156話 猛毒のビットヴァイ その1
Bランクの戦士のマリナはひとり地下十三階層を歩いていた。
彼女はこのフルモロ大迷宮で行方不明になったパーティを探しに彼女のパーティと共にやって来たのだが、地下十三階層で魔物の奇襲を受け、パーティから孤立したのだ。
地下八階層にいたゴロツキ達は自分達よりランクの高いマリナのパーティには手を出さなかった。
しかし、このフルモロ大迷宮にはあのゴロツキ達以上に厄介な者が潜んでいた。
その男の名をビットヴァイという。
この男はCランクの魔術士だったが、頭がイカれており、人を攫って来ては人体実験を繰り返していた。
だが、その悪行をいつまでも隠し通せるわけもなく、ある時、攫った者が逃げ出してその悪行が発覚した。
彼は魔術士ギルドと冒険者ギルドを追放された上、懸賞金をかけられることになった。
懸賞金目当ての冒険者達に追われる日々に嫌気が差していたビットヴァイだが、ある人物の手引きでフルモロ大迷宮に忍び込むことに成功した。
その人物は地下八階層にある秘密部屋と同様のものが地下十三階層にある事を知っておりビットヴァイに教えていた。
こうしてビットヴァイはこの秘密部屋にこもり人体実験を再開した。
仲間を探すマリナの前にビットヴァイが現れた。
ビットヴァイは冒険者ギルドでは魔術士として登録されていたが、剣術にも自信があり、今のビットヴァイは戦士の格好をしていた。
マリナはビットヴァイをどこかで見た気がするが思い出せなかった。
だが、少なくとも善人ではない。
それだけは長年の経験から察していた。
「貴様、何者だ?」
「俺様のこと知らねえか。そいつはちょっと寂しいな」
「お前が悪党であることだけはわかる」
「酷え言いようだな。ま、懸賞金かけられてるから否定はできねえけどよお」
マリナがビットヴァイに向かって剣を構える。
「おいおい気が早えな。ちなみによ、俺様はCランク冒険者なんだが、あんたのランクは?」
正しくは元Cランク冒険者だが、マリナは懸賞金をかけられている時点で理解していた。
「Bだ。それがなんだと言うのだ?」
「ほう。それじゃあんた、見かけによらずタフなんだろうな。俺様の実験台に丁度いいぜ」
「実験台だと?……そうか!貴様、ビットヴァイか!?」
「ビットヴァイ〜?知らね〜なあ〜」
ビットヴァイが人を馬鹿にしたような口調でそう言うと笑みを浮かべる。
「まあ、ちょっと残念なのはあんたが美人だって事だな。俺様の実験で潰しちまうのはちょっと勿体ねえ。そこでだ、俺と楽しんでから実験台にならねえか?こんなところに閉じこもっているとよ、娼婦も呼べねえんだ」
「ふざけるな!」
「そう、かいっ」
それが戦いの合図になった。
ビットヴァイの剣の腕は並のCランク冒険者よりは上だがマリナには及ばい。
マリナの攻撃にによってビットヴァイの体は傷を増やしていく。
しかし、劣勢なはずのビットヴァイはどこか余裕だった。
それがマリナは気になった。
マリナの体に突然異変が起きた。
手足が痺れ出したのだ。
力が入らず、ちょっとでも気を抜けば剣を落としてしまいそうだった。
「……効いて来たようだな」
「ぐはっ」
マリナは血を吐いた。
「な……?」
「知りたいか?知りたいだろう!教えてやるよ!俺様の血を浴びたからだ!」
「血……に毒?」
「そうだ。俺様の血は毒なのだ!」
マリナはビットヴァイから距離を取ると懐から毒消しのポーションを取り出し、一気に飲み干した。
ビットヴァイはマリナが見せたその隙に攻撃を仕掛けることはなかった。
笑みを浮かべたままその場から動かず、じっとマリナの様子を観察していた。
(なんだあの余裕……!?)
マリナは再び血を吐いた。
身体中を激痛が襲い始める。
「な、……何故!?」
「はははは!俺様の毒がそんなもので無効化されるかよ!神聖魔法だって効かねえんだからな!」
(神聖魔法も効かない?そんなバカな!)
神官ではないマリナにビットヴァイの言うことが本当か確かめる術はない。
だが、さっき飲んだ毒消しが効かなかった事だけは確かだった。
激痛と痺れで思うように体が動かないマリナにビットヴァイは近づくと残虐な笑みを浮かべならがらいたぶるように攻める。
完全に攻守が逆転した。
「ほうらよっ、とっ」
ビットヴァイの斬撃でマリナの右腕が剣ごと宙を舞った。
マリナはその場に崩れ落ちるように倒れた。
毒が全身に回り、全身を激痛が襲い、右腕を失った痛みはわからなかった。
「俺様の毒はすぐに死ぬもんじゃねえ。ゆっくり全身に回るんだ。じゃあ、続きは俺様の研究室でやろうか。だが、俺様は体力に自信がねえから軽くするぜ……!!」
ビットヴァイが舌なめずりをしながらマリナの服に手をかけようとしたところで動きを止めた。
近づいて来る者の気配に気づいたのだ。
現れたのはリオだった。
「おや?お前、弱そうなのによくここまで来れたな。見た目より強いのか?」
リオに貫禄など全くないのでビットヴァイも例に漏れずリオを駆け出し冒険者だと思った。
リオは何も答えない。
「ま、いいか。ほら、早く助けないとこいつは毒で死ぬぞ。いや出血死のほうが早いかもな!」
リオはチラリとマリナに視線を向け、すぐにビットヴァイに戻す。
そして、
「そうなんだ」
とだけ言った。
(なんだこいつ?)
ビットヴァイはリオの反応に違和感を覚える。
だが、すぐにリオがマリナのパーティの一員ではないのだと結論づけた。
(まあいい。この女が出血で死ぬにしても毒が回って死ぬにしてもまだ時間はある。この“材料”と遊んでやるか)
ビットヴァイは新たな獲物に舌舐めずりをしながらゆっくりと近づく。
それが、死への歩みとも知らずに。




