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ふたり  作者: 魚
3/3

ローマ編

次に意識が有った時、俺は西の大国にいた。

白い肌の人間たちを中心に回るこの国で、奴隷の子として生まれた。

母親のことは憶えているが、父親のことは憶えていない。多分、父親は自由な身分の人間で、最初に仕えていた人間だったんだろうと思った。7つになってから、俺は売り飛ばされた。

奴隷商人に売り飛ばされてから三日間、思い出したく無いほどに毎日のように鞭で叩かれて、礼儀作法を仕込まれた。それから、首に値札を下げさせられ、市場へ出た。


俺を覗き込む自由人に、商人が言う。

「らっしゃい、こちらは、緑の目を持つアジア人ですよ、珍しいでしょう?愛玩用にするもよし、そのうち大きくなったら、鉱山にでも売れば高く売れるでしょうな。」

俺を覗く自由人の顔は、逆光で良く見えない。

だが、売れ残ったら、隣で売られている猛獣の餌にでもされてしまうらしいから、俺も一生懸命に声を上げる。

「この国で生まれましたから、この国の言葉、少しなら話せます。身の回りの世話とか、何なりとお使い下さい。」


「なかなかいいじゃないか、親爺、いくらだ。」

とその人が言う。

「五十でいかがですか。」

「こいつはまだ成人してない、三十が関の山だろう。」

値段交渉が始まり、自分の命に値がつけられていく。俺は、腹が減ったと思いながらその光景を眺めていたが、自分の主人になるその自由人の顔を見れた時、ふと記憶のぼんやりしたところから、あいつの記憶がすっと現れた。

「よし、四十で決まりだな?」と言ったその顔は、夢に良く出てくる人の顔だった。

「…」

何も言えなくなってしまった。

断片的な記憶の中で、俺は、今から俺の主人になる人と言葉を交わしたりしていた。

静かな湖畔の(へり)で、今より少し若い彼が俺の隣で話していたこと、それから、もっと若い彼が、俺と戦い、捕虜になって、それから一緒に星を眺めて…

だが、それを言ってはいけない気がした。そういう妄言を、吐かない方が身のためだ。というか、ご主人様の許しがない限り、発言してはいけない。それが奴隷の立場であり、生き延びるコツなんだと三日間、痛いほど教えられた。


だが、目の前の主人は優しく、馬車で帰る道中、俺が黙ってしまうと、呼びかけてきた。

「どうした、怖いのか?俺はお前を意味なく叩いたりしないぞ。」

黙っているのも無礼で、俺は口を開いた。

「ありがとうございます…俺は、その、…突然に買い取って頂いたので、何を言っていいかわからなくて…」

「そうか。お前の仕事は、俺の戯れに付き合うことと、身の回りの世話をすることだ。俺は、金持ちだが天涯孤独の身でな、親父が遺した奴隷以外に初めて、自分の奴隷を買うんだ。」

また、こうも言った。

「お前に期待してるぞ。さっき言っていたように、ちゃんと身の周りの世話をしてくれ。それから、まだ初めてだと思うが、夜伽にも付き合ってもらうぞ。」

と言って、突然、俺の腿に触れた。

「はあ…まだ固くなり切ってない筋肉…いいなぁ。…何、大丈夫だ。痛がるようなことはしないさ。」

生々しい視線に、少し怖くなって、馬車の外を見た。夜伽と言って、何かされるのはわかったが、得体がしれなくて、怖いと思った。

奴隷商人が何かそれについても教えてくれた気がしたが、あまり知らない方が主人が教え込む楽しみがあるだろうから、と、あまり良く教えてくれなかった。

何をされるのかわからないが、少し、この人の舐め回すような視線が怖いと思う。


馬車は豪奢な庭に入っていき、そして止まった。庭には様々な植物や花が植えられ、その向こうに石造りの家があった。

俺の記憶の中にある、平原の中のゲルとは全く違う光景に、俺はただ嘆息するばかりだった。

「お前の生まれたところとは大違いか?」

はい、と俺は答える。

「一応、父は母のような奴隷を持てる身分でしたが、こんな豪華な家にはすんでおりませんでした。」

「そうか。今日からお前の家と思ってくらせばい。」

新しい主人は、俺を自由にさせたがった。勿論、奴隷としての自由だが、それでも十分すぎる自由だった。

庭で好きに葡萄を摘ませてくれたり、花を手折ったりさせてくれた。

俺は嬉しくて、葡萄を取っては彼に渡したり、花束を作って瓶に活けたりした。


「おい、そういえば、お前の名前はなんていうんだ。」

「名前はありません、お好きにお呼びください。」と答えれば、

「なら、瞳の色から翡翠(ジェイド)にしよう」

と言われて、なんだか腑に落ちた。昔から、この人にジェイドと呼ばれていたような気がして。

「俺はアイリーだ。いいか、お前の主人の名前。これを憶えとけば、周囲の街でお使いができる。」

「アイリー…わかりました。」

俺は応えた。そして、やはりなじみのある名前だと思った。


過去、というか、前世の記憶が、断片的に、ある。俺の中にある記憶は、明らかに今生のものではない。どこかから勉強のために引っ張り出した学者の高論から、生まれ変わりがあるとを論じられていると知った。俺は、たまに見る夢を前世と呼ばれるものなのだと仮定した。前世の俺には二種類あり、遥かに原始的な世界でアイリーと鷲の巣を見に行った記憶や、最後は殺しあったような記憶が断片的に有った。俺は、彼に好意を抱いていたように思う、今より濃密に。

もう一つの記憶は、それよりは遥かに文明の進んだ世界で、彼とあいみまえた記憶だった。やはり俺たちは殺しあっていて、やがて俺の方が圧倒的有利になり、アイリーを捕虜にした。今とは立場が逆だ。ゲルの外に出て、天気のいい夜には、アイリーに星の物語をせがんだ。不可思議で玄妙なその世界は、今いる世界の物語と符合する。ただ、神々の名前は、それぞれ違っていた。ゼウスはユピテルに、ヘラはユーノーに変わってはいたが、物語のあらましを語れば、今のアイリーは褒めてくれた。


「お前は勉強ができるな。大きくなったら執事として、家の会計とかやり繰りを手伝ってもらおうか。」

と、アイリーは言う。

「俺、大きくなっても売られずにすみますね?ありがとうございます。」俺は嬉しくなって礼を言う。

鉱山にでも売られたら、そこは三十年と生きられる環境ではないらしい。それに、俺は何より、アイリーと一緒にいられるのが、嬉しかった。時々、母恋しさに泣く時もあるし、他の奴隷の嫉妬をやり過ごさなくてはならないが、それでもアイリーの側にいられるのは、嬉しかった。

俺の妄想かも知れないが、アイリーとは前世からの仲なのだ。勿論、ご主人様と呼んではいるが、アイリーは俺に優しくて、まるで兄という存在がいたらそんな感じだったろうと思うほどだった。


ある晩、突然に夜伽を命じられた。

「とは言え、お前は俺の言う通りにしていればいい」とアイリーは言う。

いうなりに体を清められ、不浄の穴まで洗われ、俺はたじろいだ。

「ご主人様、これは一体どういう…」

その瞬間、断片的にだが、過去の記憶が甦って来た。自分はいつも抱く側としてアイリーを見ていたので、抱かれるのだと思うと顔がカっと火照る。なんだか恥ずかしい。優しく体を抱えてくれるアイリーの顔を、まともに見られない。

「お前があまり痛かったり苦しくないといいんだがな。」

と、アイリーは言う。俺の服を脱がせながら、自分の服も脱いでいる。あんなに憧れていた彼の素肌なのに、恥ずかしくて目を逸らすことしかできない。

「お尻を出してごらん」と言われて、尻を向けて四つん這いになる。胸がドキドキする。どうしてかわからないが、ちょっと屈辱感もある。アイリーは、俺の尻を撫でてみて、

「柔らかいなぁ」なんて言っている。

肛門に、潤滑油と一緒に指が入って来た。

初めは痛いのを我慢していたが、段々と痛さが熱さに変わり、中の指が蠢くのがぞっとする感覚というよりも、ぞくぞくしたくすぐったさのようなものに変わる。

「恥ずかしい…」と言ったら、

「初めはそうだろう。段々、気持ち良くなるさ」と言われた。

何を根拠に…と思ったが、奥の方で指が俺の何かに触れた時、じんと痺れるような快感が走った。


「あっ…」

思わず声が出てしまう。その声に呼応するように、ねっとりじっとりそこを責められ、快感なのか嫌悪感なのかわからない風な感覚に襲われる。

「その恥じらいも俺の愉悦だ、可愛いよ、お前は。」

と言われ、恥ずかしいけど誇らしいような変な気持ちになる。それよりも強烈な快感に、心ここに在らず、といった風情だ。

「あっ、あ、…」

この主人のためなら、命を捨ててもいいと思った。大好きで、憧れの、俺のご主人様。ふと、前世もこんな気持ちだったのを思い出した。何の因果も絡まなければ、俺はいつでも彼のために生きることを、躊躇いなく選んでいただろう。


「ジェイド、もういいかな?抱くぞ。」

と言って、アイリーは俺の中に入ってきた。

世界が反転するような、悪夢のような夢見心地のような、異常な感じに身を任せるしかなく、変な反応をしてしまった。それが、アイリーに知られてしまうのが、怖かった。幻滅されたくなくて、俺は、

「気持ちいいです」と声を絞り出した。

「嘘つくなよ。変な感じなんだろ?」と問われ、正直にはい、と言うしかなかった。

「奥にイイところがあるんだな」と、アイリーは俺を労わるように頭を撫で、さらに入ってきた。身体の奥に、ぞわりとするような感覚を覚えて、でも、痛みと不快感がその快感と混ざって、俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

「だんだん、良くなるから。」とアイリーは言って、俺の中に慎重に入っていく。濡れた紙を扱うように丁寧に、俺の体を愛撫してくれる。


「ほら、全部入った」

アイリーがそう言った時、腹が苦しくて、俺の額にはじっとりと汗が滲んでいた。

痛い。苦しい。でも、それを言いたくなかった。アイリーを喜ばせたかった。

「こ、この後…どうするんですか?」

俺は訊いた。

「これをお前の中で動かす。…はぁ、お前、柔らかいな」

アイリーが後ろから俺を抱きしめる。

「動いていいか?」

「はい」

アイリーが獣のような息遣いで動く。

その度に痛くて、俺はビクリと体を揺らす。

「痛いか?」

「…大丈夫です」

痛いが、快感もあった。

脳が溶けるような、神聖な痛みと快楽。

この人と一つになっているのだと感じる。

それがくすぐったくいようで、嬉しくて。

でも痛くて、俺は荒い息を吐く。

アイリーは二十分ほど俺の中で動いて、最後に俺の中で精を吐いた。

「…はぁっ…」

アイリーの手が頭を撫でる。

体の中の熱い液体が俺を恍惚とさせる。

「好きです」

と言った。

「ご主人様が、好きです」

胸を衝くように言葉が出てきて、切なくなった。

「ん…俺もお前が好きだよ」

体を離したアイリーは俺の頭を撫でる。

その夜は、そのまま寝た。


翌日、アイリーは馬から落ちて死んだ。

俺は鉱山に売り飛ばされ、その三ヶ月後に死んだ。

ずっと、何がいけなかったのか考えていた。

どうして幸せになれないんだろう。

三回目だ。

わからなかった。

まぁ、運なのだろうという気もした。

病気になり、生きたまま病人や死人を入れる穴に放り込まれながら、次こそは、と願った。





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