130話 金色のガルザヘッサ その6
ヴィヴィが立ち上がった。
「ヴィヴィ!大丈夫か!?」
金縛りが解けたナックがヴィヴィに駆け寄る。
ヴィヴィは顔から血を流していた。
右目は閉じられていたが、ナックが予想していたよりはるかに軽傷のようだった。
ナックはヴィヴィがリオの言った通り美人であることを知った。
実はリオの美的感覚を疑っており話半分で聞いていたのだ。
ヴィヴィは怪我を負ってもその美しさは損なわれることなく、それどころか流れる血が化粧であるかのようにヴィヴィの美しさを一層際立たせる。
それはまさしくサラとは正反対の妖しい美しさだった。
ヴィヴィの頭の中で大声で笑う”モノ”がいた。
(はははははっ!感じる!感じるぞ!“アレ”は当たりだ!大当たりだ!!)
(うるさい)
ヴィヴィは頭の中で騒ぐ“モノ”に文句を言う。
(……さっきのなんだ?私は命令していない)
リオを守ったリムーバルバインダー。
それを動かしたのはヴィヴィではなかった。
そもそも仮面を破壊されて操作しようとしてもピクリとも動かない。
(お前が動かしたのか?)
(我がか?はははっ、そんなことはどうでもいいだろう!戦いに集中しろ。絶対にアレを死なせるな!アレは我が復活するのに必要な贄だからな!)
(……わかっている)
「今、治療するぜ」
「必要ない」
「何?」
ヴィヴィはナックの治療を拒否し、軽く血を拭うと魔裝着を脱ぎ捨てた。
露出度の高い魅惑的な姿を露わにするとウルドヴァへ向かって駆け出した。
その服装の防御力は皆無と言ってよく、攻撃が当たれば致命傷になること間違いない。
思わず状況を忘れ見惚れていたナックだったがその行動で我に返った。
「バ、バカ!気でも狂ったか!そんな格好で、魔装具なしの魔装士が突撃なんて自殺行為だぞ!せめて一度くらい抱かせろ!」
ヴィヴィが魔裝着を脱いだのには理由があった。
露出狂だから、かはわからないが、少なくとも魔法を使うには魔裝着は邪魔以外のなにものでもなかった。
ヴィヴィはナックの本能の叫びに耳を貸すことなく、走りながら呪文を詠唱し右手で魔法陣を描く。
「え?……おいおい、マジかよ!?」
いくらメモライゼの魔法で呪文を間違えずに唱えられるとはいえ、呼吸の乱れなどの体の変調はカバーできない。
だから魔術士は魔法は使用する際、その場を動かず唱えるのが普通なのだ。
歩きながらの呪文詠唱だけでも難しいのにヴィヴィは走りながら、さらに魔法陣まで描いている。
それだけでヴィヴィがナックを遙かに超える魔術士であることがわかる。
「ライトニングボルト!」
ヴィヴィの右手から放たれた雷撃がウルドヴァに向かって走る。
しかし、距離が離れ過ぎておりウルドヴァは容易にその直線上から離れて回避するとリオに襲いかかった。
いや、襲いかかろうとしたがヴィヴィが放った雷撃はウルドヴァを追尾するかのように軌道を変えるとウルドヴァのわき腹、まさに先ほどリオがダメージを与えた、再生中だった箇所を直撃した。
「ヴァアアアアア!」
ウルドヴァは傷口を抉られ悲鳴を上げた。
ヴィヴィの魔法はただダメージを与えただけではなかった。
ライトニングボルトの追加効果である麻痺により自由を奪われただけでなく、再生能力をも麻痺させたのだ。
(人間ごときの魔法でオレが、このオレ様が……!!)
ウルドヴァがヴィヴィを睨みつける。
ヴィヴィと目が合った瞬間、ウルドヴァを何か得体の知れない恐怖が襲った。
その恐怖を拭い去る間を与えずサラが迫る。
サラは力は隠すのをやめた。
相手が魔族とわかった今、全力で倒すべき相手だ。
サラの体を白い光が包む。
サラはヴィヴィの魔法攻撃で動きが鈍くなったウルドヴァの懐に入る。
「消え去りなさい!」
サラの拳がウルドヴァを撃ち抜いた。
上級魔族ほどの力を得ていたウルドヴァは対物理防御力が非常に高く、殴ったところでダメージは皆無だ。
だが、サラはただ殴ったのではなかった。
今のサラは全身を聖なる力で纏っており、その上で対魔族用魔法アークフォースをゼロ距離で放ったのだ。
ウルドヴァが吹き飛び、体の半分が抉られ消滅した。
「ヴァアアアアア!お、オレ様がぁあああ!!オレ様は魔王になるのだ!もう少しっ!もう少しで魔王になれたのだ!こんな、こんな下等生物どもに負けるはずがないのだぁあああ!!」
ウルドヴァは取り乱し、ベルフィの接近に気づかなかった。
「消えろ!!」
ベルフィの槍がウルドヴァの頭を貫く。
「……ば……か……な」
ウルドヴァは消滅していく中で扇情的な服装をした女の顔が視界に入った。
口元に笑みを浮かべたその女の口が動いた。
ウルドヴァはその口の動きを読んでその女が何者かを悟った。
「お……お……ま……は……メ……」
ウルドヴァは最期まで言葉にする事なく消滅した。
その場にカラン、と一際大きなプリミティブが落ちた。
戦いが終わったあと、皆その場に座り込んだ。
しばらく誰も口をきかなかった。
そしてやがてベルフィが口を開いた。
「終わった」
そう言ったベルフィは今までに見たことのない安らかな表情をしていた。
「魔族って反則だろ。聞いてねえって言うか、よく生き延びたよな俺ら」
ナックが安堵の息を吐く。
「ヴィヴィ!いつまでそんな姿をしているのですか!」
サラがヴィヴィに脱ぎ捨てた魔裝着を渡す。
ヴィヴィは無言で受け取るとぱんぱん、と埃を軽く払って身につけた。
「俺はそのまんまでも全然構わなかったのに」
ナックは残念そうに言った後でふと気づいた。
「あれ、そういえば“ヴィヴィちゃん”、怪我大丈夫か?」
ナックはヴィヴィが美女と判明した途端、ちゃん付けに変わっていた。
ヴィヴィは仮面を失い素顔が露わになっていたが、まるでそれも仮面であるかのように無表情を保ち続ける。
「……うむ。問題ない。自分で治した」
「そうかあ。まあ、そうだよな。ヴィヴィちゃん、魔法を使えるんだからな。って、なんで魔装士なんてやってんだ?」
「……」
沈黙のヴィヴィをリオがフォローする。
「ヴィヴィは目立つのが嫌いだからだよ」
「うむ」
「いやいや!それ説明になってないぜ!それで納得するのはリオくらいだ」
「そうなんだ」
「ライトニングボルトって中級魔法だろ?走りながら使う奴初めて見たぜ!しかも曲がったよな?どうしたらそんなこと出来るんだ?」
ヴィヴィは無表情のままナックに顔を向け淡々と答えた。
「うむ。お前と違い、毎日の鍛錬と魔術士用の食事を欠かさないからな」
「うわっ、今のぐさっときた!」
ナックが大袈裟に胸を押さえる。
「サラ、ヴィヴィ」
ベルフィが真面目な顔で二人の名を呼んだ。
「はい」
「……うむ?」
「お前達がいて本当によかった。お前達がいなかったら間違いなく死んでいた。俺は復讐を遂げることができなかっただろう」
ベルフィの感謝の言葉の後でローズがいつもの調子で文句を言い始める。
「ていうかさっ、あんたらっ!何出し惜しみしてんだい!?」
「うむ?敵討ちは当人がすべきだろう。だからぎりぎりまで補助に徹したのだ。しかし、後悔している。お前達を過大評価して死にかけた」
ヴィヴィはおもしろくもなさそうに言った。
「ははは、今の笑うところだよな?ヴィヴィちゃん」
ナックが乾いた笑いを見せる。
「にしてもよ、サラちゃんもとんでもなかったよな!流石、ナナル様の弟子の鉄拳制裁のサラだな!」
「え?サラが鉄拳制裁のサラだったの?」
サラはリオと目が合った。
(……マズイわ。もしこのことでリオが私を裏切り者だと思ったら……)
サラはこれ以上、隠し通すのは無理だと判断した。
「……確かに私はナナル様の弟子で、私のことをその二つ名で呼ぶ人はいます。しかし、私は認めていませんので違います!」
サラはリオから目を背けることなくキッパリ言い切った。
「そうなんだ」
リオはどうでもいいというような返事をする。
リオが大して気にしていないとわかり、肩透かし感はあるもののサラはほっとする。
だが、当然のことながら他の者は納得しない。
「いやいや!サラちゃん!二つ名っていうのは本人が認める認めないは関係ないだろ?」
「そうだよっ、自分で二つ名つける方が珍しいよっ!」
しかし、サラはナックとローズの抗議を聞き流す。
「私が力を隠していたことは謝罪します。しかし、これも任務のためなのです」
「説明してもらえるか?」
ベルフィの言葉にサラが「はい」と頷く。
「ただし、これから話すことは内密でお願いできますか?もし、できないようでしたらお話しできません」
「あんたねっ!」
「ローズっ!」
ベルフィに制され、ローズが舌打ちして黙る。
「わかった。守れない奴はしばらく席を外せ」
ベルフィはそう言ってみんなの顔を窺う。
誰もその場から離れなかった。
ローズは不満気であったが、やはり知りたいらしい。
「それでは何故私が力を隠していたかですが、私が先程使用したのは対魔族用魔法なのです」
「へえ。そんなものがあるんだ」
「それで?その魔法が秘密なのか?」
「いえ、魔法自体は秘密でもなんでもありません。使えることが、授かったことが秘密なのです」
「どういうことだ?」
「何故ならこの魔法を授かるのは……魔族の襲来が近づいている時と言われているからです」
「「「「!!!」」」」
「とはいえ、そのことを知っている人はそれほど多くありませんが乱用していいものでもありません」
「なるほどな。お前が強力なパーティの力を必要としている理由がわかった。お前の任務は現在、魔族がどの程度潜んでいるのか調査しているってところか」
「……あまり詳しくはいえませんが、そう考えていただいて間違いありません」
「わかった。みんなもこの事は秘密だ。いいな」
皆が頷く。
ローズだけが不満そうだったが。




