155話 奈落
すぐに降参して生き残ったゴロツキ二人はリサヴィに囲まれて震えていた。
「た、頼む!助けてくれ!」
「お、俺達はリーダーに命令されて仕方なくやったんだ!」
サラに彼らを同情する気持ちは皆無だった。
尊敬するナナルの栄光に泥を塗った奴らである。
ゴロツキの命乞いを聞き流し問い正す。
「迷宮のどこかにあなた達のアジトがあるのでしょう?」
「え、いや、その……ぐあっ!!」
言い淀むゴロツキの足にヴィヴィがリムーバルバインダーを落とし、その足を砕いた。
ヴィヴィがもう一人の生き残りを見た。
「ざっく。お前はどうだ?」
「言う!言うから助けてくれ!」
サラがゴロツキを尋問している時、リオは足を砕かれて蹲っているゴロツキをじっと見ていた。
「痛いよぉ!痛いよ!た、頼む!助けてくれ!なっ!」
足を砕かれたゴロツキが喚きながらリオに助けを求めるが、リオは首を傾げるのみ。
「リオ、うるさいのでそれを黙らせて」
「わかった」
リオは短剣を抜き、そのゴロツキの首に当てるとスッと動かして喉を斬り裂いた。
サラは言葉通りの意味で言ったのだが、リオは「殺せ」と言われたと解釈したようだった。
「リオ!?あなたっ……」
「ん?違った?」
リオは表情を変える事なく首を傾げる。
「ざっく。問題ない」
「ならよかった」
足を砕かれたゴロツキは首を押さえながらもがき苦しみながら死んだ。
サラは人殺しをした事がないはずのリオがあまりにも簡単に人の命を奪い、平然としている姿に恐怖を覚えたが表情に出すことはなく、問うのは後回しにする。
最後の一人になったゴロツキが恥も外聞もなく泣き叫ぶ。
「ひ、ひいいっ、た、頼む!頼みますっ!命だけは助けてください!なんでも言うことを聞きますから!」
「静かにしなさい。あなたもああなりたいですか?」
サラの脅しは効果的面でゴロツキは自分の手で口を塞ぎ、コクコクと激しく頷く。
「ではアジトへ案内しなさい。その間にあなた達がやった悪事を全て話しなさい」
「わかった。わかったから殺さないでください!ひっ、そ、そいつを近づけないでくれ!」
三人の中でリオが一番殺した数が少ない。
にもかかわらず、ゴロツキはリオを異様に恐れていた。
ゴロツキ達のアジトは階段へ向かう最短経路から離れており、探索完了層ということもあり、人が滅多に通らない場所であった。
しかも入口は巧妙に隠されており、入るためにはカラクリの操作が必要であった。
このアジトは彼らが作ったのではなく、彼らの一人がこの隠し部屋を偶然発見し、利用したのだった。
アジトには今まで冒険者達から奪った金品の他に乱暴目的で連れ込んだ女冒険者が二人囚われていた。
サラ達が到着した時、ゴロツキ三人が留守番をしており、まさに彼女達を襲っている真っ最中だった。
それを見たサラ達はゴロツキどもを容赦なく打ち倒した。
囚われていた女冒険者達は最初、死んだ目をしていたが、サラが「助けに来ました」と言うと、感情が蘇り、泣いて喜んだ。
そして徐々に彼女らの心に憎悪が湧き上がり、まだ息のあった、自分達を乱暴していた男達を睨みつけると彼らが落とした武器を拾い滅多刺しにして殺した。
彼女らはゴロツキ達が動かなくなってもしばらく刺すのをやめなかった。
そして、最後の一人、サラ達がこのアジトへ案内させたゴロツキに目を向ける。
「ま、待て!仕方なかったんだ!わかってくれるよな?同じパーティ仲間じゃないか!」
そう、そのゴロツキと女冒険者の一人は同じパーティだった。
どういう経緯でか、男は同じパーティだった彼女を見捨てゴロツキどもの仲間になっていたのだった。
「……そうね」
そう言ってかつてその男のパーティ仲間だった女冒険者がゴロツキに近づくと、男の顔に手にした短剣を突き刺した。
男悲は鳴を上げて顔を押さえる。
「だから一番許せないんじゃない!この裏切り者が!」
更に女冒険者が短剣を突き刺そうとしたが男が逃げ出す。
だが、そこにもう一人の女冒険者が回り込み、手にした短剣を男の腹に突き刺した。
その場に倒れた男を二人は滅多刺しにする。
サラとヴィヴィは同じ女性として彼女らの気持ちがわかったのでその行為を止められなかった。
リオは全く興味がないようでその目はアジトの中に向けられていた。
サラは女冒険者達に神聖魔法“リフレッシュ”をかけて体を綺麗にした。
そして着替えを終える頃には彼女達は少し落ち着きを取り戻した。
アジトの壁には直径一メートルくらいの穴がぽっかりと空いていた。
奇妙に思ったサラが女冒険者達に話を聞くと、その穴はずっと下まで続いており、どの階にまで通じているのかゴロツキ達も知らないらしいとの事だった。
ゴロツキ達はこの穴の事を“奈落”と呼び、殺した冒険者や不要なものを捨てて証拠を隠滅していた。
サラが奈落を覗いてみると上にも続いており、彼女達が言った通り、どちらもどこまで続いているかわからなかった。
サラ達がアジトを調べているとゴロツキ達とグルだった兵士達が様子を見にやって来た。
捕らえたであろうサラに乱暴出来るとウキウキ気分でやって来た彼らだったが、ゴロツキ達が全滅したと知ると、サラ達に今回の件を黙っていないと“善良な冒険者”を殺した罪で逮捕するぞ、と脅して来た。
しかし、これは明らかに愚策であった。
彼らは公国兵である自分達に手を出すはずがないと高を括っていたが、彼らの考えに従う理由はリサヴィにはない。
脅しをかけてきたリーダー格の兵士の頭をヴィヴィのリムーバルバインダーが吹き飛ばした。
千切れた頭が壁にぶつかり、ぼてっと地に落ち、頭を失った体がゆっくりと倒れる。
ヴィヴィが微かに首を傾げた。
「ざっく。軽く頬をはたくつもりだったが、なかなか微調整が難しいな」
「そうなんだ。でもまだ“練習台”はあるよ」
「ざっくざっく」
ヴィヴィとリオの会話を耳にして兵士達は皆、顔を真っ青にして降伏した。
ゴロツキとはいえ、Cランク以上の力を持つ者達を全滅させるほどの実力をもつサラ達だ。
公国の権力も通用しないと知った今、もはや彼らにサラ達に対抗する手段は何も持っていなかったのである。
女冒険者達はこの兵士達も殺そうとしたが、それをサラは止めた。
サラは感情に任せてゴロツキ達を全員殺した事を少し後悔していたのだ。
彼らが行った犯罪の数々の証人になってもらなければならないと彼女らを説得したのだった。
武装解除した兵士の一人は監禁していた女冒険者の一人にベタ惚れだった。
今まで自分のして来た事を棚に上げてその女冒険者に助けを求める。
「俺は他の奴らと違って優しく抱いてやっただろ!な?だから俺は見逃してくれよっ」
「ざけんな!」
女冒険者はその言葉に再び頭に血が上り、その兵士に斬りかかる。
女冒険者はその兵士が武装解除していたので完全に油断していた。
その兵士の腕は中々のものでその攻撃を回避すると女冒険者に抱きついた。
「離せ!このゲス野郎!」
「し、死ぬ時は、お前と一緒だっー!」
女冒険者に背中を刺されながらもその兵士は女冒険者を離すことなく奈落へ向かって突進する。
「は、離せー!」
「ず、ずっと一緒だ!ずっとー!」
「リオ!彼女を助けて!」
その時、リオは奈落を覗いていた。
サラの言葉を受け、リオは向かってくる兵士の片腕を切り落とし、女冒険者の腕を掴んで兵士から引き離す。
しかし、これで終わりではなかった。
リオのいた場所は足場が悪く、その行動でバランスを崩した。
兵士は片腕を失いながらもすごい執念で残った腕でリオに抱きついて来た。
「じゃ、邪魔しやがって!テメエを道連れだー!」
「ん?」
その兵士はリオもろとも奈落に飛び込んだ。
「リオっ!?」
「ざっく!?」
リオは掴んできた兵士のもう片方の腕を剣で斬り落とし、真下へ蹴り落とす。
兵士は何か喚きながら落ちていき、その姿はすぐに闇の中に消えた。
リオは慌てる事なく短剣を抜くと壁に突き刺して落下を止める。
(どれくらい落ちたのかな?)
リオは片手で短剣を握りしめながら見上げるがどこから落ちて来たのかよくわからなかった。
上から誰かの叫び声がする気がするが、正確な位置はわからない。
今度は下を見るがやはり底は見えない。
周囲をよく見ると数メートル下の壁から微かに光が漏れている箇所があった。
(あそこの壁は薄いのかな)
リオは元の部屋に戻るのを諦め、その光が漏れている場所まで壁に短剣を刺して支えにしながら慎重に降りていった。
そして光が漏れている壁付近まで降りるとその壁を思いっきり蹴る。
すると壁があっけなく崩れた。
何度か蹴るとリオが通り抜けられる程度の大きさの穴が出来た。
広げた穴の向こう側が通路になっていた。
見える範囲に魔物がいない事を確認するとその穴を通って通路に降りた。
素早く周囲を警戒するが敵の気配はない。
「さて、ここは何階なんだろう?ーー!?」
リオは背後から誰かに呼ばれた気がして振り返るが、誰もおらず、リオが通ってきた穴が壁に空いているだけだった。
リオは穴を覗き込む。
しかし、何も聞こえなかった。
「まあいいか」
リオはそう呟くと一人になった事に全く不安を感じさせず通路を歩き始めた。
一方、サラ達はすぐにリオを助けに行けなかった。
一度は降伏した兵士達だが、リオが落下したのをみて逃走を図ったからだ。
サラ達が生きて捕らえる事が出来たのは一人だけだった。
残りは女冒険者達がまたも暴走して殺してしまったからだ。




