150話 カリス追放
「……ふふふふ」
カリスのその言葉を聞いてナナルが笑い出す。
その様子に一番驚いたのはファンであった。
ナナルがこのように笑うのを彼は見たことがなかったのだ。
「ナナル殿?」
ファンが控えめに声をかけるとナナルは笑いをやめた。
「すみません」
「あ、いえ」
「ナナル様よ!頼む!サラの居場所を教えてくれ!」
「……あなたがこのパーティのリーダーでしたね」
ナナルはカリスの問いに答えず、ベルフィを見た。
ただ、それだけの事でベルフィは圧倒された。
ナナルが六英雄と呼ばれるのは伊達ではなかった。
それはベルフィに限った事ではなく、この場にいる全ての者が圧倒されていた。
「は、はい」
ベルフィはそう答えるのがやっとだった。
「冒険者は生死が隣り合わせの職業ですよ。お笑い要員を入れているのは感心しませんね」
「「「「!!」」」」
「あの子達にも相当迷惑をかけたのではありませんか?」
ナナルはベルフィにリーダー失格だと言っているのだ。
それにベルフィは気づいたが反論できなかった。
だが、カリスは違った。
「お、お笑い要員ってのは俺の事か?」
「他にいますか?」
ナナルは不思議そうな顔で首を傾げる。
と同時にナナルの威圧が消え、カリスが抑えられていた怒りを表に現わす。
「俺のどこがお笑い要員だってんだ!いくら六英雄だろうと許さねえぞ!」
「バカ!やめろ!」
「うるせえ!」
カリスがナナルを睨む。
「何も知らねえくせに!大体、金色のガルザヘッサだって俺とサラで倒したんだぞ!その俺をお笑い要員呼ばわりと……」
カリスはナナルが発した殺気をモロに受け、言葉を続けることが出来なかった。
失禁しなかったのはさすがBランク冒険者といったところか。
「もう結構です」
「す、済まないナナル様!カリスにはよく言ってきかせるから許してほしい!」
「ソレはもうダメでしょう」
ナナルはベルフィの言葉を聞き流し、カリスをバッサリ切り捨てた。
「もう少し“あの子”の話を聞きたかったのですが、“サラ”からの連絡を待つとしましょうーーファン」
「は、はいっ」
「後は任せます」
「はいっ、お任せくださいっ!」
ナナルはファンの返事に振り向きもせず部屋から去っていった。
ナナルの退室後、ファンが深い溜息をついた。
「ファン、済まなかった」
ベルフィの謝罪にファンが困ったような表情を見せる。
「やっぱ、怒ってたよな?すごい怒ってたよな?」
恐る恐る尋ねるナックにファンが頷く。
「俺を呼び捨てにするほどな!思いっきり巻き添い食った!」
「ホントすまん!」
ナックが謝罪する。
「あそこまで激怒したナナル殿は……何年か前まで遡らないとないくらいだ」
ローズがナナルを怒らせた原因のカリスに食ってかかる。
「カリスっ!あんたっ本当にとんでもないことしてくれたねっ!これで今後あたいらが神官を仲間に加えられなくなったらどうするんだいっ!」
「俺は本当の事を言っただけだ!」
「「「どこがだ!!」」」
カリスには全く反省の色はなく、謝罪の言葉は出てこなかった。
それどころか、
「サラがストーカーにまで狙われていると知った今、こうしちゃいられねえ!サラを助けられるのは俺だけだからな!」
そう言って部屋から走って出て行った。
「だからお前がそのストーカーだ」
カリスが消えたドアに向かってナックがそう呟くのを聞き、一人事情を知らないファンが困った顔を残りのメンバーに向ける。
「それはどういう意味だ?俺にもわかるように説明してくれ。ナナル殿の言ったストーカーってカリスの事なのか?」
三人が頷く。
「話すと長くなるんだが」
ナックがそう言うと、
「構わん!話す時間ならいくらでもあるだろう?」
「俺達は大丈夫だが、お前はいいのか?」
「全部キャンセルだ。ナナル殿に失言して怒らせるよりマシだ」
「わかった」
ファンがお茶のお代わりを持って来させた後、口達者なナックが代表していかにしてカリスがおかしくなっていったかを説明し、ベルフィとローズが所々補足する。
一通り聞き終えた後、ファンが唸った。
「……それ、ナナル殿に会う前に教えてくれよ」
「そう言ってもなあ。ナナル様、すぐに来ちゃったからそんな時間なかっただろ」
「まあ、そうだけどよ……」
「ねえ、ファン。カリスのアレ、治せないかい?」
ファンが再び唸る。
「……難しいと思うな。ナナル殿が匙投げてるんだぞ。俺なんかにどうこう出来るわけないだろう」
その言葉を聞いて三人は深いため息をついた。
ファンがふと思いついたように尋ねる。
「ところで、そのカリスはどこへ行ったんだ?」
「さあ?ギルドじゃないか。あいつ、サラちゃん宛に結構手紙出してたから。返事は来てないみたいだが」
「来るわけないだろっ」
「まあ、言っても聞かないからな」
「にしてもあのカリスがなぁ。まだピンと来ないぜ」
ファンは一緒に戦った時の事を思い出して呟いた。
「……ねえ、ベルフィ。あたい、話しててさ、やっぱヴェインまで我慢できなくなったよっ」
「俺も正直キツい。途中で受けた依頼だってあいつのせいで失敗になりそうになったしな」
「てかなんだいっ。一振りする度に『サラぁー!』って叫ぶアレっ!」
「そんな事言うのか?」
ファンが信じられないという顔をする。
「ああ。叫ぶだけじゃないぜ。いるはずないのにキョロキョロとサラの姿を探すんだ。で、魔物にガブっ、ってやられるんだ。その傷治すのに俺がどんだけ無駄に魔力消費したことか!」
「……だが、我慢するしかない。ヴェインに着くまでな」
ベルフィは自分に言い聞かせるように言うのだった。
ベルフィとナックはヴェインでサラからカリスをストーカー登録したいので証人になってほしいという手紙を受け取った。
二人はその場ですぐにその証人として手続きを行い、晴れてカリスはサラのストーカーとして認定された。
ちなみにその時にはカリスはウィンドを追放された後でその場にはいなかった。
パーティ追放の決定打はベルフィ達の荷物に手を出そうとしたことだった。
カリスはサラの行方を探すためと、サラ一筋であることをサラにわからせるため(カリスの勝手な思い込み)に付き合っていた女達へ手切金を後先考えず、相手のいいなりに気前よく渡したのであっという間に財産が底をついた。
そこでベルフィ達から借金をしようとしたが全て断られ、ベルフィの部屋に不法侵入しようとしたところで、念の為にとローズが仕掛けていたトラップに引っかかって犯行がバレたのだ。
その時の言い訳が酷く、開き直って「盗まれた自分の荷物を取り戻すつもりだった」と言う始末だ。
そう言った割に「では何を盗んだと言うんだ?」と問い詰めると答えることが出来ない。
そしてへらへら笑いながら誤魔化そうとするのを見て、ベルフィ達は追放一歩手前で立ち止まっていた足を踏み出したのだ。
カリスはそこでやっとマズイと気づき、必死に謝ってきたが最早見慣れた光景で心を動かされることはなかった。
こうしてカリスはウィンドから追放され、家からも叩き出されたのだった。
カリスは家から追い出される事で家の購入代金が返金されて資金を得る事が出来、しばらくしてヴェインから姿を消したのだった。




