141話 死者の村 その1
その村に着いたのは夜だった。
一番奥に場違いな屋敷が一つ建っており、どこかの貴族の別荘のようにも見える。
この主の世話だけのために作られた村なのかも知れない。
サラが旅立ちのときにナナルにもらった古い地図には載っていない。
「今夜はここに泊まる?でも宿屋はあるのかな?」
「それ以前にどの家にも明かりが灯っていませんね。無人なのでしょうか?」
サラの言う通り日は完全に沈み、月明かりが微かに辺りを照らしているだけだった。
「ざっく。そうでもない」
そう言ってヴィヴィが指差した先に人影が見えた。暗くてはっきりしないが体型から女性のようでこちらへ歩いてくる。
「あの人に聞いてみる?」
「待ってください!」
声をかけようとしたリオをサラが止めた。
「どうしたの?」
「何か様子がおかしいです」
サラの言う通りその女性の体は左右に揺れ、どことなく足取りも頼りない。それだけではなく。その女性の方からかすかに異臭がした。
「これは……死臭!?」
「ざっく」
ヴィヴィが頷く。
「え?死んでるの?」
サラの言う通りその女性は死んでいた。
サラはターンアンデッドを発動すべきか躊躇した。
普通のゾンビであれば既に襲い掛かって来ているはずなのだ。
だが、その様子はない。
そこでサラは少し様子を見る事にした。
「リオ、ヴィヴィ、相手が攻撃を仕掛けようとするまでこちらからの攻撃は待ってください」
「わかった」
「ざっく」
リオ達はアンデッドがいつ襲いかかってきても対応できるようにと油断なく身構えていたが、そのアンデッドはリオ達の存在に気づかぬようにふらふらと前を通り過ぎていった。
死者はその者だけではなかった。
気づいただけでも三人。
どの死者達もサラ達の存在に気を留めることもなくふらふらと村を徘徊していた。
「この村はいったい……」
「生きている人はいないのかな?」
「ざっく」
「どうしました?」
「……あの屋敷は一カ所明かりが灯っているところがある」
「ほんとだ」
「行ってみましょう」
屋敷の門に門番は立っておらず、辺りに人影がないのを確認し一気に玄関に向かう。
サラはノックするか一瞬躊躇する。
この屋敷の者がこの状況を作り出した張本人である可能性が高いからだ。
結局、ノックをせずノブをゆっくりと回した。
「……鍵はかかってないですね」
サラはドアを開け、慎重に周囲を警戒しながら中に入る。そのあとにリオ、最後にヴィヴィが続く。
明かりの灯っていた部屋らしき場所のドアを少し開け様子を伺う。そこはリビングでソファに男と女が座っていた。
男は女の頭を愛おしそうになでながら何事か話しかけているがよく聞き取れない。
一方、女の方はまったく身動しない。
リオはサラが止める間もなく男に話しかけていた。
「あの、」
「あ、ばかっ」
男がリオの方へ顔を向ける。年は三十を少し越えた程度か。
その男の目は濁っており、正気ではないことは誰の目にも明らかだった。
女もゆっくりとこちらに顔を向けた。
まだ若い少女だった。年は十七、八だろうか。
死んではいないようだがその瞳には生気がまったく感じられない。
リオ達の姿を見て男が怒鳴った。
「なんだお前等は!人の家へ勝手に入り込みやがって!さっさと出て行け!」
サラがリオの前に立つ。
「無断で入って申し訳ありません。でも、この村は一体どうなっているのですか?」
「うるさい!お前等も私とカリンの邪魔をするのか!?ロシェル!ロシェルはどこへ行った!?」
男はまったく聞く耳を持たずロシェルという者の名を連呼する。
やがて別のドアから男が姿を現した。
「はい、ここに」
ロシェルと呼ばれた男は他の者と違い生気に満ちていた。だが、その目は鋭く彼もまた別の意味で普通ではなかった。
「さっさとこいつらをたたき出せ!私とカリンの邪魔をさせるな!」
「は、仰せのままに」
そういうとロシェルと呼ばれた男はリオ達のほうへ向き直る。
「人の家に無断で入るのは犯罪ですよ。さあ皆さん、こちらへ」
「この状況を説明していただけますか?」
「そうですねぇ。必要とあらば。さあ、とにかくここを出てください。それともあなた方は強盗ですか」
ロシェルの挑発的な発言にサラはムッとしたものの、不法侵入は事実なのでぐっと堪える。
「……わかりました。お騒がせして失礼しました」
サラはリビングの男に謝罪するとロシェルという男に従って屋敷を出た。
リビングの男はすっかりサラ達のことなど忘れてしまったかのように返事もせず、カリンと呼んだ少女の頭をなでるのを再開する。
カリンは終始無言だった。
屋敷から少し離れたところでサラがロシェルに声をかける。
「そろそろ説明してもらえますか?」
「さて?そんな義務はありませんね」
ロシェルは立ち止まるとサラ達の方へ振り返り、どこかバカにしたような笑顔を向けて言った。
「この村は何ですか?何故、死体が歩き回っているのを放置しているのです?」
「……ぴーぴーうるせえ女だな」
ロシェルの表情から笑みが消え、口調が豹変した。
「あなた達の仕業なのですか?」
「ああ?」
「あのアンデッド達です」
ロシェルがサラ達に見下した笑みを向ける。
「ああ、そうだぜ。俺がやった。あいつらは流行病で死んだ奴らでな。生き返らせて欲しいっていうから願いを叶えてやった」
「な!?」
「それなのによ、あいつら、怖がって家から出てきやしねぇ」
「……酷い」
「だろ?」
「あなたのことです!あれは死体が動いているだけです!」
ロシェルの口元が歪む。
「そうかい?」
「あなたのした事は死者への冒涜です!死者は決して甦ることはありません」
「……」
その言葉にヴィヴィがかすかに反応したが誰も気づかなかった。
突然大声で笑い出したロシェルをサラは睨みつける。
「何がおかしいのです!?」
「意見の相違ってやつだ」
「なんですって!?」
「俺の信じる神はそんなこと言ってないぜ」
「あなたの神!?あなたは異端者ですね!」
ロシェルの表情が険悪なものに変わった。
「異端者だと?……てめえ、ジュアス教徒か?」
ロシェルはサラを睨みつける。
「私はジュアス教団の神官です」
「神官か、そうかっ!はははっ、お前から見たらそうかもな。俺はメイデス神の神官だ。その俺からしたら六大神を信仰するお前らが異端者だぜ!」
「メイデス神!?」
メイデス神は六大神の信仰の薄い地域で勢力を伸ばしつつある神の名であり、ジュアス教団では邪神と認定されている。
ロシェルがサラを睨みつける。
「おまえ、魔法授かってんだろうなぁ。冒険者してるくらいだし。そうだろ?」
「それが何か?」
「贔屓されてよかったな!」
「贔屓?あなたは何を言って……」
「六大神は不公平だった!あれだけ信仰深かった俺に魔法を与えなかった!」
「……えっ?」
「だが、メイデス神は違う!この俺に力を!魔法を授けてくれたんだ!メイデス神は俺を認めてくれたんだ!」
「……まさか、あなたはジュアス教団の神官だったのですか!?」
サラはロシェルの告白に衝撃を受けていた。
「ああ、そうだ。俺様もお前と同じ神官だったぜ。数年前までだがな」
「そんな事って……」
「乗り換えて正解だったぜ。六大神じゃ、人を蘇らせられないがメイデス神は違う!メイデス神には可能なのだ!つまりメイデス神のほうが六大神より上だって事だ!」
ロシェルの言葉にサラが反論する。
「何が蘇らせることができるですか!あの者達には魂がないでしょう!」
「……ほう、そのくらいはわかるのか。そう、その通りだ。だが、あの屋敷にいたカリンはちゃんと生きてただろ。他の奴らのはした金じゃあ、体を動かすだけで終わりってだけだ」
「人の弱みにつけ込んでなんということを……!!」
「何綺麗事言ってやがる。それが人間だぜ?強い者、賢い者、騙す者、この世界は勝者しか生き残らない。それがこの世界ってやつだ!」
「……あなたという人はどこまでも腐っているのですね」
「あれより腐ってるか?」
と言ってふらふらとこちらへ歩いてくる死者達を指差す。
「今すぐ彼らにかけた魔法を解きなさい!」
「やなこった」
ロシェルはあっさり拒否した。
「やりたきゃお前がやりな」
「あなたという人は!」
「はははは、がっぽり稼がせて貰ったからもうここには用はない。そろそろサヨナラさせてもらうぜ」
「私があなたをこのまま見逃すと思いますか?」
「私があなたにこのまま素直に捕まると思いますか?」
ロシェルはバカにしたようにサラの口調をまね、そして手を挙げた。
それが合図となり集まって来ていた死者達がロシェルの壁となって立ち塞がる。
サラは死者に向かってターンアンデッドを発動するが、死者達は止まらない。
「効かない!?」
「バカめ!そいつらは俺の命令で動く人形だ!ターンアンデッドなんかが効くかよ!あばよっ!」
ロシェルは死者達を盾にして逃亡を図る。
「待ちなさい!」
「誰が待つか。ばーか!」
ロシェルは嘲笑を残して走り去る。
「やるよ」
「はい。しかし、手加減してください。相手は死者とはいえ操られているだけです。できるだけ傷つけたくありません」
「僕、手加減したことないけど」
リオはサラの言う通りできる限り傷つけないようにと剣を抜かず鞘で死者達に対抗する。
死者達の動きは緩慢であるが、本来体を守るようにと無意識に働くはずのリミッターが死によって外れており驚くほどの力を持っていた。リオは捕まるまいと必至にその手をかわす。
サラは再びターンアンデッドを発動させ、やはり効果がないと知ると、気が引けたが、その手足を折って行動不能にしていく。
それを見て、リオも同じように行動不能にして行った。
死体達はしばらく、地面をジタバタ這いつくばっていたが、魔法効果が切れたのか、一斉に動きを止めた。
「終わったみたいだね」
「ええ。……ちょっと待ってください!」
新たに近づいてくるものの気配を感じる。
それも複数だ。
リオとサラは油断なく構えを取った。
だが、それは杞憂に終わった。
ロシェルと死体を恐れ、家に隠れていた者達が助けが来たと飛び出してきたのだった。
すがるような目をしながらサラ達のもとに助けを求めて集まってきた。
助けを求める者達を無下にもできず、サラはロシェルの追跡を諦めざるをえなかった。
「あれ?そういえばヴィヴィは?」
「え?そういえば……」
辺りを見回したがヴィヴィの姿はなかった。




