112話 体をひとつに
サラはカリスが暴れて衛兵に捕まったとき助けなかった事でカリスに興味がない事をわかってもらえないかと期待したが、無駄だった。
それどころかカリスの中では“暴れた”サラの身代わりに捕まった、と事実が妄想で上書きされたようだった。
カリスは釈放された後でそのような口振りで恩着せがましく言って来たが、当然サラはカリスの妄想に付き合う義務はないので無視した。
そしてその夜。
『俺だサラ、開けてくれ』
サラ達が泊まる部屋のドアの前でカリスの声がする。
サラは無視するつもりだったが、
『重要な話があるんだ!』
と言うので開けたくないという思いをどうにか振り払いドアを開けるが、部屋への侵入だけは阻止する。
「なんですか?」
カリスはサラの態度にムッとしたもののすぐに笑顔になった。
「サラ、俺達、そろそろ心だけじゃなく体も一つにならないか?」
カリスがキメ顔でバカな事を言った。
ここにもヨシラワンの空気に呑まれた者がいたのだ。
「はあ?」
サラは心底バカにしたような口調で言ったが、カリスはまったく気づかず話を続ける。
「いや、いつまでも俺達が清い関係のままじゃあよ、お前が気があると勘違いする奴が出るかもしれねえだろ?リオとかよ」
「寝言は寝て言え」
サラは言葉をオブラートで包む事なく吐き捨てる。
「おいおい、そう恥ずかしがるなよ。実はもう部屋もとってあるんだ」
カリスはサラの言葉を本心だとは思わなかったようで苦笑しながら言った。
サラはこのバカ話をいつまでも続ける気はなかった。
「一人でどうぞ」
サラはそう言ってドアを閉めようとするが、カリスが足を挟ませて邪魔をする。
サラは一瞬、そのまま足を潰そう、という誘惑に駆られるがどうにか自制する。
「話は終わりました。足を退けてください」
「いや、もうベルフィ達に話してしまったんだ。今更戻るなんて格好つかねえだろう?」
サラは「そんなの私の知った事ではありません!」と心の中で叫んだ後、
「ですから一人でどうぞ」
と言った。
しかし、カリスにはやはり言葉が通じない。
「俺が素直に言ったんだ。お前も素直になれよ。な?」
「……」
サラはキレた。
キメ顔のカリスを強引に押し退け部屋を出る。
「せっかちだな。部屋は別の宿だぜ」
何故かサラが行く事を同意したと思い込んでいるカリスはサラが見当違いの方へ行くのを見てしょうがない奴だと最初笑っていた。
だが、
「……って、サラっどこ行くんだ!?」
カリスはサラの行き先に気づき表情から笑顔が消え焦り出す。
サラは無言のまま目的の部屋に着くと乱暴にドアをノックした。
「ベルフィ!いますか!?」
「おいっサラ!ベルフィは関係ないだろう!」
カリスが伸ばして来た手をサラは乱暴に弾く。
「さらぁ」
ドアが開きベルフィが顔を出した。
ベルフィはカリスの姿を認め、そのカリスが目を合わせた途端、すぐに逸らしたので状況を理解した。
「カリス、俺達はお前の誘いをサラは断ると言ったはずだ。それで納得したはずだったよな?」
「そ、それはよっ、なあサラ?」
カリスは何故かサラが擁護してくれると思い期待の目を向ける。
もちろんサラはカリスの期待に応える気など全くない。
あるならわざわざベルフィ達の部屋の来るはずがない。
そんな事もわからないカリスであった。
「ベルフィ、カリスは『重要な話がある』と言って下らない事を言ってくるので全く信用出来ません。今後、用事があるときは他の者をよこして下さい。カリスが来ても絶対に開けませんので」
「わかった」
「ちょ、ちょ待てよ!サラ!俺が悪かった!お前の気持ちを考えてなかった!」
「今回だけではありません。いつもです」
「わかったわかった。みんなの前で話したから恥ずかしかったんだろ。今度はちゃんと二人っきりの時に話すからよ。な?」
カリスがキメ顔でサラを見る。
「……このように同じ言語を話しているとは思えないほど全く意思疎通ができません」
「さらぁ」
「あと気持ち悪い!」
サラはショタの真似事らしい情けない声を出したカリスに吐き捨てる。
「すまないサラ。あとはこちらに任せてくれ」
「お願いします」
「さらぁ!」
サラは早足で自分の部屋に戻る。
背後で二人が言い争う声が聞こえたかと思うと追いかけてくる足音が聞こえたのでサラは自分の部屋に駆け込むとすぐに鍵をかける。
間一髪だった。
すぐさまドアをガチャガチャさせる音が聞こえる。
『おいサラ!開けてくれ!お互い冷静に話し合おう!』
『カリス!いいから戻れ!』
『俺はサラの誤解を解くんだ!』
『誤解してるのはお前だけだ!』
ドアの外でしばらく問答が続く。
そして『さらぁ!』とショタマネ?で叫ぶ声が聞こえる。
突然、サラ達の部屋のドアが開いた。
カリスがサラだと疑わずキメ顔をドアの向こうの相手に向ける。
「さらぁ……グヘっ!」
カリスは飛んできたリムーバルバインダーに思いっきり顔面を叩かれ、その衝撃で体をクルクル回転させながら廊下の壁に激突して気絶した。
「ぐふ。好きなだけ寝言を言うがいい」
ベルフィとナックが気絶したカリスを部屋へ引きずって行くのをヴィヴィとサラが見送る。
「……ぐふ。よく回ったな。流石、お笑い要員、と言ったところか」
「そうですね」
「そうなんだ」
サラの後にリオが何の感情もこもっていない声で呟いた。




