104話 君の名は
ナック、リオ、そしてサラは冒険者ギルドの訓練所へ向かっていた。
「そういや、ヴィヴィはどうしてるんだ?」
「私達が部屋を出る前にフラッと出ていきましたよ」
「なるほど……ヴィヴィも発散し行ったか。くくく」
「そのいやらしい笑いをやめて下さい」
「ヴィヴィは盾の修理が出来るところを探しに行くって言ってたよ」
「おお、確かにな。ヨシラワンはデカい街だからカルハン製でも修理できるところあるかもな」
突然、彼らの前に立ち塞がる者が現れた。
魔術士の姿をした女性だった。
サラほどではないが整った容姿でとてもモテそうであった。
女魔術士が笑顔で挨拶して来た。
「久しぶりねナック!まさかこんなところで……いえ、とってもあなたらしい所で会ったわね!」
「おうっ」
ナックは軽く手を上げて挨拶する。
ナックは相手の顔に見覚えはあるものの名前や彼女との関係は思い出せなかったが、相手を傷つけると思い黙っていた。
(ま、ちょっと話せば思い出すだろう)
「お知り合いですか?」
サラの問いにナックが頷く。
「元気だったか?」
ナックの笑顔の問いかけに女魔術士の表情が笑顔から一瞬で怒りの形相に変わる。
「……元気だったか、ですって?あんな事しといてよくもまあぬけぬけと言えたものねっ!」
相手が誰か覚えていないのだ。
当然“あんな事”が何なのかナックはわからないが、相手の態度から相当酷いことをしたようだと悟る。
とはいえ女性に暴力を振るった覚えはないのでやはりあっち系のはずなのだがやっぱり誰かわからない。
とりえあずカマをかけてみる事にした。
「も、もちろん覚えてるよ。でもそんなに怒ることか?」
女魔術士の表情が更に厳しくなる。
「……あなた、もしかして私の名前すら覚えてないんじゃないの?あんな事しといて!」
ナックの額からつつつ、と冷や汗が流れる。
「ははは、やだなぁ、そんなわけないだろう」
「「……」」
ナックは目の前の女魔術士だけでなく、サラからも冷たい視線を感じる。
「じゃあ、私の名前言ってみなさいよ。そうね、覚えてたら少しだけ許してあげる」
「も、もちろんわかってるよ……モナリザ?」
ナックは相手の顔から名前を想像した。
もちろん当たるわけはなかった。
「モニカよ!一字しか合ってないじゃない!」
女魔術士は怒りを乗せた拳闘士顔負けの見事なストレートをナックに食らわせる。
「ふげえっ」と情けない言葉を発してぶっ飛ぶナック。
すかさず距離を詰めてくるモニカ。
「あの人、もしかして魔術士の格好してるけど本当は拳闘士かしら?」
「サラと同じだね」
サラはリオの言う事がイマイチよくわからなかったが、とりあえず殴っておいた。
モニカは起きあがろうとしていたナックに蹴りを入れて再び転がす。
「痛えって!ちょ、ちょっ待てよ!知ってたよっ!名前知ってたって!さっきのは冗談だ冗談、って、痛え!蹴るな蹴るなっ!」
「だったらあなたが私にした事を全部言ってみなさい!」
「え?いいのか?こんな公衆の面前で?」
「……」
ナックが再びカマをかけると、モニカは顔を真っ赤にして、蹴りに更に力を入れる。
「死ね!死ね!」
「痛え!痛え!本当に死ぬ!誰か助けて!サラちゃん!リオ!」
助けに向かおうとしたリオをサラが止める。
「ん?」
「自業自得です」
「そうなんだ」
「薄情者!」
野次馬が集まって来ていたが、ナックとモニカのケンカを誰も止めようとしない。
それどころか、煽る者やこのケンカがどう収まるか賭けを始める者もいた。
モニカが蹴るのをやめた。
肩で息をして辛そうだが、スッキリした表情をしている。
「……ふう。今回はこのくらいで勘弁してあげるわ。次会う時までにあなたが私にした事を思い出しておきなさいよ。次も覚えていなければ今度は思い出すまで蹴るのをやめないからねっ」
モニカはフードを深く被ったサラに顔を向ける。
「あなた、女性?」
「はい。サラといいます」
「そう、この男がどんな酷いやつか知ってる?」
「はい」
「そう。ならいいわ」
それだけ言うとモニカは去っていった。
ナックが立ち上がり、埃を払う。
「サラちゃん治して」
「お断りします」
「ひっどいなー」
「酷いことをしたのはナックでしょ?」
「それはどうかな?」
「無実だと?」
ナックがキリッとした顔で(あちこち腫れていたが)自分のこめかみを指差す。
「それは過去の俺だけが知っている」
「そうなんだ」
リオが相槌を打ち、サラがため息をつく。
「かっこいい事言ったみたいにしてますが、あれだけ恨みを買う事をしておいて覚えてすらいないとはホント最低ですね」
「いやいや、サラちゃん!モニカの勘違いという可能性も考えられるだろう?妄想だってありえる!」
「は?」
「例えば……そう!実は夢の中で俺になんかされたんだ!夢と現実の区別がついてないんだ!」
「……」
「もしかしたら、俺と言葉を交わしたのもさっきが初めてかもしれん!な?リオもそう思うだろ?」
「そうなんだ」
「……よくそこまでめでたい想像が出来ますね。呆れを通り越して感心します」
「それほどでも!」
「褒めてません」
ナックが自分の魔法で傷を治し、訓練所への歩みを再開しようとした時だ。
彼らの前に戦士風の女が立ち塞がった。
「久しぶりねナック」
「お?おお、久しぶり」
「私の事は、もちろん覚えてるわよね?」
言い方からしてさっきのやりとりを見ていたのは想像に難しくない。
「ははは。もちろんだよ……サリー?」
「……サンドラよ」
「うん、知ってた」
「一字しか合ってないのに……よく言うわっ!」
サンドラの鉄拳がナックをぶっ飛ばす。
「……またこれ?」
「そうなんだ」
殴られた頬を押さえながら必死に言い訳するナック。
「いや、違うんだ!り、理由があるんだ!」
「……言ってみなさいよ」
「ほらっ、君美人じゃないかっ」
「それで?」
「ほ、他の奴らに君の名を馴れ馴れしく呼んで欲しくなくてね!そうっ、そうなんだよ!」
ナックは適当に言った言葉が、自分の心に響いたようだ。
「だから、敢えて本名で呼ばなかったんだ!君の名を呼ぶのはベッドのな……」
サンドラは顔を真っ赤にして無言で再びナックを殴り飛ばした。
再び集まった野次馬達がまたも賭けを始める。
「待て待て!俺は今までそれはもう星の数ほどの女性と恋に落ちたんだぞ!」
「……それで?」
「一字合っただけも誉めて……ぐわっ悪かった!」
更にサンドラの怒りを買いボコボコにされるナック。
「……いい加減して」
「そうなんだ」
「いやっ!そんな事言ってないで助けてくれっ!!」
サラは野次馬達の中にナックを睨む女性がいるのに気づいた。それも複数。
「嘘でしょ……ほんといい加減にして」
こうして徒歩十分程の距離にもかかわらず、訓練所に到着するのにニ時間かかったのだった。




