古代ギリシャ
古代ギリシャが覇権を唱える時代に生まれ変わったジェイドは、スキタイの部族に生まれ変わっていた。アイリーを探す日々だが、どうにも見つからない。諦めかけていたその時、アイリーが見つかって…?
本当に来世があるなんて、信じてなかった。
生まれ変わりは本当にあり、俺は、東の方の土地に生まれたらしかった。
もう何千年も経っているらしく、人間は大きな獣に怯える必要もなく、広大な土地に広がっているらしかった。俺は東に生まれたらしいが、西の方にも人間は居て、白い肌に青い眼の捕虜や商人を見るたびに、俺はあいつが生まれ変わってやしないかと思って注意して見ていたのに、そんな奴は居なかった。
俺たちは狩りをし、西の国の領域を侵しながら進んでいく。西には大きな国があるらしく、俺たちは、東の名のある王族だったが、今は落ちぶれて西へ移動せざるを得なくなった、というのが、俺の祖母から聞いた昔話だった。
俺は、今や十八になっていた。西の国とは小競り合いもあるが、大体勝ってしまう。勝てない時は、撤退した。俺は酋長から小隊を任され、騎馬戦で攻め込む役が主で、その度にあいつの鷹のように気高い蒼い眼を探したが、もしかしたらあいつは生まれ変わっていないのかも知れなかった。
夢を見る。あの時の湖畔で、他愛ない話をする夢を。もしかしたら、魂だけ生まれ変わって姿は変わっているのかも知れないが、俺自身が、以前と変わらない、混ざり血の半端な緑の目に赤銅の肌をしている以上、あいつもそこまで変わってはいないのではないのかと思った。
ある日見つけた。突然のことだった。肩に矢を受けて逃げ損ねた兵士の兜を、足蹴にしたら、あいつの顔が出てきて、止めを刺すつもりだったその手を、俺は止めた。
運命というやつだろう。普段戦っている時は、相手の顔なんか見ない。なのに、倒れ込んだやつの兜を脱がせた。あいつだった。
年の頃は、俺よりも下だろうか。ほっそりした美少年が、額から血を流しながら、俺を睨み付けている。その眼は、以前と変わらない蒼だった。美しいその眼にしばし魅入ってから、剣が俺の首目がけて掛かって来ていることに気付いて、手から剣をはたき落とした。
「アイリー。」と呼ぶと、驚いた顔をしていた。何故俺の名を知っている、と言いたげだ。
こっちは、あの短い人生含めて大体三十年分、覚えている。やはり、俺たちの決闘虚しく戦になった。そして俺は戦の途中で死んだ。あれから、あいつを忘れた日なんて、一度もない。
「野蛮人めが。」と、やつは自国の言葉で言う。全く、西の国の奴らときたら、異国語を憶えようとしない。特に、武人と貴族は。そのせいで、こちらが割と西の国の言葉を覚えていたりする。
「オマエは、マケた。今カラ、オレの、ホりょだ。」俺は片言で彼に話しかける。全く、西の国の言葉は、難しい。まぁ、通じたのだろう。俵抱きにして馬で連れ帰ったが、疲れていたのか、反抗はしなかった。
怪我を手当して、俺の寝床の隣に、粗末ながら寝床を用意してやる。仲間には散々、あれは稚児にするのだろうとからかわれたが、俺には、無理矢理彼をどうこうするつもりなんて、持てなかった。
その代わりに、記憶がないか、片言の西の国言葉で聞いてみた。夢を見たことがないか、夢の中で、二人で鷲の巣を見に行ったことがあるはずだと。
あいつは、頭のおかしい蛮族に捕まってしまったとでも思ったのか、されるがままに治療を受け、唇をキリリと結んだまま黙っていた。
焦れったくもなる。
仲間の言うように、犯してしまおうかとも、一瞬、思った。だが、それは許されないことだとも思う。俺は、アイリーが好きだ。でも、あいつにとっては、俺は、やつを捕らえた蛮族でしかない。また、歳下でもある。なら、優しく接するしか、その心を勝ち取る術は無いと思った。
毎日、俺は連れ帰った捕虜の機嫌を伺った。そのうちに、何を思ったか、あいつの方から、まるで俺の召使いのように振る舞い出した。
俺がゲルから出ようとすれば、靴を履かせてくれる。俺が馬に乗ると、武具を持たせてくれる。小姓のように、呼びもしないうちから付いてくる彼を見て、友人達は、「充分躾をしたのだな」と言ったり、「褥で良くしてやってるんだな」とニヤッとしたりしたが、俺は別に、そんなことはしていなかった。ただ、あいつが察しよく捕虜としての、奴隷としての役割を果たしているだけだ。
西の国は、奴隷狩りを良くする。奴隷なしに成り立たない文化を持っており、俺たちは、常に略奪しつつも、彼の国に略奪される。奴隷が沢山いる国に生まれて、恐らくは幼少期から奴隷を使っていたアイリーは、奴隷の役割を熟知していたし、奴隷になりきるのも上手かった。
俺は、ただあいつとまた友人になりたかっただけだ。だから、昔の話をした。しかし、アイリーには良く伝わってなかったようだ。次第に巧みになっていくこちらの部族の言葉で、アイリーは俺に聞いた。
「アンタは、オレを誰かと間違えてるんじゃないですかね。オレは、アンタに見覚えがない。」
また、アイリーは寝物語に色々な話をしてくれた。星と星を繋いで、英雄や神獣が夜の彼方にはいると、西の国の人間たちは信じている。その英雄たち、半神半人の話を、アイリーはよく俺に話した。そういう時、俺はあいつと肩を並べて仲良くしているように感じた。
しかし、その親しみも、従順も嘘だった。一年が経つ頃、俺は、ちょっと部族から離れた瞬間に、西の国の奴隷狩りに遭ってしまった。
手引きをしたのは、アイリーだった。
「良くも手篭めにして辱めてくれたな。」と、アイリーは言った。虜にされたことが、彼には相当応えていたらしかった。
俺は、やつが嫌がったことなどした覚えがない。だが、蛮族と過ごした一年は、アイリーにとって屈辱だったのだろう。もしくは、目つき、だろうか?やはり俺はアイリーを舐めるように見ていたのだろうか。
「スキタイはよく、人間の皮を剥ぐらしいな。こいつにその痛みを味わわせてやれ。こいつの皮を、生きたまま剥げ。」
奴隷狩りに命令する彼は、どうやら故国では身分が高いらしい。
でも、こんな立派な奴なら値が付きますぜ、この若さなら、どんな鉱山主も欲しがる労働力です、と、多分そんなことを言っているらしい奴隷狩りがいた。
だが、アイリーはそんなことに頓着しない。それほどまでに憎まれていたのだと、今更ながらにそう思った。
それから、本当に生きたまま、皮を剥がされた。信じられない痛みで、俺は気が狂いそうになった。周囲の雰囲気は段々と興奮気味になり、普段俺たちの部族にこいつらがやられている分は、俺への加虐として回って来たらしかった。
手足を切り刻まれ、肛門に捩じ込まれた。
目玉を抉られ、飲み込まされた。想像を絶する痛みの中で、ああ、失敗したのだという思いがした。
俺はまた、アイリーと一緒に暮らすことに失敗した。
神がいるなら、争いのない世界で何故出会わせてくれなかったのだろう。折角アイリーを見つけ出したのに、こんな終わり方は嫌だ。
嫌だと思いながらも、意識が歪む。もう、何も感じない…
前に死んだ時と似ていた。
ああ、俺は死ぬんだな、と思った。
今回は、ヒストリエと言う漫画を参考にした部分が多いです。前回ローマを舞台にすると言ったな。あれは嘘だ。その前に、古代ギリシャはやっとかなくちゃな、と思って書きました。