142話 死者の村 その2
ロシェルは村を離れ、街道に出た。
逃げ切ったとほっとしたのもつかの間、目の前に魔装士が現れた。
「……おまえはさっきの奴の仲間だな。どうやって先回りをした?」
当初、ロシェルは盾すら持たないこの魔裝士を全く警戒していなかった。
荷物持ちがたった一人で自分を追って来るとは想定外だった。
(一人でやって来たということは、ただの荷物持ちではないのか?)
ロシェルはどう対処すべきかとすばやく頭を回転させる。
魔装士は何も答えず、ただじっとロシェルを観察していた。
最初に口を開いたのは魔裝士、ヴィヴィだった。
「ざっく。……私は死者を蘇らせる研究をしている」
「……なに?」
「……」
「おまえ、生き返らせたい奴でもいるのか?」
「……ざっく。もし"彼女"を蘇らせる事ができるなら見逃してやってもいい」
「……ほう」
「ざっく。どうだ?」
「いいだろう、ただし、こっちも要求させてもらうぜ。さっきのジュアス教団の神官を生かして連れてこい。どうするかは聞くなよ?」
「……」
「さあ、どうする?やはり仲間は裏切れないか?」
「ざっく。あれは仲間などではない」
「へえ、それはそれは。じゃあ、交渉成立だな?」
「ざっく。いいだろう」
「よし!で、誰を生き返らせたいんだ?そいつはどこにいる?」
「ざっく。その前に確認だ。死者蘇生には必要なものがあるだろう?」
「あ?ああ。だが、俺にはどうしても必要というわけじゃない。あるに越したことはないがな。忘れたか?我が神メイデスは冥界を統べる神だぞ!」
「ざっく……もう一つ。屋敷の少女はお前が蘇らせたんだな?」
「カリンのことだな。そうだ。アイツはちゃんと生きていただろ?」
「ざっく……確かに生きていたな。だが、その魂は“生前の者”ではない。そうだな?」
「……ほう。研究していると言うだけのことはあるな」
「……」
「だが、奴はそれにまったく気づいていない。最初に性格が変わるかも知れないと断っておいたからな。それを馬鹿正直に信じたようだ。それに結局、奴が惚れたのはあの女の外見だけだ。魂が“何か”なんて問題じゃないんだ。中身はともかく体は正真正銘、本物だからな!」
ヴィヴィの手が微かに震えたがロシェルは気づかなかった。
「ざっく……それであの少女に入っている魂はなんだ?」
「さあな。そんなもの知るかよ。魂は肉体と違って見分けがつかないんだ。カリンが死んだのは俺が来る数日前らしいから、カリン自身じゃないことは確かだ。はははっ、ほんとバカな男だぜ!」
ロシェルは調子に乗って自分が不完全な蘇生しかできないことをうっかり口を滑らせたことに気づいていなかった。
「ざっく……そうか。わかった」
「じゃあ、契約成……」
ドス。
ロシェルは何が起きたのかわからず、無意識に自分の胸を見た。
心臓に短剣が突き刺さっていた。
がはっ、と血を吐き崩れ落ちるロシェル。
「き、貴様……」
ロシェルは回復魔法を発動させようとするが、うまく発動しない。
ヴィヴィがゆっくりと仮面を取り、冷めた目で死にゆくロシェルを見た。
「嘘つきめ。魂の見分け方のわからぬ貴様がどうやって"彼女"を蘇らせることができるというのだ?」
ロシェルは恨めしそうな目でヴィヴィを見る。
「た、助けてく、れ……」
「お前の神に祈れ。助けを請うて死の淵から蘇ってみろ」
ロシェルがヴィヴィに手を伸ばす。
「た、助け……」
「私は神ではない」
ヴィヴィがそう吐き捨て短剣を放つ。
ロシェルの額に突き刺さり、頭が吹き飛ぶとその場に崩れ落ちた。
(……くくく)
突如聞こえたその笑い声はロシェルのものではない。
ヴィヴィのよく知るモノの声だった。
(我が目を離した隙に何をやっているのだ?)
その声は現実に聞こえているわけではない。ヴィヴィの心に語りかけていた。
(一つだけ言っておく)
(……)
(例え、メイデスなる神に死者蘇生ができようが“あの女”は蘇らぬ)
(……)
(あの女の魂は我が握っているからな。あの女を蘇らせることができるのは我だけだ)
(……わかっている)
(そうかな?)
(……)
(まあ、いい。ともかくだ。あの女を蘇らせたければ“魔王の器”を育てるのだ。そして我の元へ連れてこい。それしかあの女を蘇らせる手はない)
「わかっている」
ヴィヴィはそう呟き、歩き出した。
サラ達が死者の埋葬をしているところにヴィヴィがやってきた。
「あいつを追ってたのですか?」
サラの問いにヴィヴィは小さく頷く。
「どうなりました?」
「ざっく。殺した」
「……そうですか」
「……」
「それで何か情報は手に入りましたか?」
「ざっく?」
「メイデス神のことです」
「ざっく……興味ない。神同士の争いは私の関与するところではない」
「そう……」
リオ達は埋葬を終えると村を後にした。
屋敷にいた少女の事だが、ヴィヴィがロシュルから聞いたことを屋敷の男に告げたが信じてもらえなかった。
「あの女の人、大丈夫なの?」
「わかりません」
しかし、サラは長くはないと思っていた。
肉体と魂は繋がっているのだ。
異なったもの同士でうまくいくはずがない。
しばらくしてリオが「あっ」と呟いた。
「もしかして信者の数が関係しているのかな」
「なんです?突然」
「あの男が言った事を考えていたんだ」
「え?あなたでも考えることがあるんですか!?」
「ざっく!?」
「うん?二人とも失礼だね」
珍しくリオが不機嫌そうな表情をする。
「あ、すみません。でも、本当にまさか、リオが考えるなんて」
「僕もたまには考える事はあるよ」
「……すみません」
サラはたまに、というのもどうかと思ったが、今回は黙っていた。
ヴィヴィも微かに頭を下げ謝罪したように見えた。
「それで何でしたか?信者の数がどうしたのです?」
「あの人は教団にいたけど、サラのように魔法を授からなかった、って言ってたよね?」
「はい」
「それって、信者が多すぎるから魔法を信者全員に授けられないんじゃないかなって。だからメイデス?のようなマイナーな神なら信者が少ないから魔法が授かりやすいのかなって」
「そ、そんなことはありません!」
「……」
ヴィヴィは微かに顔をリオに向けたものの何も言わなかった。
「それとさ、神によっては死者を生き返らせることができるんだ」
「あれは本当の意味で生き返ったとは言いません。生前と魂が違うのですから」
「じゃあ、神様が直接魔法を使えば生き返らせられるのかな」
「神は直接力を行使したりはしません。世界に干渉するときは必ず媒体を介して行われます。それは人であったり動物であったり、時には物である場合もあります」
「どうして?絶対的な存在なのに?」
「絶対的な存在だからです」
リオが首を傾げる。
「誰かと約束でもしたのかな?」
「リオ!もうやめましょう。あなたの考えはとても危険です!」
「そうなんだ」
「そうです。今の話、間違っても他の人に話してはいけません。万が一にも異端審問官に聞かれでもしたら大変なことになります。いいですね!?」
「わかった」
リオの表情に変化はなく、本当に納得したのかわからないが、それ以上口にする事はなかった。




