18話 強引な勧誘
次の朝、リオは大きな物音がしたのでそちらを見るとサラがベッドから落ちていた。
「いったー……」
「おはよう、サラ」
「お、おはようリオ」
サラは出来るだけ何事もなかったかのように装う。
「サラって寝相が悪いんだね」
リオに気遣いを求めるのは無駄である。サラはリオの言葉をさりげなく無視する。
「私の事より準備は出来ているのですか?」
「うん」
「わかりました。私もすぐ準備します」
朝食後、乗合馬車の駅へ向かう。
昨日、ヴァーシュの街へ向かう商隊などの護衛の依頼がないか探したがなかった。
いや、依頼自体はあったのだが、必要ランクがD以上となっており、サラ達は受けられなかったのだ。
「ねえ、サラ」
「なんです?」
「さっき、宿屋の人が言ってた、”昨晩はお楽しみでしたね“ってどう言う意味かな?」
「知りません」
そう、宿屋のおかみさんは最後までサラをからかってきたのだった。
サラ達が駅に着くと、丁度ヴァーシュ行きの馬車の運行中止を知らせる張り紙がされたところだった。
張り紙によると街道が崖崩れで通行止めになっているとのことだった。
今のところ、復旧の目処はたっていないという。
「さて、どうしますか?」
「どうしようか?」
「とりあえず、冒険者ギルドへ行ってみますか?もっと情報が得られるかもしれません」
「うん、そうだね」
二人が冒険者ギルドに着くと冒険者達がギルド職員に崖崩れについての詳しい情報を求めていた。
「私も聞いてきます」
「うん、僕は依頼を見てるよ」
本来、あなたが率先して聞くとこなんですけどね!
とサラは心の中で文句を言いながらギルド職員のもとへ向かう。
しかし、残念ながら先ほどの張り紙にあった以上の情報は得られなかった。
「何か気になる依頼はありますか?」
「うん?うん、そうだね、これかな」
リオが指差したのは、魔物討伐依頼だった。
魔物はガルザヘッサだ。
サラは依頼を受けるための冒険者ランクを確認する。
必要ランクはCだった。
(当然よね)
「その依頼、私達は受けられませんよ」
「うん、わかってるよ」
「街道の復旧ですが、今日は無理そうです」
「そうなんだ」
(全然焦ってないわね。早くヴァーシュに着きたくないのかしら……案外、忘れてたりして……十分ありうるわ。まあ、私はその方が都合がいいけど)
「時間が出来た事ですし、何か依頼を受けてみますか?」
「そうだね。うん、そうしようよ」
振り返ったリオの顔を見てサラはその笑顔がいつもの作り物とは違うように思えた。
(……本当に笑ってる?)
「どうしたの?」
「え、いえ、なんでもないです。受けたい依頼はありますか?言うまでもないですが、Fランクですよ」
「うん、わかって……」
「Fだと!?」
突然、会話に割って入ってきた冒険者をサラは見た。
それは二十歳を過ぎたくらいだろうか、長身の若い男だった。
装備から戦士だとわかる。
その後ろにはその男のパーティらしきもの達がニヤニヤ笑いながらサラ達を見ていた。
サラは素早くパーティ構成を確認する。
(戦士三人に、魔術士が一人。あと彼は盗賊かしら。神官はいないようね)
今のサラはフードを深く被っているので容姿はわからないはずだが、服装から神官だという事はわかるはずだ。
パーティの構成から彼らの目的が自分の勧誘だと推測する。
「私達に何か用でしょうか?」
「達じゃなく、あんたに用があるんだ」
「そうですか。手短に頼みます。この後、依頼を受ける予定ですので」
サラは受ける依頼を決めている。
薬草採取の依頼だ。
Fランクの依頼なので難易度はそれほど高くない。失敗することはないだろう。
もしリオが決めかねるようならその依頼を受ける気でいた。
「オレ達のパーティに入りな。魔法さえ使えりゃ顔は気にしねえぜ」
上から目線の高圧的な冒険者の話はサラの予想通りだった。
ただ、フードを深くかぶっている理由が容姿に自信がないからだと思われているようだった。
冒険者になる者は少なからず自己主張が強い。そのため、顔を隠すのは容姿に自信がない者が多いのだろう。
「すみませんが私は既に入るパーティを決めておりますのでお断りします」
「パーティってそいつのだろ?Fランクパーティなんかやめとけって。そんなザコと一緒じゃすぐ死んじまうぞ」
「そうだぜ。オレ達と一緒に冒険しようぜ!ぜってい俺たちと組んだ方が楽しいぜ!」
(やっぱり、神官服って目立つのかしら。だからといって神官服を脱ぐのも何か負けたようで嫌よね)
「失礼ですがあなた方のランクを教えていただけますか?」
「全員Cランクだぜ!」
自信満々に答えるリーダーらしきその男にサラは冷めた口調で言った。
「ではやはり無理ですね」
「なんだと?……まさかお前、Bランクだとでもいうのかっ?!」
「いえ、私はFランクです」
「……は?」
「ですので皆さんの足手まといになりますので他の方を探してください」
このやり取りを聞いていた冒険者達が驚いた顔をする。
「う、嘘つけ!お前、神官だろ!?神官がFランクな訳ねえだろ!」
そう思うのは無理もない事だった。
神官が冒険者となるとき冒険者ランクはその能力を考慮して決定される。
冒険者になる神官が神聖魔法を使えないはずはなく、それならば最低のFランクからスタートするはずはないと思われていたのだ。
「事実です」
「じゃあ、証拠を見せろよ!冒険者カードを見せてみろ!」
リーダーだけでなく、パーティ全員がサラを睨む。
今にも戦闘になりそうな雰囲気さえあったが、サラは冷静であった。
(……まったく人を誘う態度ではないですね。その事にパーティ全員が気づいていないところが救い難いわ」
「お断りします」
「……てめえ、俺達を舐めてんのか!?」
「どちらかといえば、あなた方が私を過大評価しているのかと思いますが」
確かに、という呟きが聞こえ、そちらを睨みつけるリーダーの男。
サラはきっぱりと言った。
「神官を仲間に加えたいのでしたらフリーの神官をお探しください。あるいはムルトに行ってはいかがですか?馬車ですぐですよ」
「……俺はあんたが気に入ったんだ」
(それだけ睨みつけてどの口がいうのかしら……やっぱり、これはムルトに行ったけど断られた口ね。で、冒険者ギルドで待ち伏せして他のパーティから引き抜こうとしてると。そんな考えじゃ、誰にも相手にされるわけないわ)
などと考えていると、目の端にリオがカウンターに向かっていくのが見えた。
「リオ!」
サラの声にリオが振り返る。
「ああ、サラ。依頼決めたよ。受付してくるね」
リオはサラが冒険者に絡まれている事を全く気にしてなかった。絡まれていると気付いていないのかもしれない。
そんなリオの首根っこを冒険者の一人、盗賊らしき男が掴んだ。
「おいおい、待てよ」
「ん?」
リオは不思議そうな表情で盗賊を見る。
「もしかして……この依頼を受けたいのかな?」
リオは依頼掲示板から剥がした依頼を盗賊に見せる。
それはリッキー退治の依頼だった。
リッキーはウサギに似た魔物だ。
近くの畑がリッキーに荒らされているので退治してほしいとのことだった。
リッキーはそれほど強い魔物ではなく、油断しなければ普通の人でも倒せる。
ただ、逃げ足が速く、Fランクの依頼でありながら失敗するのも珍しくないため、この依頼を受ける者は少ない。
盗賊はリオから依頼を奪い取った。
「おいおい、見ろよコイツ、リッキー退治の依頼を受けるんだってよ!」
パーティの仲間が大声で笑う。
他のパーティからも笑いが起こる。
「あれ?これ、受けちゃいけない依頼だったのかな?」
周囲の反応が理解できずリオは首を傾げる。
「コイツ、頭も弱いぞ!」
更に大きな笑いが起こる。
流石に我慢できなくなったサラが抗議の声をあげようとした時だった。
「これ以上騒ぎを起こすようなら出て行ってもらうぞ」
その声は決して大きくはなかったが、その場の喧騒が嘘のように収まった。
サラは声の主を見た。
服の上からでもわかるほど鍛えられた体から冒険者だと思われそうだが、彼の服装はギルド職員のものだった。
彼を知る冒険者からやべっ、と声が漏れた。
リオとサラにからんでいた冒険者もそのギルド職員を知っているようで、「今日は休みじゃなかったのかよ」という呟きが聞こえた。
ギルド職員がサラを勧誘していた男に目を向ける。
「どんな理由があれ、強引な勧誘は禁止されているはずだが?」
「べ、別に勧誘ってわけじゃ、ちょっと話してただけだ、なぁ?」
サラはパーティのリーダーに同意を求められたのでキッパリと言った。
「いえ、とても困っていました」
「て、てめえ……」
「おい」
ギルド職員のひと睨みでサラを勧誘していた冒険者は怯む。
「用事を思い出したぜっ」
そう言うとそのパーティは逃げるようにギルドを出て行った。
リオは盗賊が逃げる際に捨てていった依頼書を拾い、ぱっぱっと軽く誇りを払うと何事もなかったように受付へ向かう。
その行動を見て屈強なギルド職員は一瞬呆気にと取られたがすぐに気を取り直し、サラに目を向ける。
「済まなかったな。みっともないところを見せて」
とギルド職員は今までの事を見て見ぬ振りをしていた同僚達を睨む。
居心地悪そうに視線を外す職員達。
「いえ、助かりました、って、リオ、ちょっと待ちなさい!」
「ん?」
「その依頼はダメです!」
「どうして?Fランクだよ?」
「私がもっといいのを選びました」
「そうなんだ」
リオはあっさり諦め、依頼を元の場所に戻す。
「あ、すみません、話の途中で」
「いや、かまわんよ。一度受けた依頼をキャンセルするのは色々面倒だからな」
「ありがとうございます」
サラはフードを被っているのは失礼と思い、フードを下ろし素顔を見せる。
サラの美しい顔を見てギルド職員を始め、ギルドにいた者達が皆目を奪われた。
「私はFランク冒険者の神官、サラです。そして彼はリオ。私と同じFランクです」
「サラ……そうか、冒険者になったのか」
「私の事を知っているのですか?」
「ああ、ムルトじゃ有名人だろう」
「そんな事はありません」
「あなたが冒険に出たと言う事は、あの少年があなたの勇者なのか?」
「いえ。そういうわけではありません」
「そうなのか?」
「はい」
「……ふむ」
「あの、」
「いや、失礼。詮索すべきじゃないな。挨拶が遅れたが俺はギルド職員のブレイク。元冒険者だ」
「ブレイク……あなたがあのブレイク殿ですか」
「俺を知ってるとは光栄だな」
「あなたを知らない冒険者などいません」
冒険者ブレイク。
冒険者ランクはAで、Sランクは確実と言われていた。
六英雄ほどではないが、サラでも知ってる有名な冒険者だった。
彼の冒険のいくつかは吟遊詩人によって語られるほどだ。
「冒険者を引退されていたのですか?」
「まあ、いろいろあってな。今はこの通りギルドで働いてる。さっき見た通りここの冒険者は素行が悪いやつが多くてな」
「彼らはいつもああなのですか?」
「ザースの奴か。まあ、そうだな。性格はあの通りだが腕はいい」
「そうですか」
「すまんな。昔はもっと素直だったんだが、とんとん拍子にランクが上がって調子に乗ってるんだ。その性格を直さないと勇者にはなれないと何度も注意してんだがな」
「あの性格がそう簡単に治るとは思えないですけど」とサラは心の中で呟いた。
 




