165話 強盗退治 その1
リオ達が冒険者ギルドに入ると一斉に視線が集まった。
「なんでしょう?」
「ざっく。冒険者が少ないのと関係あるのかもな」
ヴィヴィの言う通り、冒険者の数が少なかった。
今いる冒険者達は見た感じ駆け出しばかりのように見える。
皆の注目を浴びる中、リオただ一人何事もないかのように依頼掲示板へ一直線に向かう。
そこへギルド職員が走ってやって来た。
「君達のパーティ名は?ランクは!?」
ギルド職員の慌てようは只事ではない。
パーティを代表してサラが、
「パーティ名はリサヴィでみんなEランクです」
と答えると、ギルド職員は目に見えて失望した表情を見せる。
サラは「失礼ね」と思いながらも何が起こっているのか気になるので尋ねる。
「何かあったのですか?」
「ああ。実は強盗団が近くの村を襲い占拠しているのだ。既にいくつかのパーティがその村に向かっているが、その強盗団は“三本腕”らしいので今の戦力で大丈夫か不安なのだ」
「三本腕?」
「三本腕を知らないか。三本腕は冒険者崩れの強盗団だ。三人の頭がいることからその強盗団は三本腕と名乗っているらしい」
冒険者が落ちぶれて強盗になる事も少なくない。
大罪を犯した冒険者はギルド会員を除名されるが、それだけでなく、ギルドのメンツにも関わるので彼らに懸賞金をかけることがある。
フルモロ大迷宮に潜んでいたビットヴァイがいい例だ。
そしてこの三本腕も冒険者ギルドから懸賞金をかけられていた。
賞金首を狩るのに冒険者ランクの指定はない。
つまり、自己責任ではあるがFランクでも受けることが可能なのだ。
「ざっく。軍は動かないのか?」
ヴィヴィが当然の質問をする。
ギルド職員が苦しそうに答えた。
「それが……その村はレリティア王国とこのローラン公国の境、どちらの国にも属していない干渉地帯にあるのだ」
「だからどちらも動かないのですか」
「ああ。私達も依頼を受けているわけではない。冒険者ギルド独自の判断だ。私達は元冒険者の悪行を放ってはおけないのだ!」
「なるほど」
「……君達は腕に自信があるか?あるなら君達にも三本腕の討伐と村人の救出をお願いしたい」
ギルド職員は苦悩の表情で尋ねるが、リオは依頼掲示板を見たまま、ヴィヴィは興味を失ったようで反応はない。
仕方なくサラが答える。
「平均的なEランクよりは上だと思いますが、救出という依頼は受けた事がありませんので私達には厳しいかもしれません」
「……そうか」
ギルド職員が肩を落としてカウンターへ戻ろうとした時だった。
彼とすれ違いに彼の上司らしいギルド職員がサラ達のそばにやって来た。
その行動に驚いて帰ろうとしていたギルド職員が足を止めて振り返る。
先のギルド職員の上司、係長が何かを確認するかのようにリサヴィの面々を観察する。
「あの、まだ何か?」
そう言ったサラを係長はまっすぐ見て言った。
「君達が“あのリサヴィ”なら是非力を貸してもらいたい」
「係長、あの、それはどういうことです?」
サラより早くギルド職員が尋ねる。
「私も聞きたいです」
サラの頭に最初に浮かんだのは“リッキー退治専門家”という微妙な肩書きであったが、それで強盗退治が出来るとは思わないだろう。
(では考えられるのは金色のガルザヘッサ退治かフルモロ大迷宮のことかしら)
「君達はフルモロ大迷宮の不祥事を解決したパーティなのだろう?」
(そっちね)
「はい、そうです。しかし、先ほどもお話しましたが人質救出というのはやった事がありません。強盗退治だけならともかく……」
「それでも構わない。もし、ここで奴らを逃してしまったらまた被害が広がる」
「一応確認なのですが、今から向かって間に合うのですか?」
「ああ。間に合わなくても君達を束縛した時間分の報酬は出そう」
「どうしますか、リオ?」
「ん?」
「ざっく。強盗退治“だけ”だな?」
ヴィヴィの言葉に係長は期待を込めた目で言った。
「出来るだけ人質も救ってほしい」
「じゃあ無理」
そう答えたのは質問したヴィヴィではなく、リオだった。
「な、何!?」
「リオ!?」
サラは係長とは別の意味で驚いた。
リオが聞きもしないのに自ら意見を発するのは珍しい。
それほど人質救出が嫌だと言うことだ。
「人質の事を気にするなら他の人に頼んだ方がいいよ」
「ざっく。私もリオと同意見だ」
係長が最後の希望とばかりにサラを見た。
しかし、
「すみません」
苦悩の末、係長はその条件を飲んだ。
「……わかった。では強盗退治を優先で頼む。だが、可能な限り村人には被害を出さないようにしてくれ」
「わかりました」
返事をしたのはサラだけだった。
乗り気がしないリオをサラはなんとか説得し、その村に向かった。
ちなみにヴィヴィはリオが行くならついてくるだろうから説得しなかった。
来なくても構わないと思っていたが、リオが行くとなり思った通りヴィヴィもついて来た。
村に着くと先行した冒険者達と強盗団は睨み合って膠着状態となっていた。
あちこちで倒れた人がいるのを見ると少なくも一戦は交えたようだった。
強盗達は新たに現れたサラ達の姿に気づいたが、ランクが低いと思ったらしく、逃げ出す様子も警戒する様子も全くなかった。
よほど自分達の力に自信を持っているのだろう。
「ははははっ!!また来たのか!バカな奴らだ!武器を捨てろ!さもないとこいつらが死ぬことになるぞ!」
冒険者達の前に人質となった村人達がずらりと並べられていた。
既に、二、三人が倒れ、身動きしない。
すでにコト切れているのだろう。
リオは男の言葉に首を傾げる。
その仕草でサラはリオの次の行動を悟り、慌てて止めようとした。
が、間に合わなかった。
リオは言葉を発した、強盗団の頭に向かって走り出した。
その行動に強盗団の頭はかっと頭に血が上った。
「脅しだと思ったか!そいつを見せしめに殺せ!」
強盗団の頭に命令された手下が笑いながら人質を背中から斬りふせる。
小さな悲鳴を上げて村人が倒れた。
それを見た人質から悲鳴が上がる。
強盗団の頭は勝ち誇った顔でリオを見た。
「どうだ、これで本気だと……!?」
だが、リオは止まらなかった。
強盗団の頭はリオには脅しが通じない、とこのとき悟った。
「そのバカを殺せ!」
リオを狙って矢が放たれる。
しかし、空から降ってきた大きな棺のようなものが矢を弾く。
「なんだあれは!?」
言うまでもなく、ヴィヴィのリムーバルバインダーだ。
ヴィヴィは強盗達に気づかれないようにリムーバルバインダーを予め上空に待機させていたのだ。
強盗達がガキに舐められてたまるかと剣を抜いてリオに向かって殺到する。
しかし、そんな彼らをリオは難なく斬り捨てる。
元はCランク以上の冒険者達を一刀一殺の勢いで葬っていく。
強盗達はリオを甘く見た代償に自分の命を支払うのだった。
「お、お頭!あのガキ強いぜ!それにあの浮いた盾!あれが上手いこと俺達の攻撃を邪魔しやがる!」
「見りゃわかる!」
(確かにあのガキの強さは想定外だ。だが、真に厄介なのはガキの周りをウロチョロしやがるあの盾だ!魔装士ってのは荷物運ぶしか能がないんじゃなかったのか!?)
強盗団の頭は元Bランク冒険者だった。
クラスは戦士で登録していたが魔術士でもあった。
リオは目前まで迫っており、魔法を唱えている暇はなかった。
強盗団の頭は素早く周囲の状況を確認すると他の冒険者達はまだ躊躇してその場を動いていなかった。
「俺の剣であのガキを黙らせてやる。お前らはあの邪魔な盾をなんとかしろ!」
「「「へいっ!」」」
だが、強盗団の頭はその自信をすぐに打ち砕かれる事になる。
強盗団の頭はリオさえ殺せばまたこちらが有利になると考えていた。
魔装士の盾さえなければリオを余裕で殺せると思っていた。
しかし、リオと剣を交え、想像以上に強いとわかった時には剣を弾き飛ばされていた。
リオは強盗団の頭を生かして捕らえようとしたのではなく、剣を飛ばしたのはたまたまだった。
「ま、待て!アジトには俺の仲間がまだいるんだぞ!人質もな!俺が帰らなければそいつらは死ぬぞ!皆殺しだぞ!」
リオは剣を止めた。
強盗団の頭に言われたから、ではなく、サラの「待ちなさいリオ!」と呼ぶ声に応えたのだ。
だが、強盗団の頭は自分の脅しが効いたからだと勘違いした。
強盗団の頭が勝ち誇った顔で剣を拾う。
「動くなよ!貴様のせいで罪のない人間がまた死ぬぞ!さっきの奴のようにな!」
リオは強盗の言葉に首を傾げる。
「さっきもそんな事を言ってたけど、バカ?」
「な、なんだと!」
「殺せと命じたのはお前だ。お前が殺させたんだ。僕は関係ない」
リオは迷いなくキッパリと言い切った。
その表情を見て強盗団の頭はリオが強がりでもなく本心から言っていると悟る。
「な、何を言ってる!お前こそバカだろ!お前が俺の言うことを聞けば死なずに済んだんだ!」
強盗団の頭の叫びにリオは再び首を傾げた。
「やっぱりバカだ」
「なんだとっ!?」
「なんで僕がお前の言うことを聞かないといけないんだ?」
「……へ?」
「僕はお前の仲間じゃない、お前の言う事に同意もしてない。従う理由など全くない」
「ふ、ふざけるな!」
リオは再び首を少し傾げ、隣に浮いていたリムーバルバインダーに声をかける。
「ねえ、ヴィヴィ。僕、ふざけてるかな?」
『ざっく。お前は正しい』
「だよね」
リオがリムーバルバインダーを通して聞こえたヴィヴィの声に頷く。
その隙をついて強盗団の頭がリオに斬りかかってきたが、リオはその攻撃を難なく避け、強盗団の頭の剣を持った腕ごと切り落とす。
「ぐああっ!」
更に返す刀でもう片方の腕も斬り落とした。
「あああああっ!」
強盗団の頭は跪き、苦痛に歪みながらも呪文を唱え始める。
「なんの呪文だろう?」
『ざっく。再生呪文だな』
ぼそりと呟いたリオの言葉にヴィヴィが答える。
「そうなんだ」
リオは強盗団の頭に止めを刺さず、強盗団の頭が呪文を詠唱するのをじっと見ていた。
強盗団の頭は鋼の精神力で苦痛に耐えながら呪文を完成させた。
「リプロダ!」
リプロダは回復魔法の一つで失った部位を再生することができる強力な魔法だった。
ただし、再生するといっても欠損してから時間が経ち過ぎると効果はない。
今回は傷を負ってすぐ使ったので両腕は再生するはずであった。
だが、再生するどころか、傷が塞がることもなかった。
「な、何故だ……何故再生しないっ?!じゅ、呪文を間違え……たの、か……」
強盗団の頭は出血多量で朦朧とし、死が迫る中で自問自答する。
リオは何も答えず、その様子をじっと観察していた。




