147話 リッキー退治専門パーティ
「あんたらがリッキー退治の専門家か?」
「違います」
村に入るなり村人にそう聞かれてサラが少しムッとして否定する。
フードを深く被っていたので表情は見えなかったはずだが、口調で気分を悪くしたと気づいたのだろう。村人は少し怯えた様子で再度確認する。
「あの、あんたら、ギルドから紹介されて来たんじゃないのか?」
サラは少し大人気なかったと反省して、声を和らげる。
「そうですが、私達はリッキー退治の専門家ではありません」
「そ、それは悪かった」
「いえ、わかってもらえればそれでいいです」
「じゃあ、ついて来てくれ。村長のところへ案内する」
「よろしくお願いします」
村長との報酬確認はすぐに終わった。
リサヴィが要求したのは村に泊まる宿と食事の提供のみ。
それを聞いてその場に集められていた若い娘達が安堵の表情をする。
(……もしかして彼女達は報酬が足りない場合の夜の相手役として連れて来られたのかしら?)
もちろん確認したりはしない。
下手に聞いてリオがおかしな事を言い出すと面倒だからだ。
(私がこんな事に気を配らなければならないのは全部ナックのせいなのよね。ほんとあの男はロクな事教えないから……)
サラは頭に浮かんだニヤけた表情のナックにアッパーカットを食らわした。
その夜、リサヴィは物陰に隠れて畑を見張っていた。その場にはリサヴィだけでなく、村の若者も二人ついてきていた。
雑用に使ってくれていいと言われているが、実際のところはリサヴィが村娘に悪さをしないか監視しているようだ。
そんな雰囲気が丸出しで、あまり協力的とは言えない。
それに対してサラは非常に腹が立っていたが口にする事はない。
少なくともリオは全く気にしていなかった。
(こっちに男はリオしかいないんだけど、あのリオを見て女好きだって思ったのかしら……って、違うわね。私達を警戒してるのね。ヴィヴィは仮面被ってるし、私はフードで顔を隠してるから男が何人いるのかわからないんだわ。でも変ね。私達の事を知ってるくらいだからそんな要求したことないと知っているはずなんだけど……)
見張りをはじめてからしばらくするとリッキーが現れた。
その数は五匹。
畑を囲む一メートル程度の高さの簡易的な柵を余裕で跳び越える。
「行くよ」
そう言ってリオがすっと立ち上がる。
その様子を見て慌てたのは村の若者達だ。
「あ?!ちょっと待て!」
「おいっ、まさか剣で倒す気じゃねえだろうな!?」
村の若者達はリオのぼーとした姿を見て最初から見下していた。
サラは村の若者達を無視してリオに確認をとる。
「一人で大丈夫ですか?」
「うん」
「おいっ弓は使わないのかよっ!?」
「必要ない」
「え?おい、お前正気か?!」
「嘘だろ!?」
村の若者達の不信感丸出しの抗議を受けてもリオは気にすることなくリッキーに向かって歩いていく。
「お、おいっ、あのまま行かせていいのか!?逃げられるぞ!」
「大丈夫です。見ていてください」
「ホントかよ!?」
「お前達本当にリッキー退治した事あんのかっ!?」
サラに食ってかかる村の若者達。
ちなみにヴィヴィに文句を言わないのは魔装士の姿が不気味だからだ。
「静かに。しばらく様子を見ましょう」
「……くそっ」
「失敗したら報酬払わねえからな!」
(報酬なんて必要経費しか貰ってないこと知らないのかしら?)
サラは特にその事を訂正しないし、ヴィヴィはといえば最初から彼らのことを無視していた。
リオの後姿を親の仇のように睨んでいた村の若者達だったが、すぐに驚愕の表情に変わることになった。
リオが数メートルまで近づいたときにリッキー達ははじめてリオの存在に気づいた。
今まで気づかなかったことを不思議に思ったのか少し首を傾げる。
だが、すぐにリッキーは行動に移った。
逃走、ではなくリオに向かってきたのだ。
リッキーは臆病な性格で人の姿を見ればすぐに逃げ出すのが普通だが、追い詰められたり、相手を格下と見做すと自ら攻撃を仕掛けることもある。
リッキー達はリオを格下と判断したようだった。
迫るリッキーにリオは剣を一閃した。
暗くて距離も離れていることもあってか、村の若者達にはリオがいつ剣を抜いたのかまったくわからなかった。
気づいた時にはリッキーの首らしきものが宙を舞っていたのだ。
自分達の思い違いに気づき逃走を図ろうとしたリッキーの首が跳んだ。
リオは腰から短剣を抜くと続け様に放ち、二匹のリッキーを仕留めた。
最後の一匹は柵まで辿りついたものの焦りのあまり柵を飛び越えるのに失敗したところを追ってきたリオが放った短剣を後頭部に受け即死した。
戦いの開始から、十秒にも満たない間にリッキーは全滅したのだった。
リオは柵の外に目を向けると、様子を探っていたリッキーが逃走するのが見えた。
「……今日はこれで終わりかな」
リオはそう呟くとサラ達のもとへ歩き始める。
村の若者達は息をするのを忘れていた。
慌てて息を吸い、やっとのことで言葉を口にする。
「な、なんだよ今のはよ!?」
「リッキーがあんなあっさり……信じらんねぇっ!しっかりこの目で見たのに全然信じらんねえぜ!」
村の若者達は興奮気味に近くのサラ詰め寄った。
「なあっ、あんた!」
「はい?」
「今のはなんだ!?」
「なんだと言われても……あ」
村の若者に肩を揺さぶられ、サラのフードがズレて素顔が露わになる。
その美しい顔に二人の若者は見惚れてしまう。
サラが女かもしれないと声から予想していたが、容姿に自信がないから顔を隠しているのだと思い込んでいた。
サラを掴んでいた若者が慌てて手を離す。
「わ、悪いっ」
「いえ、大丈夫です」
サラはフードを被り直す。
そこへリオが戻ってきた。
それ以来、若者達のリサヴィへの態度は激変した。
特にサラに、であるが。
その後、二日リッキー狩りを続けた。
そして村に滞在してから四日目、リッキーは現れなくなった。
リサヴィは依頼終了と判断して村長に報告し、依頼完了となった。
リサヴィが仕留めたリッキーの数は二十四匹。
二日目に大量に現れたが、リサヴィ全員で狩を行い、柵内に侵入したリッキーを全て仕留めた。
仕留めたリッキーは、プリミティブだけ抜き取り、あとは村に譲ったので大喜びされた。
村で過ごす最後の夜、リオ達の部屋にリオ達を監視していた若者の一人が何かを決意した表情でやって来た。
「どうかしましたか?」
「報酬の事聞いたぜ。あんたら無報酬だったんだってな」
「はい」
「そ、それによ、仕留めたリッキーまで貰っちまってよ。その、俺、あんたに謝りたくって」
「気にしていませんよ」
「そうは行かねえ!」
若者がサラを真剣な目で見る。その顔は真っ赤だった。
「ほ、報酬だけどよ、その……俺が体で払う!」
「……は?」
「冒険者ってよ、よくあるんだろ?その、報酬を体で払わせるってよ」
「……そういう人達もいるみたいですね」
「あ、あとよっ、立ち寄った街とかで必ず遊ぶんだろ!?男も女も!」
「必ず、ではありません。そういう人もいるというだけです。私達は違いますが」
「そんな事言わねえで!是非払わせてくれっ!俺、体力だけは自信あるんだ!」
「本当に結構です」
「うん、いらないかな」
空気を読まない事には定評のあるリオが二人の会話に割り込んできた。
それで若者は勢いを削がれたが、諦める気は全くなかった。
「あ、うん、俺もあんたはお断り……って、いやっ、あんたにはリッキー退治してくれた事は感謝してる。だが、俺はノーマルなんだ!」
「そうなんだ」
「という事でサラ!、いやサラさん!俺の初めての相手をお願いますっ!」
「ざっく!」
サラはヴィヴィを人睨みしたあと笑顔を若者に向ける。
当然、目は笑っていない。
「……そこまで知ってるのでしたらこういうのも知ってますよね?」
サラの雰囲気が変わったに若者は気づいた。
若者の背筋に嫌な汗が流れる。
「な、何の事だ?」
「冒険者はみんな貞操観念が低いと勘違いして、口説いてくるバカ者がいることです」
「え?あ、いや、俺はあんたのことそんな風には……」
「そうですか。そういえばあなたのお名前は何というのでしたか?」
「な、何でそんな事聞くんだ?」
「関係を求めてくる人の名を知るのは当然ではないですか」
「そ、そりゃそうだが……」
「もっとも私は村長に報告するためですが」
若者は村長と聞いて、ひっと声を上げる。
「そ、それだけは勘弁してくれー!」
若者は顔を真っ青に変えてダッと逃げ出した。
「……ったく。何が“報酬は体で払わせてくれ”よ。自分がしたいだけじゃない」
「ざっく。無理する事ないぞ」
「どういう意味です?」
「ざっく。久しぶりに筆下ろししてやればよかっただろう」
「何が久しぶりですか!そんな事したことありません!あなたこそ溜まってるんじゃないんですか?ほら、美人は性欲が強いという話を聞いた事がありますよ。”私より美人“のあなたはもう限界なんじゃないんですか?」
「ざっく。不要だ。私はお前と違って己を制御できるからな」
「私も出来ます!」
「ん?何が出来るの?」
「何でもないです!」
「そうなんだ」
翌朝、サラは若者の事を村長にチクったのだった。




