172話 二つの強制依頼
リオ達はレリティア王国に入り、王国で三番目に大きいマルコの街に来ていた。
「おめでとうございます!今回の依頼達成で皆さんはDランクにランクアップできます!」
冒険者のランクアップはCランク以上は面接と実技試験があるが、Dランクまでは依頼ポイントを貯めることで望めば無条件で上がることが出来る。
依頼ポイントの少ないリッキー退治ばかりしていたリオ達がDランクに上がる程ポイントを貯められたのはリッキー退治以上に素材収集依頼をこなしていたからである。
素材は依頼に応じて探し集めたわけではなく、旅の途中で退治した魔物から得た素材をその素材の収集依頼が出ているギルドに納めただけで手間は全くかかっていなかった。
実に依頼ポイントの八割がこの素材収集依頼によるものだった。
受付嬢の満面の笑顔をリオは無表情で受け止める。
リオが全く嬉しそうに見えないので受付嬢は正しく伝わっていないのではと不安になる。
「あの、」
「大丈夫です。聞こえていました」
「そ、そうですか」
サラの言葉に受付嬢がほっとした表情を見せる。
「少し相談します」
「は、はあ、そうですか」
受付嬢はリオ達がランクアップを躊躇するのが理解出来なかったようだ。
(まあ、そう思うのは当然よね)
カウンターから離れ、サラがリオにランクアップを勧める。
「リオ、Dランクに上がりましょう」
「そうなんだ」
サラはリオの返事を聞き、乗り気ではない事を悟る。
リオを含め、リサヴィの面々は名声を欲しているわけではないし、最近、金色のガルザヘッサ討伐の懸賞金が入った。
先のサイファのラビリンスで手に入れた財宝もあり、金は減るどころか増える一方で全く困っていなかった。
更に今のリオには目的がなく、ランクを上げる理由が見つからないのだ。
サラも以前はランクを気にしていなかったが今は違った。
神官がEランクだと何かと目立ってしまうことに気づき、皆が神官のスタートだと思っているDランクに上がりたかったのだ。
「別にDランクに上がっても今まで通りリッキー退治の依頼は受けられますよ」
「わかった」
サラのこの言葉を聞いてリオはあっさり頷いた。
こうしてリオ達、リサヴィは全員Dランクに昇格したのだった。
リオ達がギルドを出ようとした時だった。
「冒険者の皆さん、お聞きください!」
受付嬢の切羽詰まった叫び声に冒険者達が何事かと動きを止め視線を向ける。
そこにはマルコギルドのギルドマスターであるゴンダスも立っていた。
ゴンダスは二メートルを超える巨漢で彼自身もBランク冒険者であった。
今はギルマスの仕事をしているとはいえ、鍛えられた肉体は全く衰えていない。
ゴンダスがギルド中に響く大声で話す。
「お前達、よく聞け!緊急事態が発生した!今より本ギルドは強制依頼を行う!この依頼は現在受けているあらゆる依頼より優先となる!本マルコギルド所属の冒険者は言うまでもなく、他に所属している冒険者も同様だ!」
リオが首を傾げる。
「強制依頼?」
「強制依頼はギルドが冒険者に直接依頼するもので余程の理由がない限りは断れません。恐らく凶悪な魔物でも現れたのでしょうがランクの低い私達には関係ないでしょう」
「そうなんだ」
「一体何が起こったんだギルマス?」
Bランクパーティ“シープス”のリーダー、ジャンクスが尋ねる。
「うむ。実はな、東の草原に“魔の領域”が発生したとの報告を受けた」
「魔の領域だとっ!?それで魔族は!?魔族は現れたのかっ!?」
「今のところはその報告はない。だが、このまま放置していれば間違いなく現れるだろう。それまでに魔の領域を消滅させなければならない!」
リオは首を傾げながらヴィヴィに尋ねる。
「魔の領域って?」
「ざっく。魔の領域は魔物が活性化し強力となる領域の事だ。領域のどこかにこの世界と魔界をつなげる魔界の門があるとも言われている」
「え?フルモロ以外にもあるんだ。魔界の門」
「ざっく。そう言われているだけで実際に見たという者はいないようだ」
「そうなんだ。じゃあ、なんでそんな噂があるんだろう?」
「ざっく。さあな。ともかくだ、魔の領域は時間が経てば経つほど広がっていき、やがて魔族が現れるらしい」
「そうなんだ。消す方法はあるの?」
「ざっく。魔の領域の魔物の数を減らすか、魔の領域を支配するボスが存在するならそのボスを倒す事で消えるという話だ」
「そうなんだ」
ヴィヴィがリオに説明している間もゴンダスの演説は続く。
強制依頼を受けるのはBランク以上とギルド規則にあるため、Cランク以下の冒険者達は他人事として聞き流していたが、ギルマスの次の言葉に皆固まった。
「……というわけでだ。本来であればBランク以上の冒険者に依頼するところだが、今このマルコにBランク冒険者は少ない!だからといってのんびり応援を待つわけにもいかん!そこで今回はCランク以下にも参加してもらう事にした!」
最初に我に返ったのはサラで、すぐにギルマスに抗議する。
「ちょっと待ってください!緊急なのはわかりますが、Cランク以下の冒険者を強制参加させるのは規則違反です!」
「そんなこたぁわかってる!だがやるしかない!」
「無駄に犠牲を出すだけです!本部の応援を待つべきです!」
「俺様に意見するとは生意気な奴だな!大体お前誰だ!?顔を見せろ!名前とランクを言え!!」
サラがフードを脱ぐとその容姿に皆が見惚れた。
それはギルマスも例外ではなかった。
「サラです。ランクはDです」
「ふ、ふんっ、Dか。なるほどな!自分が怖いから騒ぎ出したってわけだな!この臆病者が!」
(恐怖で状況が理解できていないか、あるいはこの危機を乗り越えて名声でも得ようとしているのかしら。どちらにしてもこのギルマスはダメだわ)
サラはギルマスを説得しようとしたが、逆効果だった。
サラの正論にギルマスは逆ギレした。
「もう黙れ!ギルマスである俺様に指図するな!この程度の事で騒ぎ立てる必要はない!」
当然、サラは納得しない。
「この程度と考えているのでしたら尚更強制参加させる必要はないでしょう!」
「うるせえ!!お前と遊んでいる暇はない!何見てやがる!お前らもグズグズするな!今この街にいる冒険者を全て集めろっ!さっさと準備にかかれ!」
ギルマスがギルド職員を怒鳴りつけると慌てて職員が何人か出ていった。
残った職員が冒険者達に大声で呼びかける。
「は、はいっ!では皆さん!ギルマスからお話がありましたように強制依頼を発令します!以降、この強制依頼を最優先とさせていただきます!」
「おいっ待てよっ!俺の依頼は今日中にこなさないと失敗になるんだぞっ!」
あちこちで抗議の声が上がるがギルマスの「黙れ!」の一喝で静まり返る。
「と、とりあえず、冒険者ランクとクラス、今受け持ちの依頼の確認を行います!全員こちらへお並びくださいっ!」
ギルド職員達はギルマスと冒険者達の間に挟まれて涙目だった。
「次は……あなたはさっきの……ええとサラさんでしたね?」
「はい」
サラは冒険者カードを受付嬢に渡す。
受付嬢は一通り目を通し、クラスの項目で目が留まった。
「え?サラさん、あなた神官なのですか?」
「ええ」
サラは戦士の姿をしていたのでもう何度目かという質問を受ける。
受付嬢とのやり取りを耳にした冒険者の何人かがサラを見る目が変わった。
神官で名前がサラ、その人物に心当たりあったのだ。
最初にサラに声をかけたのはジャンクスだった。
「おい、お前、神官でサラって言ったか?」
「はい、それが何か?」
「てことはだ。もしかしてあの六英雄のナナルの弟子のサラか?」
「……はい」
サラが頷いた途端、冒険者の誰かが叫んだ!
「マジかよっ!あの鉄拳制裁のサラってか!?」
「確かに噂通り美人だが……ああ、間違いないようだな」
「ああ」
「噂通りだ」
冒険者達はリオを見て納得した。
「ん?」
皆の視線を感じリオが首を傾げる。
冒険者達の反応にサラが戸惑う。
サラの疑問はある冒険者の次の発言で解消された。
だが、納得いくものではなかった。
一人の冒険者がリオを指差す。
「でもよ、こいつ、ショタって呼ばれるような歳じゃねえんじゃないか?」
「ま、ショタコンのサラってのは年下趣味が誇張されてんだろ」
「だな!」
「だ、誰がショタコンよ!!」
サラの怒りの視線を受け、さっと目を逸らす冒険者達。
(またショタコン!?なんでそんな噂が広がってるのよぉ!!)
そこへゴンダスが話に割り込む。
「ほう。お前があのナナルの弟子の鉄拳制裁のサラか。通りで態度がデカいと思ったわ」
(あなたには言われたくないわ)
「なるほどな。ナナルの弟子とチヤホヤされてんのに大した実力を持ってねえからあれほど嫌がったと言うわけか」
ゴンダスがバカにしたような目でサラを見るが、サラは気にせず淡々と言い返す。
「そう思うのは勝手ですが、私はあなたの規則違反を指摘しただけです」
「なんだとてめえ!俺様に逆らうとどうなるかわかってんだろうな!?」
「さあ。しかし、私はこの愚行をギルド本部に報告します」
「てめえ……」
ゴンダスとサラはしばらく睨み合い、ゴンダスの方がちっ、と視線を逸らした。
俺様ギルマスも流石に六英雄を敵には回したくなかったようだ。
そこへギルド所属の偵察隊の者がやって来てゴンダスに何事か報告するとゴンダスは更にとんでもないことを言い出した。
「おい聞けっ!魔の領域も問題だが、西にあるザラの森でウォルーの群れが確認された!コイツらが街を襲撃する恐れがある!そこでだ、討伐隊を二つ編成する事にした!編成はこっちで決めるからそれに従って行動しろ!」
「……は?言ってる事が無茶苦茶だわ!」
サラが抗議しようとするがゴンダスはそんなサラを鼻で笑い飛ばして、カウンターの奥に数人のギルド職員と消えた。
追おうとするサラの肩を叩いて止める者がいた。
「ジャンクス?」
「まあ、サラ落ち着けって。あいつは普段嫌な奴だが、余裕がなくなるともっと嫌な奴になるんだ」
「は、はあ」
(余裕がなくなったら誰でもそうなる気がしますけど、ってか、それ救いようがないわね。なんでそんな奴がギルマスなのよ!?)
サラ以外にも文句がある者達がゴンダスを追ったが、
「逆らう奴は冒険者ギルドから除名するぞ!」
とのゴンダスの脅しに沈黙した。
結局、サラ達も強制依頼に参加することになった。
強制依頼には反対したが、サラ自身は調査に行くつもりだったのだ。
「こんな臆病者が弟子とはナナルも噂ほどじゃないな!」
というゴンダスの安い挑発に乗ったからではない。
……おそらく。
こうして甚大な被害を出す事になる二つの強制依頼が実行されたのだった。




