16話 歌う橋
リオとサラは冒険者ギルドで紹介された宿屋へ向かった。
宿屋の名前は“歌う橋”。
なんでそんな意味不明な名前なのかはともかく、見た目は悪くない。
宿屋の一階は酒場となっており、中に入ると仕事を終えたこの街の住人や一目で冒険者とわかる者達がおり、すでに酒を飲んでる者もいた。
彼らの視線を浴びながら奥に進むと年配の女性がやってきた。この宿の主人のおかみさんだろう。
「食事かい?それとも宿泊かい?」
おかみさんはフードを深く被った神官姿のサラと駆け出し冒険者とわかるリオの変わった組み合わせに興味深々の表情を隠さない。
「宿泊です。部屋は空いていますか?」
「ああ、空いてるけど……ちょっとごめんよ」
そう言って、宿屋のおかみさんは屈み込み下からサラの顔を覗き込んだ。
おかみさんとサラの目があった。
「……なるほどね」
おかみさんはサラが顔を隠している理由を察したようだ。
「雑居部屋と個室どっちも空いてるよ。一緒に泊まりたいなら今なら雑居部屋を貸切に出来るよ。ただし、一番小さい部屋でも四人部屋だからね。代金は四人分貰うよ。どうするね?」
「そうですね……」
(個室は問題外ね。リオを一人にするなんてできないわ。となると雑居部屋だけど、この街はあまり治安が良くないようだし、知らない者との同室は避けた方がいいかしら……)
「一応言っとくけど、部屋で“男女の問題”が起きても責任取れないからね」
(つまり、“ここでも”そういう問題が起きた事がある、ということね。まあ、珍しくはないけど)
そう、これはフィルに限った事ではなく、宿屋ではそういう揉め事が少なくないと冒険者から聞いたことがあった。
そういう話が広がって冒険者は貞操観念が低いという話になっていくのだろう。
「あんたらなら貸切の方が安心して寝れるんじゃないか?いや、ヤレるんじゃないかい?」
とリオをチラリと見て意味ありげな笑みを浮かべるおかみさん。
「……何を言ってるのかわかりませんが、そういうのではありません」
「そうかいそうかい」
どうやらサラの言うことを信じてはいないようであった。
「で、どうするね?」
「貸切はいくらですか?」
「一泊銀貨二枚。前払いだよ」
「食事はつきますか?」
「朝飯はつくよ。ただし、寝坊するとないからね」
「わかりましたーーリオ」
「うん?」
「銀貨一枚です」
「わかった」
リオは懐から財布を取り出し、銀貨一枚をサラに渡す。
サラは自分の銀貨一枚を加え、二枚をおかみさんに渡した。
「ちょっと待ってな」
そう言って、奥に入り、戻って来ると鍵をサラに渡した。
「部屋は三階だ。ほら、そこの階段を上がって奥から二番目の部屋さ」
「ありがとうございます」
サラとリオが階段に向かう途中でおかみさんが声をかけて来た。
「あとね、ベッド汚したら追加料金もうらうからね!」
サラは立ち止まり、おかみさんを睨みつけるが、おかみさんはにやにや笑っていた。
このときになってサラはおかみさんが自分をからかっているのだとを気づいた。
(なんて神経の図太い。ーーいえ、そうでなければ冒険者相手に商売は出来ないのかもしれないわね)
サラ達が借りた部屋は二段ベッドがドアと奥の窓を挟んで両側に置かれていた。
窓のすぐ下には机と椅子が置かれている。どれも年季が入っているが、良く手入れされており、清潔感はあった。
「なんか狭いね」
リオがぼそりと呟いた。
「そうですね。二人部屋にベッドを追加して無理やり四人部屋にしたのかもしれないですね」
サラの予想通り、おかみさんは冒険者は寝るだけだろうとコスト削減を行なったのだった。
「あ、そうだ」
リオが何かを思い出したように呟いた。
「なんです?」
「部屋は一緒でよかったのかな?普通、男女は分けるものじゃなかったかな?」
リオが常識的な事を口にしたのでサラは驚いた。
「サラ?」
「あ、そうですね。でも今は一緒の方が行動するのに都合がいいでしょう」
「じゃあ、貸切じゃなくてもよかったんじゃないの?」
「ここがムルトのように治安がよければそれもありですが、この街はあまり治安が良くないようです。どんな人と一緒になるかわからないのですよ。例えば、その者が泥棒だったら困るでしょ?」
「ああ、そうだね」
「ところで、今まであなたのパーティはどうしていたのですか?ローズさん、でしたか。彼女だけ別室だったのですか?」
「パーティで一部屋借りてたよ。ローズも一緒だよ。ローズは強いから襲われても大丈夫なんだって。あれ?誰に襲われるんだろう?僕達しかいないのに」
サラは小さなため息をついた。
「……私にはわかりませんが、私も強いですから大丈夫です」
「そうなんだ」
サラはリオが全く意味を理解出来ていない事に腹が立ってきた。
「ん?どうかしたの?」
「……なんでもありません」
リオとサラは一階の酒場で夕食をとり、早々に部屋に戻った。
一階でポットを湯呑みを借りた。ポットから茶を湯飲みに注ぎ、それを二人で飲みながらサラはリオに話しかけた。
「リオ、少しいいですか?」
「うん?」
「あなたの事を聞かせてもらえませんか?」
本当はもっと早く聞きたかったのだが、パーティに入ってからでなければあれこれ聞くのは不自然だろうと自重していたのだ。
だが、リオの性格を知るに連れ、それは杞憂であるとわかった。
「僕の事?」
「はい。何故冒険者になったのですか?」
「それしか思い浮かばなかったから、かな?」
「それはどういうことですか?」
「僕の村は魔物に滅ぼされたんだ。僕一人を残して」
「え……?」
「金色のガルザヘッサ、って知ってる?それが僕の村を滅ぼした魔物らしいんだ」
「!!」
サラはその魔物の名前を知っていた。
その魔物によっていくつもの村が滅ぼされたという話を聞いた。
この魔物は狡猾で知恵も働くらしく、討伐隊が何度も組織されたが、尽く逃げられるか、返り討ちにされたりして未だに退治されていない。
サラがこの魔物の事を知っていた理由はもう一つあった。
ナナルから依頼されたものの中に金色のガルザヘッサの調査が含まれていたのだ。