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17話 リオの過去

 リオはそのときのことを話し始めた。

 その顔には怒りも憎しみもなかった。



 リオの住んでいた村は小さな村だった。

 裕福とはいえなかったが餓死者がでるほど貧しい村でもなかった。

 皆そこそこの蓄えを得ることができ、それなりに幸せな人生を送っていた。

 しかし、その生活は前触れもなくあっさりと崩壊した。

 突然見たこともない魔物が現れ、次々と村人を襲いはじめたのだ。

 リオは逃げるのを忘れ、呆然とその魔物を見ていた。

 そんなリオに魔物、ガルザヘッサが迫る。

 本来のガルザヘッサは巨大なイタチのような姿で全身を覆う体毛は漆黒である。

 だが、このガルザヘッサは違った。

 体の大きさは通常のガルザヘッサの三倍以上あり、全身の体毛は金色だった。


「リオ!」


 誰かがリオの上に覆い被さった。

 強い衝撃。

 リオは背中を地面に強く打ちつけた。一瞬息ができなくなる。

 リオを庇ったのは父親だった。

 父親は目を見開いたままぴくりとも動かない。


(父さん……死んだ?……死んだ……こんな簡単に人は死ぬんだ)


 リオは父親の亡骸の下で呆然とそんなことを考えていた。

 恐怖も怒りも感じなかった。

 ガルザヘッサの殺戮は止まず、まるで子供が蟻を踏み潰すように人を無慈悲に殺し続けた。

 やがて村から人の声が消えた。

 しばらくすると金色のガルザヘッサがリオに近づいてきた。


(……次は僕の番か)


 ぼんやりとそんな事を考えているとガルザヘッサと目が合った。

 金色の体毛は村人の鮮血を浴び、所々赤く染まっていた。

 その姿に目を奪われる。


(……なんだろう?不思議な感じだ……こんなふうに感じたのはこれが初めてじゃないかな?)


 リオは瞬きすることなく、じっとガルザヘッサを見つめていた。



 金色のガルザヘッサはリオが死んでいるものと思ったのか、それとも殺戮に飽きたのか、どちらにしてもリオを襲うことはなかった。

 金色のガルザヘッサが去ったあと、リオは父親の亡骸を退けるとゆっくりと立ち上がった。

 生き残ったのはリオだけだった。

 この日、リオの住んでいた村は滅びたのだ。

 時折、村を訪れる旅人から魔物に襲われて村が消えたという話は聞いたことがあったが、自分には関係ないことだと思っていた。


「……本当に起こることなんだ」


 リオはひとりつぶやきながらまるでこの惨劇の血を浴びたかのように赤い夕空をしばらくの間眺めていた。



 その日からリオはひとり淡々と村人達の埋葬をはじめた。

 リオは飲まず食わずでひたすら穴を堀っては遺体を埋める作業を続けた。

 リオ一人で村人すべての墓を作る体力があるわけもなく、すぐに限界に達した。

 リオの体の中で最初に反抗したのは足だった。

 突然、ガクンと力が抜けその場に尻餅をついた。

 立ち上がろうとしたがその意志に次々と体の部位が反抗し、ついにその場に倒れ込んだ。

 仰向けになると土の匂いの中に血の匂いが混じっているのがわかった。

 遺体を運んでいるうちに自分についた血かもしれない。

 何度か体を起こそうと試みたがことごとく失敗した。


「……もういいか」


 リオはゆっくりとその目を閉じた。



 リオは誰かが近づいてくるのに気づき、ゆっくりと目を開けた。

 目の前に見覚えのある女性の姿があった。

 去年、隣村に嫁いだ村長の娘のフェンデだった。


「リオ!」

「……フェンデ?」

「そうよ、よく無事で!」

「みんな死んだよ。……なんで僕だけ生きているんだろう?」

「あなた大丈夫⁉︎どこか痛いところはない⁉︎」

「……痛い?……わからない……よくわからない」

「もう大丈夫よ。大丈夫だから!」


 涙を流しているフェンデを見て違和感を覚えた。

 それがなんなのか気づいた。


(あんなことがあったのに、父さんが死んだのに僕は泣いていない。涙が出ない。なんで僕は泣けないんだろう?こういう場合は泣くもんじゃないかな?)


「これからのことは大丈夫だから。私がついてるからね!」


(これから?……これからも僕はここで暮らす?)


 リオにはぴんと来なかった。


(……違う。それは違う……そうだ。あの魔物だ。あの魔物を探すんだ。探して……殺す?みんなの敵を討つ?……わからない。でもこれだけはわかる。僕はあの魔物を探さなければいけない)



 リオは何日かぶりの食事を摂った。

 といっても消化のよいスープ一杯のみでそれ以上は体が拒否反応を示し吐いた。

 食事を終えるともっと休んでいたらと止めるフェンデを振り切り外へ出た。

 リオが作っていた墓はフェンデが嫁いだ村の人達が引き継いでやってくれたようで埋葬はすべて終えられていた。

 リオはフェンデと共に新しく出来た墓を見舞う。

 フェンデの家族も他の者達と同じく土の中で眠っている。

 リオの横でフェンデがすでに何度も流したであろう涙を再び流した。

 やはりリオは涙がでなかった。

 いや、そもそも涙とは悲しいとか嬉しいとか感情が大きく揺れたときに流すものであるが、リオはそのような感情が全く湧いてこなかった。

 フェンデに手を引かれ家に戻る途中で明らかに村人とは違う者達がいるのにリオは気づいた。

 フェンデもそれに気づいた。


「冒険者ね」


 それがベルフィをリーダーとするウィンドの面々との出会いだった。

 ウィンドは金色のガルザヘッサの情報を聞きつけてやってきたのだった。

 金色のガルザヘッサが滅ぼした村の数は知られているだけで軽く十を超える。

 そのため被害にあった者達や被害を被った商人達によって賞金がかけられ、腕に覚えのある冒険者や賞金稼ぎの標的となっていた。

 リオはまだ疲れの残っている体でウィンドのリーダーらしき人物、ベルフィに駆け寄った。

 ベルフィは近づいてきたリオを見た。

 ベルフィのクラスは戦士で背中に年季の入った盾、腰には長剣を2本吊るしていた。


「なんだ?」

「僕を仲間にいれてください」

「いきなりだな、おい」


 それを聞いたカリスが不機嫌そうな表情をする。

 ウィンドの副リーダーでベルフィと同じく戦士だが、盾を持たない代わりに背中には大剣を背負っていた。

 その隣では装飾品を多く身につけ派手な格好をした魔術士のナックが無言で、しかし好奇心旺盛の瞳でリオの様子を観察していた。

 この世界で魔術士が魔法を使うには魔法の知識、魔力、そして呪文を必要とする。

 強力な魔法を使うには呪文の詠唱だけでなく、手や場合によっては足を使って魔法陣を描く事もあるので防具は軽装なものになりがちだ。

 魔術士は魔法を補助するためのアイテムを体の至る所に身につけていることが多いが、ナックの装飾品のほとんどは魔法の補助具ではなくファッションである。


「親の仇をとりたいのか?」


 ベルフィのと問いにリオは小さく頷いた。体が勝手に反応したのだ。


「はんっ!あんたのようなお子ちゃまが金色のガルザヘッサをかい?笑っちゃうねっ」


 盗賊のローズが小馬鹿にしたように笑いながらいった。

 リオはローズの侮蔑を込めた笑いを気にも留めずベルフィから視線を外さなかった。

 そこへフェンデがおどおどしながらも駆けつけてきた。


「やめなさい、リオ!そんなの無理に決まっているでしょ!」

「フェンデ、今の僕じゃ無理なのは分かっているよ……。でも僕には、今の僕にはそれ以外思いつかないんだ。ここは僕の居場所じゃない」

「そんなこと……ここが嫌なら私の村へ来ればいいわ」

「なんで?」


 リオは無表情でフェンデを見た。


「な、なんでって……」

「フェンデは他人じゃないか」

「リオ……」


 フェンデの目の前に立っている少年は以前のおとなしかった、彼女の知っているリオではなかった。

 彼女が嫁いだ後で性格が変わったのか、今回の事件で変わったのか。おそらく後者であろう。

 以前の彼は自分の考えを口に出したりしなかった。

 親の言うことに従順だった。反抗しなかった。

 悪く言えば自分の考えを持たず言われた通りのことしかしなかった。

 そしてこんな冷たい言葉を口にした事はなかった。

 ベルフィが静かに口を開いた。


「ついてきたければ来るがいい」

「ありがとう」

「おい、ベルフィ!」


 カリスは考え直せという口調であった。


「まあ待て、カリス。リオだったな。ひとつ言っておく。俺達はおまえの子守をするつもりはない。使えないとわかったらそこがダンジョンの中だろうと置いて行く」

「うん。僕、強くなるよ」


 ウィンドの面々はやれやれという顔をしたが反対はしなかった。

 ベルフィが決めたことに従う。

 それがウィンドの唯一の掟であった。

 それに皆ベルフィがリオを仲間に入れた理由を理解もしていた。

 ベルフィもまた金色のガルザヘッサに大切な者を殺された復讐者のひとりだったのだ。

 こうしてリオのガルザヘッサを追い求める旅が始まった。



 リオの話を聞き終えて後、サラは神妙な面持ちで口を開いた。


「……そうだったのですか。辛い思いをしたのですね」

「そうだね。だから僕は金色のガルザヘッサを探すんだ。それが僕の運命なんだ」


 運命、という言葉にサラに少なからず動揺したが、リオは違う意味に捉えた。


「同情はいらないよ」

「……そうですか」

「そうだ。今度はサラのことを教えてよ」

「私のことですか?」

「うん」

「何が知りたいですか?私が神殿に入った理由ですか?」

「うん?いや、それはどうでもいいよ」

「ど、どうでもいい……?」


 サラはリオに自分の事に全く興味ないと言われたように思い、内心ひどく傷ついた。


「で、では何を知りたいのですか?」

「じゃあ、まずスリーサイズから」


 ばしっ。


 リオの頭が不意に下を向いた。

 サラに殴られたのだと気づく。


「僕なんで叩かれたのかな?」

「あ、すみません。つい体が反応してしまいました。でもあなたが失礼なことを聞くのが悪いんですよ」


 普段のサラであれば手を出す事はなかっただろう。だが、その前に自分の身の上を興味ないと切って捨てられたことが心の奥に深く残っており、それが怒りの閾値を下げていたのだ。


「あれ?おかしいな。ナックから女性に絶対に聞かないといけないことだって言われてたんだけど。あ、もしかして聞くのが遅かったのかな?ごめんね」

「変なことに謝らないでください!そんなわけないでしょう!そんな失礼なことを聞いてはいけません。私だからこの程度で済んだんです」

「そうなんだ。おかしいなあ。僕、聞き間違えたかな?」

「大丈夫です。今度会ったときに私からナックに確認しておきます」

「うん、じゃあ、よろしく」

「はい」


 にっこり笑って答えたサラの目は笑っていなかった。


「他に何か聞きたいことはありませんか?」

「もしかして鉄拳制裁のサラって君のこと?」

「なんです?よく聞こえませんでしたが?」


 普通の人であれば「これ以上聞くな」と言っていることに気づくはずであるが、リオはその言葉を素直に信じた。


「鉄拳制裁のサラって君のこと?」

「……違います」


 サラは内心ため息をつきながら否定する。

 これから冒険を共にするのだから本来ならどんな魔法が使えるのか、戦闘経験はどのくらいあるのか、など確認すべきことはたくさんあるはずだが、リオはまったく思い浮かばなかった。

 一方のサラはリオがやがて魔王になる、そのことが頭から離れなかったので自ら説明しようとは思わなかった。


「先程は殴ってしまって申し訳ありませんでした。痛くありませんでしたか?」

「ん?ああ、大丈夫だよ。僕は人より痛覚が鈍いらしいんだ」

「痛覚“も”ですか」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

「そう」


(感情が薄い、美的感覚もない、痛覚も鈍い……これは全て金色のガルザヘッサに家族を、村を滅ぼされたショックから来たのかしら?それとも元々?……この事はフェンデさん?に確認したいところね)


「サラ?」

「すみません、ちょっと疲れたようです。少し早いですが、もう寝ませんか?」

「うん」


 こうして二人旅の一日目は何事もなく終わった。


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