126話 金色のガルザヘッサ その2
戦場に到着したナック達はベルフィが一人で金色のガルザヘッサと戦っているのを目にした。
後を追ったサラ達の姿を探して唖然とする。
カリスが戦闘に参加もせず、サラを通せんぼでもするような意味不明な行動をとってサラの邪魔をしているのだ。
ベルフィが苦戦しているのは誰の目にも明らかで、ナックがカリスを怒鳴りつけた。
「カリス!何やってんだ!さっさとベルフィの加勢に向かえ!」
しかし、
「黙れ!副リーダーに命令するな!俺はサラを守るのに忙しい!」
などと言う始末である。
「なに言ってんだあいつは!?」
「こんな時にあのバカは!!」
ナックが攻撃強化と防御強化の魔法の魔法をみんなにかける。
「サラちゃん!ベルフィに回復魔法を!」
魔術士の回復魔法の効果範囲は狭く、ナックがいる場所からではベルフィに届かない。
ベルフィに回復魔法をかけるには金色のガルザヘッサに相当近づかなければならず、前衛一人の状態では危険が高すぎる。
そこで、回復魔法の効果範囲が広い神官のサラに声をかけたのだが、
「もっと近づかないとダメです!でもこのバカが邪魔するんです!」
「おいおい、誰がバカだ。お前の勇者に向かって」
カリスは全く緊張感なく何故か笑顔で言った後、キメ顔をする。
そしてサラの妨害を続ける。
「な……、カリス!ふざけんな!」
ナックが危険を冒してでも自分が行くかと悩んでいるとリオの声が聞こえた。
「ヴィヴィ」
ただ、それだけだった。
しかし、それで意図が伝わったらしく、ヴィヴィは「ぐふ」と呟くとリムーバルバインダーを飛ばしベルフィの元へ向かわせる。
「お、おーっ!なるほど!」
(あれで少しは金色のガルザヘッサの攻撃をかわせるし、ベルフィもポーションを飲む余裕ができそうだ。だが、それだけだ!奴を倒すには攻撃力が足りない!カリスの奴は役に立たないどころかサラちゃんの邪魔をしているし、一体どうすりゃいい!?)
攻撃魔法を使おうにもベルフィに当たる可能性があり、決断ができない。
ナックはサラがカリスがいると戦力ダウンになる、と言った時に本気で考えなかった自分を殴ってやりたかった。
「あのバカっ、金色のガルザヘッサに操られてるんじゃないだろうねっ!」
ローズの声にナックも一瞬そうかも、と思ったがすぐに否定する。
カリスは単純な男だから魅了系の魔法にかかりやすいだろう。
しかし、カリスは金色のガルザヘッサに出会う前から、オートマタの魔族と戦った時からあのようにサラに執着する行動をとっていたのだ。
「……そうだったらどんなによかったか」
ナックは知らず呟いていた。
「カリス!退きなさい!」
「おいおい、副リーダーに命令するなよ」
しかし、サラの言葉を冗談とでも思っているのか笑いながら行手を塞ぐ。
「あなたは私のパーティメンバーではありませんし、最早ウィンドの副リーダーでもないでしょう!」
「安心しろサラ!お前は俺が守るぜ!お前の勇者の俺がな!」
カリスはそう言ってキメ顔をした。
カリスとの会話は全く噛み合わなかった。
ベルフィは剣を金色のガルザヘッサに振り下ろす。
金色のガルザヘッサは驚くべきスピードで後方へ跳んで剣を回避すると、すぐに迫り凶悪な牙が生えた口を大きく開けてベルフィに襲い掛かる。
ベルフィは盾でかわして剣を振るう。
金色のガルザヘッサは剣を避けずその鋭い爪で受け止めると再び食い殺そうと迫り、ベルフィの頭に食らいついた。
と、その思われた瞬間、ヴィヴィのリムーバブルバインダーが割って入って攻撃を受け止めた。
今までのダメージの蓄積からか、金色のガルザヘッサの攻撃力の高さからか、おそらく両方であろうが一撃でリムーバルバインダーに亀裂が走る。
「一度下がって回復を!」
ヴィヴィの援護とサラの叫び声によりベルフィは少し頭が冷え、金色のガルザヘッサとの距離をとりながらポーションを飲んで傷を癒した。
リオはナックのそばで腰の剣に手をかけたままじっと戦況を見つめていた。
ナックはリオの剣を握る手が震えているのに気づいた。
(流石に怖いか。当たり前だよな。俺だって逃げ出したいところだ)
ナックはリオを励まそうとしたが、その表情を見て自分の考えが間違っていることに気づいた。
リオは怯えているのではなかった。珍しく興奮していたのだ。
その顔はまるで恋い焦がれた相手に出会えたかのようだ、とナックは思った。
こんなリオを見たのは初めてだった。
「おいリオ、大丈夫か?」
「……大丈夫だよ。今、僕はとても気分がいいんだ」
「は?気分がいい?お前が?こんな時にか?」
「……」
表情といい言葉といい、今までのリオからは考えられないことばかりだった。
ベルフィが冷静さを取り戻し、ヴィヴィのリムーバルバインダーが守りに加わったが戦況は依然不利のままだった。
金色のガルザヘッサは今までにいくつもの村、何組ものベテランパーティをたった一匹で全滅させた魔物である。
Bランク冒険者とはいえ、ベルフィ一人で今まで互角に渡り合っている方が奇跡といえるだろう。
サラはこの魔物、金色のガルザヘッサにずっと違和感を覚えていた。
その違和感がなんなのかわからず、行動に迷いを生じさせていた。
ヴィヴィはリムーバルバインダーを操作して要所要所でベルフィ達を守っていたが、そのリムーバルバインダーは度重なる攻撃を受け、亀裂が増えている。いつ機能停止してもおかしくない状況だった。
「くそっ!なんなんだあの強さは!?」
ナックが金色のガルザヘッサを見たのはこれが初めてだ。
いくら強いとはいえ、所詮はガルザヘッサの変異種。
Bランクパーティのウィンドが負けるはずはないと高を括っていた。
だが、ナックの見たところ、金色のガルザヘッサはまだ本気を出していない。
だから、ベルフィ一人でどうにか渡りあえているのだと気づく。
「あの野郎、遊んでやがるのか!?」
ナックはこの戦いに勝機が見出せず焦りを感じていた。
「ナンバーズがあればねっ!」
ローズが悔しそうに言った。
それはナックも思ったことだ。
カリスの愚行で失ったナンバーズの剣は、その切れ味だけでなく、持ち主の基本能力を上げる効果があったように思えた。
(ナンバーズがあれば、ベルフィ一人でも戦いを有利に進めていたはずだ!)
その愚行を犯したカリスが今また戦いの邪魔をしてウィンドを危険に晒している。
ナックはカリスに攻撃魔法をぶち込みたい気持ちを必死に抑える。(サラに当たるのを危惧してだ)
ナックは解決策を見い出せぬまま、自分にできること、攻撃強化と防御強化の魔法をかけ直す。
攻撃強化や防御強化の魔法は攻撃したり、攻撃を受ける度に効果が落ちていく。ガルザヘッサの力が桁外れのため、いつもより早いペースでかけ直さなければならなかった。
カリスのせいでサラの協力を得られず、ナックの負担が大きくなる。
「リオ!マナポーションをくれ!」
「わかった」
ナックはリオからマナポーションを受け取り一気に飲み干す。
魔力は回復したがマナポーションは潤沢にあるわけではない。このペースでいけばすぐにポーションが尽きてしまうだろう。
(その前に腹がぷくぷくになっちまうのが先か)
マナポーションは無限に飲み続けられるものではない。
飲み物である以上、腹は膨れるし飲み過ぎると腹を壊す。
更に連続使用は魔力の回復が鈍くなり、副作用で最大魔力を下げるとの報告もある。
今後の事を考えれば無茶は出来ない。
(とはいえ、死ぬよりはマシだが)
ナックの苦悩をよそにリオはどこか楽しそうに金色のガルザヘッサを見つめていた。




