103話 快楽都市ヨシラワン
ウィンドとリサヴィは都市国家ヨシラワンに立ち寄る事にした。
サンドシップから降りた場所から一番近い街であるのとナックの強い希望によってである。
女性陣はヨシラワンへ行く事を最初嫌がった。
しかし、この街を逃すとあと数日は野宿だと、これまでに見たこともない真剣な顔でナックに説得され、背に腹はかえられぬと最後には了承したのだった。
女性陣が嫌がったのはヨシラワンは快楽都市との別名があり、娼館が非常に多いからだ。
「石を投げれば娼婦(男娼)に当たる」と吟遊詩人が歌うほどである。
中でも遊郭と呼ばれる区域には、世界中の美男美女が集まっており、この世の天国と呼ぶものもいる。
このような街だと治安が心配になるところだが、普通の街と大して変わらない。
国が遊廓を含め、多数の娼館を運営しているからだ。
そのため、ボッタクリ店が少なく、強制労働も禁止されており、見つかった場合は厳しく罰せられる。
借金の肩に売られてきた者達にはきちんと契約書が作成され、記された金額を完済した際の自由の確約もされていた。
他の街にある娼館より買い手だけでなく、働く者にも安心だと言われている。
また、ヨシラワンの独特の雰囲気に飲まれ、今まで意識すらしていなかった者との間で男女の関係になる事も少なくなかった。
それを期待して片思いの者が意中の者をなんとか連れて来て思いを遂げようと考える者も少なくなかったが、中には当初の目的を忘れ、娼婦らに夢中になって身を滅ぼす者も少なくなかった。
サラはヨシラワンが噂以上である事を知りゲンナリしていた。
何せフードを深く被ったサラは男か女かすらわからないはずなのに“交渉”を持ちかけてくる者がいるのだ。
サラだけでなく、リオにまで交渉してくる。
ローズなどは言い寄ってくる男に切れて蹴りを入れる始末である。
サラにしつこく迫った男をカリスが殴りつけたりもした。
もちろん、ヨシラワンの中にまともな区域もある。
貴族などの街の権力者が住む区域や冒険者ギルドがある区域だ。
冒険者ギルドに近づくと辺りから男娼、娼婦、それに買い手が一気に減り、普通の街の雰囲気になった。
ベルフィ達は冒険者ギルドで宿屋を紹介してもらい、部屋に入るとぐったりした。
いや、一人だけ目を輝かせている者がいた。
ナックである。
ラビリンス攻略祝いは今夜行うことになり、それまで皆自由時間となった。
ベルフィ達ウィンドとリオ達リサヴィはいつものように部屋は別々である。
今回、部屋決めはすんなり済んだ。
部屋割りでいつも文句をいうカリスだが、サラに声をかけてきた冒険者と殴り合いになり、衛兵に連行されてその場にいなかったからだ。
部屋を取るとベルフィはカリスを迎えに兵士の詰所へ出かけて行った。
リオが部屋から出てくるとナックが声をかけてきた。
「リオ、こっちだ」
ナックが手招きする。
「リオ、ラビリンス攻略祝いにいいとこ連れてってやるぞ」
「いいとこって?」
「お前が前から行きたいって言っていた遊郭だ」
嘘である。
これこそ、リオを、いや、リサヴィを引き止めるためにナックが考えた作戦であった。
男として生まれた事の素晴らしさをリオに教え、更なる尊敬を集めた上で自分もちゃっかり楽しむという、一石二鳥の作戦であった。
ちなみにこの作戦にベルフィは非常に懐疑的で、ナックにリオの取り込みを任せた事を後悔し始めていた。
その場にいたローズなどは、
「そんなもん成功するもんかっ!」
と反対したが、ナックは平然として、
「成功させてやるぜ!性交だけになっ!」
と言ってローズに殴られた。
そしてそのままナックは押し切ったのだった。
「僕、そんな事言ったっけ?」
とリオが首を傾げる。
「ああ。この街の遊郭はな、都市国家連合で一番大きいんだぜ。女の子も各地から美女が集まると有名なんだ!こりゃ行くしかいないだろう!」
「そうなんだ」
「さ、そうと決まればさっさと行くぞ!」
「わかった」
「リオ、どこへ行くのですか?」
リオは階段を降りる途中で背後からサラに声をかけられ振り返る。
ナックが慌てた。
「リオ!言うんじゃな……」
「遊郭だって」
「……」
あちゃあ、という表情をしたナックにサラが冷たい視線を向ける。
「ナック」
「ちょ、待てよ!これはリオが望んだことなんだ!」
「……そうなんですかリオ?」
「うん、そうらしいんだ」
「つまり行きたいと言った覚えはないのですね?」
「うん」
「あ、こらっリオ!卑怯だぞ!自分だけいい子ぶりやがって!」
「ナック」
「わ、わかったよ」
「……まったくあなたという人は」
「リオ、しょうがないから今回は俺が奢ってやるよ」
嘘である。
ナックは最初からリオを遊郭接待する気だったので奢る気でいたのだ。
更にいえば、自身を含むその金は必要経費としてウィンドの共用費から出されるのであった。
「ありがとう」
サラはナックの斜め上の答えにがくっ、となり、リオが何も考えず同意したことに頭にきた。
「『ありがとう』じゃありません!ナック!あなたは一体何をわかったのですか!?」
「冗談だって」
「……」
「まあまあ、サラちゃん落ち着けって」
「私は最初から落ち着いていますが」
「いやあ、そんな冷たい目で睨んで言われてもなぁ」
「……」
「いいか、サラちゃん。冒険者ってのはいつ命を落とすかわからないんだぜ。それはわかるな?」
「ええ」
「だからさ、悔いのないように今出来ることは今やる。ヤレるときにヤルんだ。女はわからんが、少なくとも男はそういうもんなんだぜ!」
ナックはどこか誇らしげに言った。
「……」
「そうなんだ」
「いや、お前に納得してもらってもな」
「……」
サラは無言のまま冷たい目でナックを見るのをやめない。
折れたのはナックだった。
「俺が悪かったよサラちゃん」
「本当にわかったのですか?」
「ああ。その代わり……」
「なんですか?」
「リオの相手を頼むな」
「は?……ちょ、ちょっと何を言い出すんですか!」
サラは突然のことに動揺し、顔を少し赤らめながらナックを睨む。
「いや、リオが遊郭へ行くのを邪魔をするならサラちゃんが責任をもって相手すべきだろう?」
「なんでそうなるんです!そんなわけないでしょう!」
「あ、子供できたらサラちゃんが一人で責任持って育てるようにな」
「私の話聞いてますかっ!?絶対しません!」
「あれー?じゃあ、なんでリオが遊郭行くの邪魔するのかなー?おかしいぞー」
(……こんのエロ魔術士が!)
「どうしたのかなぁ?何黙ってるの?考え中?まだ決心がつかない?って、まさかサラちゃん処女じゃないよな?」
ナックはリサヴィ引き止め大作戦実行中である事をすっかり忘れ、サラをからかうのに全力を注ぐ。
「……そんな事あなたにいう必要はありません」
「……え?なにその回答、その表情……って、マジ?!そうかー、サラちゃん処女かー」
「私は何も言ってませんが!」
「わかったわかった。これは俺達だけの秘密な」
「いい加減にしてください!ともかくリオにはまだ早いです!リオ!」
「ん?」
「そんなところへ行く暇があるのでしたら私が剣の稽古に付き合ってあげます。どうしても遊びに行きたいなら私に勝ってからにしなさい!」
「僕は別にどうでもいいけど」
「何言ってんだリオ!サラちゃんに勝ったらサラちゃんが相手してくれるって言ってんだぞっ!」
「そうなんだ」
「そんな事言ってません!」
「いやいや、サラちゃん、ちょっと我儘言い過ぎだろ?サラちゃんはリオの姉でも母親でもないんだ。赤の他人がそこまで強要できないだろ?」
「く……」
「ん?ん?」
(あー!ムカつくわその顔!殴りたい!殴りっていいわよね!?殴っちゃお……って、落ち着くのよサラ!)
サラは深呼吸してからナックを見た。
「……わかりました」
「お?」
サラの返事が意外で今度はナックが驚いた顔をする。
「確かに私の我儘ですね。リオ、どうしますか?遊郭にどうしても何が何でも死んでも行きたいですか?略して死にたいですか?」
「サラちゃん、落ち着けって。その略おかしいだろ」
サラは自分でも何故こんなにリオを遊郭へ行かせたくないのか理解できなかったが、理解できなくても行かせる気は全くなかった。
リオの返事次第では手足をへし折ってでも阻止する気でいた。
そんなサラの決意など知るはずもないが、リオはマイペースで答えた。
「僕はさっきからどうでもいいって言ってるけど」
サラはその答えに表情は変えなかったが内心ほっとしていた。
「では私と稽古する方を選ぶのですね?」
「そうだね。確かに僕はもっと強くなりたいからサラが付き合ってくれるなら稽古したい」
「と、言うことです。ナック、遊郭へは一人で行ってください」
「いやいや、俺も付き合うぜ。見学も面白そうだ」
「剣術に興味があったのですか?」
「全然。ただ、リオがサラちゃんに勝ったら本当に相手するのかに興味がある」
「約束は守りますよ。リオが私に勝てればね」
「おお、すごい自信だねサラちゃん。だけど大丈夫か?前にもう剣だけでは勝てないかもって言ってなかったか?」
「やってみればわかります」
サラは平然として言い放ったが、内心では「しまった!」と思った。
(思わず言ってしまったけど、本当にリオ強くなったのよね。で、でもまだ私の方が強いわ!大丈夫よ!)
「よし、リオ、俺が参謀になってお前を勝たせてやるぜ!」
「そうなんだ」
「……」
「サラちゃんにギャフンと言わせてやろうな!あ、ベッドの中では『あんあん』と言わせてやるんだぞ!」
「そうなんだ」
「……」




