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178話 策謀の森

 ザラの森を奥に進み、偵察隊から報告のあった辺りまで来たがウォルーの姿は見当たらなかった。

 いや、


「おい、アレ、ウォルーじゃないのか?」


 冒険者の一人が指差す先に、確かにウォルーがいた。

 正確にはウォルーの死体だ。

 肉片もあちこちに飛び散っている。

 その肉片は森の奥深くへと続いていた。


「別の魔物に襲われて奥へ逃げた、ってところか」

「群れをなしたウォルーが逃げ出すって、どんな魔物だ?」


 戦いの痕跡を調べていた盗賊が声を引き攣らせながらウォルーを襲った魔物の名を告げる。


「おそらくバウ・バッウだ」

「バウ・バッウだと!?」


 冒険者達に動揺が走る。

 バウ・バッウはCランクの魔物だ。

 ただし、Bランクに分類すべきと度々議論に上がるくらい強い魔物で、実質Bランクと見て間違いない。


「ウォルーじゃなかったのかよ!?偵察隊の奴ら何を見てやがった!」


 ジェイソンがこの場にいない偵察隊に罵声を浴びせる。

 だが、喚いたところで現状が変わるわけではない。


「話が違うぞ!」

「本当なんだろうな!?」


 ウォルーの死体から襲った魔物を推測した盗賊に何人もの冒険者が詰め寄る。

 推測した盗賊はヒステリックに叫ぶ。


「お、俺の意見は変わらない!違うって言うんなら自分で調べてみろよ!」



 アリスはウォルーを襲った魔物がバウ・バッウかもしれないと知り、内心逃げたくて仕方がなかったが、逃げるわけにはいかない。

 いや、できない。

 既に森の奥に入り込んでいるのだ。

 一人で森を抜ける自信もその先の街へたどり着く自信もない。

 アリスは泣き喚きたかった。


(ああっ、なんでわたしだけいつもこんな目に遭うのよっ!会ったこともない許婚の娼館通いが発覚したら、何故か私が不甲斐ないからだとか無茶振りで被害者のはずのわたしが神殿に送りになるしっ!どう考えても元許婚バカ野郎が神殿送りでしょっ!なんであっちはその後すぐ新しい許婚と結婚してのうのうと暮らしてんのよっ!もう貴族なんて御免だわとわたしを救ってくれなかった家族とも離縁して“アリス”として生きていくと決めたら、家に呼び戻してどっかに嫁がそうとするし!それで言いなりなのものかと勇者探しの旅に出たらこれよっ!勇者探しは結婚から逃げるための口実だったのにっ!親が諦めるまで間、観光気分で旅するつもりだったのにっ!どれだけわたしは運に見放されているのっ!!)


 くすっ、と誰かが笑ったような声でアリスは現実に戻された。

 アリスは隣のリオを見た。

 冒険者達が血相を変えて言い争っている姿をリオは呑気に(少なくとも見た目は)眺めていた。

 リオが全く動じていないのを見てアリスは少し落ち着きを取り戻す。


「リオさんは余裕があるんですねっ」

「僕、バウ・バッウ?って知らないんだ。そんなに強いの?」

「えっ?リオさんっ、バウ・バッウを知らないんですかっ?!」


 滅多に遭遇する魔物ではないが、その存在を知らない方が珍しい。

 冒険者であれば尚更だ。


「君は戦ったことあるの?」


 君、と言う言葉にまだ名前を覚えられていないのでは?という疑念を抱きながらアリスは答える。


「いえ。ただ、姿や能力は魔物全集という本で見た事がありますっ」

「そうなんだ」

「見た目は巨大なカエルのような姿をしていますっ」

「どんな攻撃をするのかな?」

「そうですねっ」


 アリスはバウ・バッウについて書いてあった事を思い出す。


「……確か、大きな口から長い舌を伸ばして獲物を絡めて飲み込んだりしますっ。あとジャンプ力がすごいですっ。凶悪な牙は獲物の骨まで砕くこともできるようですっ。あ、あと足の爪も注意なくてはいけませんっ」

「すごいね。よくそこまで覚えてるね」


 アリスは素直に褒められて少し照れる。


「ありがとうございますっ。ともかくですねっ、バウ・バッウはCランクに分類されていますがっ、Bランク相当という者もいるほど強い魔物なんですっ」

「そうなんだ」


 そう答えたリオの言葉には相変わらず感情がこもっていなかった。


(……リオさんっ、あなたの言葉はなんでそんなに軽いんですかっ?)


 アリスは今の状況を理解していないようでつい八つ当たりで文句を言いたくなるのをグッと堪える。


「じゃあ、ガルザヘッサより強いんだ」

「え?ガルザヘッサ、ですかっ?リオさんはガルザヘッサと戦った事があるのですかっ?」

「うん」


 ガルザヘッサはCランクの魔物で、Cランクの中でも強い部類に入る。


「倒した事があるのですかっ?」

「うん。仲間とね」

「あっ、そうですよねっ」


 リオのパーティにはあの鉄拳制裁のサラがいる。

 実際に倒したのは彼女だろうとアリスは思った。



「おい、そこの勇者!お前だよ、リッキーキラー!」


 それでも反応しないリオにアリスが声をかける。

 リオは自分を呼んだ相手、ネイルを見た。


「僕?」

「そうお前だ。討伐隊の隊長として命令する。ちょっと奥行って様子見てこい」

「わかった」


 リオは躊躇なく答えるとウォルーの肉片を道標に一人奥へ進んで行く。

 それを慌てて止めたのはアリスとカールだった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「ネイル!何を考えてるんだよ!」


 ネイルの暴挙を止めようとしたのが二人とも神官だったのは二人が常識的な持ち主だったからという見方があるが、ネイルは別の思いがあった。


(止めるのはまあ、わからなくはない。だが、神官しか止めなかった……それはこのクソガキに勇者としての資質があると本能的に悟ってるからじゃねえだろうなぁ?)


 ネイルの嫉妬に気づく様子もなくカールとアリスが異議を唱える。


「偵察なら盗賊が行うものでしょ?」

「そ、そうですっ。リオさんは戦士ですよっ。人選がおかしいですっ!」


 カール達の正論にクラスが盗賊の者達が慌てて顔を逸らす。


「ほれ、自信がないんだとよ」


 ネイルがバカにした顔を盗賊達に向けながら言った。


「そんな……」


 気の小さいカールは「それじゃ何のためのクラスだよ」という言葉をネイルに睨まれ言えなかった。

 もちろん、そんな理由ではアリスも納得しない。


「ともかくっ、リオさん一人なんておかしいですっ」

「おかしい、か。そうだな。じゃあ、アリスだったか。お前も行け」

「え?」

「盗賊達はあの通りビクついてやがる。無理やり行かせても役に立たんだろう。だが、回復魔法の使える神官のお前が行けば何かあってもどうにか出来るんじゃないか。ここに魔術士がいれば一緒に行かせたんだが、生憎、魔の領域の方へ持ってかれちまったからなぁ」


 ネイルのパーティにも魔術士はいたが、魔の領域では苦戦が予想されるとの事で長距離攻撃ができる魔術士は全て招集され、ここには“クラス”が魔術士、魔装士として登録されている者は一人もいなかった。

 もっとも、ここに魔術士がいたとしてもネイルに行かせる気はなかったのだが。

 アリスは自分も当事者となって焦りだす。


「で、でもっ、バウ・バッウ相手に二人だけというのは……」

「魔物がバウ・バッウと確定したわけじゃねぇ。それを調べに行くんだろうが。どうすんだ?行くのか行かないのか?ほれ、勇者様は待ちきれないとよ」

「え?」


 アリスはリオが一人奥へと進んでいるのを見て慌てて後を追った。

 ネイルはアリスの後ろ姿に舌打ちする。


「カール。お前はダメだぞ」

「……わかったよ。二人とも気をつけて!」


 ジェイソンがそっとネイルに近づく。


「よかったのか?」

「何がだ?」

「リッキーキラーは魔物が処理してくれるとしてだ、女の方は……」

「仕方がないだろ。本当にバウ・バッウがいるんならあんな処女神官役に立たん。先のことより今生き延びる方が大事だ」

「わかったぜ。……だが、勿体ねえ」

「言うな……よし、聞け!俺達は後方を確保するぞ!」


 それを聞いてカールは青ざめる。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ネイル!それじゃ彼らを囮にして逃げるって事!?」

「何を言ってんだ、お前は?」

「え?」

「アイツはあのナナルの弟子が選んだ勇者候補だぞ。俺達より強いに決まってるだろ」

「そ、そんな無茶苦茶な。逃げるならみんなで……」

「大丈夫だ。俺は見た瞬間わかった。あのガキ、いや、リッキーキラーは勇者の資質を持ってる。奴ならやれる」


 その言葉を聞いたジェイソンは内心で「“やれる”じゃなくて“やられる”の間違いだろ」と突っ込んでいた。


「な、何を根拠に言ってるんだよ!?」

「根拠だぁ?そりゃ、お前達だ」

「意味が分からないよ!」

「神官様の注目をそこまで集めるんだ。間違い無いだろ?」

「そ、そんな!僕はそんな事思ってないよ!」

「うるせえな、お前はもう黙ってろ!他に反対の奴はいるか!?……いないな、よしっ撤退、じゃなくて後方確保だ!」


 こうしてリオとアリスを除く討伐隊はザラの森から撤退し始めた。



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