153話 フェラン製魔装具
ロックに案内された場所は倉庫で先ほどの模擬戦で使われたもの以外にもいくつか展示されていた。
ヴィヴィの後について魔装具を見て回る中でリオがふと思い出したかのように、
「ねえヴィヴィ。僕も魔装具扱えるかな?」
と尋ねてきた。
その質問に答えたのはロックだった。
「リオさんは今までに魔法を学んだ事はありますか?」
「ん?ないかな」
「では、残念ながら難しいでしょう。魔装具を身につければ誰でも魔装士になれるわけではありません。最低でも魔力をコントロールする能力が必要なのです。ただ、リムーバルバインダーを操作せず、荷物を運ぶだけ、というのでしたら魔法を学んでいなくても魔力さえそこそこあれば可能ですが、私はアレを魔装士とは認めていません」
「そうなんだ。ヴィヴィのようにリムーバルバインダーを操作できないならいいや」
リオはあっさり諦めた。
ヴィヴィにはロックとは異なる意見があったが、むやみに人に話してはいいものではないため黙っていた。
「ではどれから試してみますか?」
「ざっく。いくつも試していいのか?」
「はい。その代わり扱いは十分注意して下さい。あと、何でもいいですので感想をお願いします」
「ざっく。私は世辞は言わんぞ」
「もちろんです。そうでなくてはお願いした意味がありません」
「ざっく。そうか」
「私のお勧めはこの最新型です。先ほど模擬戦で見ていただいたかと思いますが、これは従来型より反応速度が十パーセント以上向上しております」
と先程の槍を標準装備した魔装具を薦める。
「ざっく。私は槍は扱えないが、一応試させてもらおう」
「はい、どうぞ」
ヴィヴィは最新型を装備してしばらくリムーバルバインダーの動きを確認していたが、少し首を傾げたのち、従来型に魔装具を変更した。
模擬戦で最新型と対戦したものと同じ装備で、両肩にリムーバルバインダーを装備するものだ。
ヴィヴィは、先程と同様にリムーバルバインダーをパージし、上昇させたり、前後左右に移動させたりする。その動きは最新型に比べると少しぎこちないが、模擬戦で操作していた者と比べれば段違いだった。
その様子を見てロックが絶賛する。
「ヴィヴィさん!すごいです!二つを同時に操る技術はうちで雇っている誰よりも上手です!それに私が今まで見た中で一番なめらかな動きをしています!」
ヴィヴィはロックの手放しの賞賛に浮かれることなく、リムーバルバインダーを両肩に戻した。
仮面の下部が動き口許が露わになる。
「うむ。イマイチだな」
「ええっ?アレでですか!?」
ロックは本気で驚いており、先程の褒め言葉はお世辞ではなかったようだ。
「うむ。この従来型は言うまでもないが、最新型でも動き始めがワンテンポは遅いな」
「そうですか?フェランの技術者からはカルハン製を超えたとお聞きしていたのですが」
「それは嘘だな」
「え?いや、しかし、そう聞いております」
ヴィヴィに断言され、ロックは初めてちょっと口籠った。
「模擬戦を見ていた時に感じていたことだが、実際に操作して確信した」
「な、何をでしょうか?」
「最新型というが、従来型と反応速度は大して変わっていない」
「そんなはずはないです。見るからに動きがよくなっていたじゃないですか」
「それはリムーバルバインダーを小型にして軽量化させたからだ。魔装着にしても同様だ」
「!!」
「そしてリムーバルバインダーを一つにした事だが、確かに攻撃を上げる目的もあっただろうが、本当はリムーバルバインダーを二つ同時に操作すると互いに干渉して制御が甘くなる不具合が解決できないからオミットしたのだろう」
「……」
ロックの表情が消えていた。
ヴィヴィが指摘した事を最初から知っていたのか、技術者に騙された事を今知ったのか、あるいはヴィヴィの言う事を信じていないのか判断はつかない。
「私に言わせればこれは真の新型ではない。従来型の機能を削り落として使いやすくしただけだ。少なくとも技術は従来型と何一つ変わっていない」
「……なるほど。率直なご意見ありがとうございます」
ロックは頬をぴくぴく振るわせながらも笑顔を作りそう言った。
更にヴィヴィの指摘は続く。
「うむ。そして、」
「まだあるのですか!?」
ロックが笑顔をひくつかせながら尋ねる。
「ああ。一番の問題は、ここだ」
そう言ってヴィヴィは自分の口許を指差す。
「この機能はいらん。何故防御力を下げるような事をする?」
ヴィヴィの指摘がロックにとっては致命的なものではないとわかり、ホッとした表情をする。
「いえ、それはですね、カルハン製の魔装具は、話す時に独特の口癖が出ますよね。あれ結構不評なんです。どもって聞こえ難いという意見もございます。そのご不満に応えて開閉機能を追加したのですが」
「……私は必要ない」
「僕もあの口癖がないと物足りないかな」
リオとヴィヴィが頷き合う。
「そ、そうですか。ああ、そいうえばカルハンで現在開発中のものもまた口癖があるらしいですね」
「あ、それ、あの重装魔装士ってやつかな?スカート付きの」
「ええ!?リオさん、でしたか!?見たのですか!?カルハン製の新型を!?開発は終了していたのですか!?」
ロックが物凄い勢いで迫ってきたのでリオが後退る。
「ロックさんロックさん」
サラが注意するとロックは我に返った。
「はっ!?す、済みません、つい」
「私達が見たものがロックさんのいう新型かはわかりませんが、興味があるようでしたら実際に見てきてはどうですか?」
「見て、と言われましても……そういえばあなた方はどこで見たのですか?」
「ヘイダイン三世号というカルハンの観光船の中です」
「ヘイダイン三世号、ですか。わかりました。情報提供ありがとうございます」
「うむ。話が逸れたが、私の感想は以上だ。好き勝手言って済まなかったな」
「とんでもございません!そういう生のご意見は貴重です。ヴィヴィさんのご指摘はすぐにでも技術者に伝え、今後の参考にさせていただきます。貴重なご意見ありがとうございます」
「うむ。ところで、このリムーバルバインダー、マウント部がカルハン製のものと同じ形状に見えるが、カルハン製の魔装着にも接続出来るのか?」
「はい。その通りです。フェラン製はカルハン製との互換性も考慮しておりますので、フェラン製のリムーバルバインダーをカルハン製の魔装具と組み合わせて使用することも可能です。ただ、調整はフェラン製でのみ行っておりますので、カルハン製との組み合わせで使用した場合、本来の性能を発揮出来るかは保証できません」
「うむ。相談なのだが、私の魔装具とこのリムーバルバインダーの組み合わせで動作を確認させてもらえないか?」
「それは構いません。私も大変興味がございますので。ただ……」
「なんだ?」
「私の記憶では第一世代の仮面はリムーバルバインダーの制御が出来なかったと記憶しております。もちろん、リムーバルバインダーを固定の盾や物入れとして使用する分には問題ありませんが」
「うむ。お前の言う通りだな。だが、試してみたい」
「はい、それでもよろしければどうぞ」
ヴィヴィは自分の魔装具に着替えると両肩にフェラン製のリムーバルバインダーをマウントした。
ロックのいうように規格は合っており、接続自体は問題なくできた。
「ざっく……」
ヴィヴィはしばらくじっとしていた。
「 ヴィヴィ、どうしたの?」
「……ざっく。このリムーバルバインダーを仮面で出来るように設定している」
「そうなんだ」
そしてしばらくして ヴィヴィが歩きだした。
ジャンプしたり簡単な動きをするが、リムーバルバインダーが外れて落ちる事はなかった。
ヴィヴィは立ち止まり、リムーバルバインダーをパージした。
リムーバルバインダーは落下することなく、宙に浮いたままゆっくりと空中を移動し始めた。
その様子を見てロックが驚愕の表情を見せる。
「え!?そんな馬鹿な!?第一世代の仮面でリムーバルバインダーを操作している!?ヴィヴィさん!これは一体!?」
「ざっく。この仮面は第一世代後期型だ」
「第一世代後期、ですか?」
「ざっく。これは第二世代の機能を搭載した試作機の仮面なのだ。だから見た目は第一世代だが、中身は第二世代と同等の機能にバージョンアップされている」
「そうなんですね!知りませんでした!そんなものがあったなんて!」
「ざっく。実は私も実際に動作させるまで確信を持てなかったのだがな」
その後しばらくの間、ヴィヴィはカルハン製の魔装具とフェラン製リムーバルバインダーの組み合わせで動作を確認した。
「ざっく。この組み合わせが一番いいな」
「確かに。残念ですが認めざるを得ませんね」
「ざっく。このリムーバルバインダーだけ購入することはできるか?」
「はい。可能でございます」
「ざっく。では貰おう。まさかこんなところでリムーバルバインダーの補充が出来ると思わなかったから助かった」
「いえ、こちらこそ、大変勉強させて頂きました」
この後、ヴィヴィはロックにサイゼン商会専属の魔装士にならないかと熱心にスカウトされたが断った。
「これで元通りだね」
「ざっく。これはあくまでも一時凌ぎだ」
「そうなんだ」
「ざっく。仮面はリムーバルバインダーを制御できるものの第一世代。魔装着は第二世代。そしてリムーバルバインダーはフェラン製と世代どころかメーカーも違う。これでは以前と同じような精密操作は難しい」
「今のヴィヴィは前より弱いってこと?」
「ざっく。不本意ながらその通りだ。どこかでカルハン製で一式揃え直したいものだ」
「そうなんだ。ここから先に大きな街はないかな?」
「ここからですとレリティア王国の王都セユウが一番大きいですね」
「そうなんだ。ヴィヴィ、そこでいいかな?」
「ざっく。問題ない」
「じゃあ、そういうことで」
ヴィヴィはまだフェラン製のリムーバルバインダーの調整がしたいとの事で先に宿に戻った。
リオとサラは引き続き街を見て回ったが、明日のフルモロ大迷宮探索に備えて早めに宿へ戻ったのだった。




