっけない返事をしただけだった。
リオの目的は戦士の生死の確認ではない。
戦士が握りしめていた剣から手を引き剥がす。
アリスはその行動で武器を手に入れるために近づいたと気づく。
その剣はバスタードソードと呼ばれる長剣で柄が通常よりも長く片手でも両手でも扱える剣だ。
Dランク冒険者の所有物なだけあって魔法もかかっていない大量生産された特徴のない物だった。
リオは左腕一本で振ってみる。
「片手じゃちょっと重いけど、短剣よりマシだね」
バスタードソードの鞘をどうしようかと一瞬迷ったが、結局持っていくのはやめた。
更に進むと魔物と冒険者の死体があちこちに見られるようになった。
魔物はバウ・バッウが一体に少し離れたところにカドタークが倒れていた。
アリスは、複数の種類の魔物がいる事に疑問を持った。
「バウ・バッウが他の魔物と連携っ……はないですよねっ?偶然遭遇したんでしょうかっ?リオさんはどう思いますっ?」
「さあ」
リオの興味は魔物の連携よりもバウ・バッウの死体にあった。
死体は丸焼けで口からはまだ煙が出ていた。ついでに人の手も。
アリスはといえば、魔物の死体より冒険者の武器に目を向ける。
リオのためにもっといい武器はないかと探そうと思ったのだ。
アリスに武器の良し悪しはわからないが、少なくとも魔法のかかった武器はないようだった。
「リオさんっ、ここにも武器が落ちていますっ。それよりももっといいものがあるかもしれませんよっ」
「ん?武器はこれでいいよ」
と、先程手に入れたバスタードソードを軽く振る。
「そうですかっ」
(リオさんは武器にあまりこだわりがないようですねっ。確か達人は武器に拘らない、という話もありましたねっ。流石ですっ!リオさんっ!)
アリスの中ではリオがどんな行動をとっても好感度がアップし、止まる気配はない。
リオがバウ・バッウの口の中を覗き込む。
「どうやって倒したのかな?何か燃えるものでも口に入れたのかな?」
「炎の魔法でしょうか?」
リオとアリスの会話に割り込む者がいた。
「当たりだ。俺様がファイアボールを食らわせてやったんだ」
リオ達は声のした方を見ると冒険者が三人やってくるのが見えた。
ネイル、カール、あと戦士が一人だ。その戦士はネイルのパーティのジェイソンではなかった。
「プリミティブは俺のもんだから盗むなよ!」
「は、はあ」
アリスは「そんな事してる余裕はないですっ!」と心の中で叫んでいた。
「しかし、お前ら無事だったんだな。流石勇者様だ。どうやってバウ・バッウから逃げた?まさかこっちへ呼び寄せてねえだろうな?」
ネイルの頭にはリオ達がバウ・バッウを倒したという考えは全くなかった。
「うん?なんか死んだよ」
ネイルは隊が崩壊して機嫌が悪いところへリオの頭の悪そうな答えを聞いて更に機嫌が悪くなる。
「今はおめえの冗談を聞いてる暇はねえ。おいアリス!」
「リ、リオさんの言う通りですっ」
「は?本気で言ってんのかっ!?お前らが倒したってかっ!?」
「お、落ち着いてよネイル。アリスさん、本当なの?バウ・バッウを二人でどうやって倒したの!?」
「倒したと言いますかっ……」
(どうしよう!?「リオさんがわたしの腐食魔法を受けた腕を食べさせて倒しましたっ」と正直に言うわけにもいかないしっ)
「なんか苦しんで死んだよ」
アリスが必死に考えている間にリオが再び頭の悪そうな答えをしてネイルを怒らせた。
「バカは黙ってろっ!」
このとき、アリスはリオの真意を悟った、と思った。
(はっ!?リオさんはわたしのお願いを守って魔法の事を隠そうとワザとバカなマネをしてるんだわっ!その好意を無駄にしてはいけないっ!)
アリスは素早く頭を回転させる。
「すみませんっ。本当に私もリオさんもわからないんですっ。戦ってる最中に突然苦しみ出して腐ったみたいに死んだんですっ」
「えっ!?腐った!?……ごめん、ちょっと信じられないんだけど?」
アリスと同じ神官であるカールだが、アリスの使った腐食魔法、ウーンズの存在を知らなかったようで真相に辿り着く事はなかった。
「じゃあ、自分で確めてくださいっ。向こうに死体がありますっ」
アリスはそう言うとバウ・バッウの死体がある方角を指差す。
「素材としての価値はないと思いますっ。食べた冒険者の所持品ならありますけど、わたしは触りたくないですっ」
「そ、そう。それはちょっと僕も遠慮したいかな……」
「……ふん、まあいい。街に戻るぞ」
「えっ?あのっ、他の方達はっ?」
「見てわかんだろ!ここにいるので全部だ!」
そういうとネイルはさっさと先を歩き始めた。
ネイルの言うことが本当であれば討伐隊十二人中七人も失った事になる。
これが自分の意思で受けた依頼であれば自己責任で済んだが、今回はギルマスのゴンダスがギルドの規則を無視して強制させたものである。
マルコギルドの責任問題に発展することは間違いなかった。
ネイルは当初の予定を大幅に変更する必要に迫られていた。
本当であればナナルの弟子、サラが勇者候補として見ているリオを魔物に殺させて自分が勇者候補になり代わるはずだった。
自分に勇者としての力は十分あると自負している。
だが、討伐隊の半数以上を失った今、自ら戦力を減らす愚行は出来なかった。
それにもし、バウ・バッウを倒したのだとしたらリオの実力は本物という事になる。
リオの冒険者ランクはDで、ランクだけをみればネイルの方が上だ。
しかし、冒険者ランクと実力は必ずしも一致しない。
ベテランの傭兵が冒険者になった場合がいい例だろう。
この依頼前はリオなど簡単に殺せると考えていたネイルであったが、今では下手したら返り討ちにあうかもしれない、という恐れが芽生えていた。
(くそっ、ジェイソンさえいれば……あの野郎はどこまで逃げていきやがった!……まあ、奴がバウ・バッウを一体引き連れてくれたお陰で一体仕留める事が出来たんだがな。……まあいい、ザラの森を出るまではせいぜいコイツを俺様の肉盾として利用してやるぜ!)




