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180話 腐食と再生

 リオはなかなかバウ・バッウに決定打を与えられなかった。

 舌を斬り落とした時のぬめりで斬れ味が悪くなったのが大きい。


(このままじゃリオさんが危ないっ。リオさんが負けちゃったら次はわたし……)


 アリスは唯一の攻撃魔法を使う事を決意する。


「リオさん!わたしっ、攻撃魔法を使いますので離れてくださいっ」


 リオはアリスの言葉に従い、バウ・バッウとの距離をとる。

 アリスは右手に左手を添えて魔法名を発する。


「ウーンズっ!」


 アリスの掌近くから直径三センチメートル程度のドス黒い球体が生まれ、放たれた。

 しかし、この魔法はスピードが遅く、しかも射程距離が短かったためバウ・バッウに届く前に地面に落下した。

 神聖魔法とは思えない不気味な魔法ゆえ、アリスは使うのを躊躇しており、今までに一度しか使った事がなかったのでアリス自身この魔法の射程距離を把握していなかった。

 黒球が弾け、黒いシミのように広がり、最終的に直径十センチメートル程度まで広がった。

 その場所の草が急激に色を失い腐食する。


「ご、ごめんなさいっ!やっぱりわたしじゃ無理ですっ」


 しかし、リオはそうは思わなかった。


「僕の合図でもう一度」

「で、でもっ」

「頼んだよ」


 そう言ってこちらを見たリオの顔を見るとアリスの中の焦りや恐怖が薄れていき、気づけば「はいっ」と返事をしていた。


「今だ」


 リオからの合図で再びウーンズを放った。

 今度は命中した。

 しかし、

 

「ああっ!リオさんっ!なんでっ!?」


 魔法はバウ・バッウではなく、剣を持つリオの右腕に命中したのだ。


「ごめんなさいごめんな……」

「これでいい」

「え?」

「これがいい。この位置がいい」

「え?え?」


 リオの言動が理解できず混乱するアリスをよそにリオはバウ・バッウに突撃する。

 バウ・バッウが口を大きく広げリオを襲う。

 リオはバウ・バッウに体を飲み込まれる事は回避したものの、右腕を剣ごと持っていかれた。

 肘の少し上から先を失い、血が流れ出る。

 リオはすぐさまバウ・バッウから距離をとる。


「ああっ!リオさんっ!?」


 リオの表情は特に変化はない。

 右腕を失った事が大した事でもないように。

 本来なら喚き散らしながらもがき苦しむ、あるいは気を失ってもおかしくない程の重傷であるにも関わらずにだ。

 リオはじっとバウ・バッウの様子を観察していた。

 残った左腕には短剣が握られていたが、剣よりも攻撃範囲が狭く、バウ・バッウを相手にするはとても心許ないようにアリスには見えた。

 

(無茶よっ!自殺行為よっ!)


「リオさんっ!下がって下さいっ!」


 アリスの叫びはリオに聞こえているはずだがその場に留まったままだった。

 

(我を失っている?!これじゃ、リオさんがバウ・バッウにっ……あれ?)


 バウ・バッウに変化が起きた。

 突然、悲鳴を上げたのだ。


(攻撃したバウ・バッウの方が苦しんでいる!?)


 バウ・バッウの悲鳴はすぐに止んだが、痛みが治まったわけではなかった。

 バウ・バッウの顔全体が異臭を放ちながら崩れ始めていた。

 口はすでに原型を留めていない。叫ばなかったのではなく、叫べなかったのだ。

 みるみる内にバウ・バッウの体が崩れていき、その場に倒れると息絶え、やがて腐った肉塊となった。


「……まさか、リオさん……」

「君の魔法凄いね」


 リオは右腕を失いながらも何事もないように言った。

 

(やっぱりワザとわたしの魔法を右腕に受けたのっ!?)


 バウ・バッウの肉塊の所々から剣や鎧などが露出していた。

 今まで飲み込んだ冒険者のものだろう。

 その中にリオの剣らしきものも見えた。

 

 リオはその場に片膝をついた。

 その顔は青白い。

 血を流しすぎたのだ。


「リオさん!傷口を塞ぎます!」


 本来なら再生魔法を使うべきだが、今のアリスは再生魔法を授かっていない。


(もう、リオさんの右腕はダメかもしれない……)


 再生魔法は失った手足すら再生できるが万能ではない。

 時が経てば経つほど再生出来る可能性は下がる。

 出来るだけ早く魔法をかける必要があるのだ。

 今であれば再生魔法で間違いなくリオの腕を再生させる事が出来るが、街に戻ってからでは手遅れの可能性が高い。

 仮に再生できたとしても今まで通り自由に動かす事はできないかもしれない。

 「回復は任せて下さい」と言ったにもかかわらず、役に立てない。

 アリスは無力感に襲われながらもリオに駆け寄ると止血だけでもと「ヒール」をかけようと傷口に手を当てた時だった。

 リオと目が合った。

 アリスは「ごめんなさい」と言うつもりだったが、実際に発したのは別の言葉だった。


「リジェネ・アクト」


 アリスは自分の意思と関係なく発せられた言葉に驚いた。

 リジェネ・アクトは一定時間、傷を自動回復させる魔法だ。

 回復する際は魔法を使用した者の魔力ではなく、魔法を受けた者の魔力を使用する。

 治療できるレベルは魔法を受けた者の魔力に依存し、魔力が高ければ失った手足すら再生する事が可能だが、逆に魔力が低いと全く効果がないということもあり得る、人を選ぶ回復魔法だ。

 リジェネ・アクトの魔法効果により、リオの右腕が一瞬で再生した。

 その様子を見てアリスは更に驚いた。


(……え?何?わたしが再生魔法を使ったのっ!?リジェネ・アクトっ!?そんなはずはないわっ!だってそんな魔法授かってすらいないのに……って、あれ?あるっ!?わたしっ、リジェネ・アクトを授かってるっ?なんで!?どうして!?いつ授かったのっ!?確かにさっきまではなかったはずなのにっ!!)


 神聖魔法は睡眠中に授かるのが普通なのである。

 アリスは起きている時になんの前触れもなく魔法を授かるという話を聞いたことがなかった。

 呆然としているアリスをよそにリオは新たな魔物が現れないか警戒しながら再生した右腕の動きを確かめる。

 

「……ちょっと反応が遅いし、力も入ってないみたいだ。やっぱりすぐにいつも通り動かすのは無理かな」


 リオはそう呟き、立ち上がって歩き出そうとするのでアリスが慌てて止める。


「リオさんっ!少し休んだ方がいいですっ!」

「大丈夫。左手は自由に動く」

「えっ?リオさんは両利きなんですかっ?」

「うん」


(なら大丈夫……って)


「そういうことではありませんよっ!ほら、体がフラついていますしっ、顔色も悪いですっ」

「そうなんだ?……確かにそうみたいだね」


 リオはアリスに指摘されて自分の体を改めて確認し、アリスの指摘が正しいことを認め、その場に腰を下ろす。


「さっきわたしがリオさんにかけた魔法、リジェネ・アクトはリオさん自身の魔力を使って傷を治すんですっ。魔術士でないリオさんは魔力が多いとは思えませんので負担が大きいはずですっ」

「そうなんだ」


 だが、一分も経たずにリオが立ち上がろうとしたのでアリスが強引に座らせる。

 

「わかってないじゃないですかっ。無理はしないでくださいっ」

「誰かが言ってたよ」

「え?何をですかっ?」

「『冒険者は無理するもの』だって」


 アリスはため息をつく。


(……でも不思議だわっ。さっきまであれほど恐怖を感じていたのにっ。今だっていつ魔物が襲ってきてもおかしくない状況なのにわたしは落ち着いているっ)


「それでどこへ行くつもりだったんですかっ?」

「敵がいそうなところ」

「ここはザラの森の奥ですよっ。どこに向かっても魔物だらけですっ」

「そうなんだ」

「あのっリオさん、さっきわたしが使った攻撃魔法ですが、秘密にしてもらえませんか?」

「わかった」

「その、あれは神聖魔法に……って、あれ?本当にいいんですか?理由とか聞きたくないんですか?」

「うん」


 リオはあっさり答える。


「あ、ありがとうございますっ」


 アリスはホッとしたもののさっきの無謀な戦い方が頭を過り注意する。


「リオさんっ、あんな無茶しないでくださいねっ。下手したら体全体が腐食してしまったかもしれないんですよっ」


 実はリオはアリスの魔法、ウーンズをレジストし、腐食の進行を止めていたのだがアリスは知るよしもなかった。


「……」


 アリスはリオが無言なのを不思議に思いその顔を見て唖然とした。


「こんなところで寝るなんて……本当にいい度胸してますねっ」


 そう言いつつもアリスはリオと一緒ならこの危機を乗り越えられると思った。

 そしてアリスは確信する。


(サラさんは正しかったっ。リオさんは勇者ですっ。神はリオさんを勇者と認めているから本来ありえない方法でわたしに魔法を授けてリオさんを助けようとしたんだわっ)


 そして、こうも思う。


(サラさんは誰よりもいち早くリオさんを勇者だと見抜いた。でも……だからといって、リオさんがサラさんの勇者とは限らないっ。リオさんのピンチに新たな魔法リジェネ・アクトを授かったわたしだって……いいえ、わたしこそっ、わたしの勇者がリオさんに違いないですっ!これまでの苦難は今日ここでリオさんに出会うためだったんですっ!)



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