169話 偽リサヴィ現る! その2
明らかに女装とわかる大男、自称鉄拳制裁のサラがサラの前に立ち塞がる。
かつてリオが鉄拳制裁のサラは二メートルを超える巨漢だという噂を信じていたが、彼らも信じていたようだ。
「ざっく。もはや本物を真似しようする努力を完全に捨て去った姿を見て、怒るどころか逆にあっぱれと思うサラだった」
「思うかっ!てか変なナレーション入れるなっ!」
いつの間にか来ていたヴィヴィとサラとが言い合いをしているのを見て、自称鉄拳制裁のサラが怒りを露わにする。
「我をバカにするか!」
「あなたにだけは言われたくないわっ!」
サラは偽サラを改めて見る。
(彼は神官ですらないようね)
サラがそう感じたのは彼が神官服を着ていないからではなく、その構えがジュアス式格闘術ではなかったからだ。
サラは偽サラのなんの捻りもないただのパンチを難なくかわすとそのボディにきついのを一発お見舞いした。
うっ、一言唸り、腹を抱えるように倒れ込む偽サラ。
「く、くそっ。よくも鉄拳制裁のサラを!」
「まだ言うか」
サラが次の標的として自称リッキーキラーを睨む。
「お、お前、降参するなら今のうちだぞ!こっちには魔法の武器だってあるんだぞっ!」
そう言って自称リッキーキラーが魔装士を指差すが、その指がプルプル震えているし、声からも怯えているのが丸わかりであった。
「それで?」
「て、てめえ怖くねえのかっ!?」
「別に」
「例え、お前がガドターク並みの怪力……ひっ」
自称リッキーキラーはサラの冷たい視線を受けて言葉につまる。
「さっさと降参しなさい。そして騙していたことを謝り、償いとして飲み食い、宿泊込み込みで二倍にして支払いなさい」
「ふ、ふざけんな!おい!ヴィクトリー!武器を寄越せ!」
「ぐ、ぐふっ!任せろ!」
偽ヴィヴィがヴィクトリーと名乗っているところをみると、パーティ名の由来を知っているのかも知れないが、リオと同じくヴィヴィの名も知らないようであった。
ともかく、ヴィクトリーの右肩に装備されたリムーバルバインダーが分離すると戦士の所へ向かった。
しかし、その動きはとても遅く、フラフラして操作がぎこちない。
これなら本人が直接歩いて手渡した方が早い。
サラはカルハン製の魔装士だからと警戒し過ぎたと気づく。
(そうよね。ヴィヴィが特別だったんだわ。うっかりしてたわ)
サラはスタスタと魔装士に向かって歩いて近づいていくが、ヴィクトリーはまったく気づかない。
リムーバルバインダーを操作中に目を開けていると気持ち悪くなるため目を閉じていたのだ。
「あっ!てめっ、汚ねえぞ!逃げろヴィクトリー!ガドタークが向かってるぞ!」
「ぐふ?」
しかし、魔装士が何かする前にサラがその腹にパンチを一発打ち込むと、「ぐふっ」と呟いて倒れた。
リムーバルバインダーも魔装士の制御を離れその場に落下した。
「馬鹿野郎!役立たずが……ひっ!?」
自称リッキーキラーが魔装士に罵声を浴びせているうちにサラが直近にまで迫っていた。
「ちょ、ちょ待……ぐえっ!!」
サラは自称リッキーキラーの言葉を最後まで聞かずその顔を殴りつけ、一発で気絶させた。
こうして偽リサヴィはサラ一人によって討伐されたのだった。
武装解除された偽リサヴィが仁王立ちしたサラの前に正座で並ぶ。
「何故リサヴィを名乗ったのですか?」
「へへっ、その、路銀に困ってな、つい」
自称リッキーキラーの答えにサラが首を傾げる。
「それとリサヴィとなんの関係があるのですか?」
「リサヴィってよ、村では有名らしくってな。その名を出すと飯と寝床をタダで用意してくれたりするんだ」
「「……」」
「まあ、本当は女遊びもしたかったんだけどよ、一度要求したら怪しまれちまったからそれから控えるようにしたんだ」
その言葉を聞いて、サラは以前、どこかの村で村長が若い娘を用意していたのを思い出す。
「……あなた達でしたか」
「「「ひっ」」」
自称リッキーキラーがサラの怒りの形相を見て頭を地面に擦り付ける。
「「「すんませんっ!!」」」
「……あなた達本当に反省していますか?」
「も、もちろんだぜ!」
「はいっ」
「反省してますっ」
自称リッキーキラーが顔を上げると大きく頷き、それに続いて偽サラ、ヴィクトリーが何度も頷く。
「しかし……」
改めて偽リサヴィの面々を見る。
「魔装士はまだわかるとして、あなた達二人はよくその姿で騙せると思いましたね。いえ、実際に騙せたんでしたね……」
サラが偽サラを見て、信じられないと首を振る。
「それで、どうやって私がリサヴィにいると知りました?」
サラの質問に三人は首を傾げる。
「ざっく。そこの大男が鉄拳制裁のサラと名乗っていただろう」
「ああ、そのことか。なんかよ、ナナルの弟子の鉄拳制裁のサラって奴が旅に出たって聞いてよ。リサヴィにも同じ名前の奴がいると知ったからさ、有名人がいた方が騙しやすいかなっと思ったんだ。丁度こいつと鉄拳制裁のサラって体格が同じだから……って、あれ?」
そこまで言ってやっと自称リッキーキラーは自分が誰と話しているのか気づいた。
いや、気づいたのは彼だけではない。
偽リサヴィの三人が驚きの表情でサラを見る。
サラは頭を抱えながら念の為に確認する。
「……つまり丁度名前が同じだからという理由だけで名乗っていたと?」
「ざっく、体格も一緒と言ったぞ」
「黙りなさい」
サラは余計な一言を言ったヴィヴィを睨みつける。
自称リッキーキラーはまだ信じられないと言う表情で尋ねる。
「えっと……あんた、本当の本当に本物?本当にあんた、鉄拳制裁のサラ?」
「その二つ名で呼ぶな」
「「「ひっ!」」」
サラの人睨みで怯える偽リサヴィ。
「ざっく。サラはわかるとしてだ」
「全然わからないわよ!」
サラの抗議を無視してヴィヴィは話を続ける。
「ざっく。私の一番の疑問はお前だ」
ヴィヴィが自称リッキーキラーの顔を指差す。
「へ……?お、俺が何か?」
「ざっく。よくその顔で騙せると思ったな。サラはショタコンだ。その噂は聞いてなかったのか?」
「おいっこらヴィヴィ!誰がショタコンよ!誰が!」
「ざっく。話を逸らすな」
「元はといえばあなたが……って、まあいいわ。で、なんであなたは騙せると思ったのですか!」
サラが八当たり気味に自称リッキーキラーを睨み、答えを催促する。
「い、いや、もちろんショタコンの事は知ってたさ。だからいけると思ったんだ」
「は?」
サラが理解できない、という顔を自称リッキーキラーに向ける。
「いや、確かに俺は今年で三十五だ。だがよ、見た目より若く見えるだろ?ショタとは言わなくても十五くらいならいけると思ったんだ」
自称リッキーキラーはどこか誇らしげに言った。
「……ざっく。寝言は寝て言え」
「あなたは年齢通りです。いえ、四十でも十分通用します」
「ひっでっーな!勝ったからって、なんでも言っていいってわけじゃね……なんでもないです。はい」
自称リッキーキラーの反論は最初こそ勢いがあったものの、サラに睨まれ、最後は声が小さくなって消えた。
サラはため息をつく。
「どうやら本気でそう思っているようですね」
「ざっく。誰かに言われたのか?」
そう質問されて自称リッキーキラーはどこか誇らしげな顔をする。
「おうっ!ちょっと前に幼な馴染みと娼館で再会してな!」
「「……」」
「最初はお互い気まずかったんだが、こっちは金払ってんだ!やることしなきゃ損だろ!」
「「……」」
「でだ、色々盛り上がってるうちによ、昔話しだしてよ、実は俺の事好きだったっていいやがってよ!うひょー!そっからまた燃え上が……」
「そんなどうでもいい話はいいです」
サラの冷たい言葉に一気に興奮が冷める自称リッキーキラー。
「いや、でよ、そのときによっ、俺の顔が昔と変ってないって話になったんだ!」
「お世辞とは思わなかったのですか?」
「いや、全然。だってそう言われてよ、改めて鏡見たんだけどよ、確かに俺、全く昔と変わってねえんだよ。これが」
「「……」」
「納得してくれたか?」
サラはため息をつく。
「……それは元々老け顔で、ちょう年相応になっただけでしょう」
「なっ……なんて事言うんだ!言っていい事と悪いことがあるぞ!なっ!」
同意を求められた偽鉄拳制裁と魔装士は沈黙。
「お、おい、まさかお前ら……」
「「すまん!!」」
二人が頭を下げる。
「俺達も薄々そう思ってたんだけど、それで上手く騙せただろ?だからまあ、いいかって。なあ?」
偽サラの言葉に魔装士が頷く。
サラが再びため息をついた。
「ともかく、これからはリサヴィだと嘘をつくのはやめなさい。いいですね。ーー次はないです」
「「「はい……」」」
「あれ?そういえばリオはどこです?」
と、村人達に囲まれているリオの姿を見つけた。
村人達は手に手にリッキーを持っていた。
どうやら、サラが偽物の相手をしている間、リオは畑に忍び込んだリッキーを狩っていたようだ。
村人達がリオを絶賛する。
「流石本物は違いますね!見事な腕前でした!」
「そうなんだ」
「あの短剣をしゅっ、と投げてぶすっ、て一発で仕留める姿は流石リッキーキラーの名は伊達じゃないと思いましたよ!」
「おお!その通りだ!」
「本当に若いのにいい腕をしてるんだなあんた!」
「リッキーキラー様様だぜ!」
村人達は褒め言葉でリオの事を“リッキーキラー”と呼んでいるが、リッキーは弱い魔物なので冒険者からしてみれば蔑称にしか聞こえない。
しかし、当の本人は、
「そうなんだ」
と怒る事も訂正する事もなく聞き流していた。




