Chapter26-1 自由に、未来へ(4)
「……」
「機嫌を直してくれよ。仕方ないだろう?」
ミネルヴァの妊娠が判明した日の夜。オレとミネルヴァは二人きりの時間をすごしていた。あけすけに言うと、みんなが気を利かせてくれたのである。
ただ、オレの膝の上に座るミネルヴァは、不機嫌そうに顔を歪めていた。頬を少し膨らませて、眉間にシワを寄せている。正直、可愛い。
どうして、彼女の機嫌が悪いのか。
妊娠が発覚したため、『数日後に前線指揮に戻る』という予定がご破算になってしまったせいだった。思っていた以上に、ミネルヴァは前線で戦うことに意欲的だったらしい。
「言っておくけれど、前線に戻れない話だけじゃないわよ。今後、約一年は大人しくしなくちゃいけないのが嫌なの。最後の最後で役立たずなんて、本当に最悪」
――なんて考えていたら、本人から訂正が入った。
なるほどね。前線の一件のみならず、今後しばらくは動けないことを無念に感じているのか。確かに、このタイミングでは、終戦まで大人しくしているほかない。
……いや、他にも何かありそうかな?
ミネルヴァの僅かな感情の揺らぎを認めたオレは、頭を下げて彼女の顔を覗き込む。
「何よ?」
「んー」
思いっきり睨まれてしまうが、気にしない。頬が赤く染まっているし、感情にも明るい色が見受けられる。いつものツンデレだと判断できた。
程なくして、オレは納得した。
ミネルヴァが一番悔しく思っているのは、“オレに関する何か”に力を貸せないからだろう。こちらを見つめる瞳を見れば、何となく察しがつく。
そして、その“何か”の正体は……オレが受けた死の予言だな。直近で思い当たるのは、それくらいしかなかった。
厳しい態度を取りがちなミネルヴァだけど、その心は決して冷たくない。むしろ逆。貴族としての振る舞いを優先しつつも、その情熱の高さは仲間うちでも上位に入ると思う。
自分が愛されていると実感できるのは、何度経験しても嬉しいものだ。
「何をニヤニヤしてるのよ」
「痛い痛い」
どうやら、感情が面に出てしまっていたみたいだ。それが気に食わなかったらしいミネルヴァは、ギュッとオレの太ももをつねってきた。
照れ隠しなら、もっと優しい形にしてほしい。大して痛くないとしてもさ。
「そういえば、預けてるカレトヴルッフはどうだ?」
オレは彼女の頭を撫でてなだめながら、話題を変えることにした。
何せ、妊婦の彼女が戦えないことについて、議論の余地はないもの。語り尽くしたところで、結論が変わるわけがない。深掘りすればするほど不満が募るだけだろう。
せっかくの吉報を、そんな悲しい状態にはしたくなかった。
その辺りは、ミネルヴァも理解している様子。だから、素直に応じた。
「ものすごくうるさいわね。やれ保管方法が悪いだの、やれ装置の付け方が悪いだの、やれもっとイケメンを用意しろだの。とにかく要求が多いのよ。全部無視してるけれど」
「煮るなり焼くなり好きにしろ発言は何だったのか」
相変わらず、手のひらを返すのが早い。もはやドリルだな、クルクル回転している。
オレとミネルヴァは視線を交わし、同時に溜息を吐いた。口に出さずとも、お互いが何に呆れているのかは分かり切っていた。
「それにしても、師子王が所持してた時は黙り込んでたくせに、今はペラペラ喋るんだな」
「そこは一応聞き取りしたわよ。何でも、何代か前の所有者に『お喋りの剣とか気味が悪い』って言われたのがトラウマだったらしいわ」
「一万年近く前のことを、ずっと引きずってたと?」
「曰く、今までにないくらい好みのイケメンだったとか」
「……そうか」
呆れてものが言えない。カレトヴルッフの趣味は筋金入りだな。
「今、喋りまくってるのは、黙り続けてた反動ってことか」
「あと、自分が喋るのを、当然のように受け入れてくれてることが嬉しいんじゃない?」
「なるほどな」
『剣が喋る程度で今さらどうした?』という話だもんなぁ。非日常に毒されすぎている自覚はある。
「ちなみに、ヒトと直接喋れるのは、カレトヴルッフだけだそうよ。仲間を強化する能力【希望の象徴】は意志を統一する効果もあって、それを応用しているらしいわ」
「ってことは、他の聖剣の説得は無理か」
カレトヴルッフのように説得し、無害化する方法も考えていたんだが、意思疎通が取れないと難しいな。
「ヒトの言葉自体は理解しているそうだから、話自体は聞けるみたいだけどね」
「それじゃ意味ないだろう」
ミネルヴァの補足に、オレは苦笑を溢す。
一方的な声掛けでは、説得とは言い難い。お互いに意見をぶつけ合える状態でなければ、妥協点を探ることも不可能だもの。
まぁ、ダメ元の案だったから、そこまで痛手でもないが。カレトヴルッフの情報が正しいのなら、聖剣が抱く星外への殺意は“本能”だ。それも、かなり強めの。
オレへの攻撃を我慢するのは、『飢餓状態の人間が、目前にある美味しそうな料理を我慢する』のと同じだと言えよう。つまり、ほぼ不可能に近い。
今後、聖剣と相対する場合は、一度叩きのめしてから対処するしかなさそうだな。
そのためにも、“星の力”の研究は必須だろう。オレへの悪影響を排除しなければ、寝首を掻かれる可能性がある。
「で、研究の方は?」
「順調よ。うるさくはあっても、カレトヴルッフは協力的だもの。暴れないし、質問には素直に答えてくれているわ」
それから、ミネルヴァは現時点での研究成果を報告する。
「結論から言うと、“星の力”は星が保有する免疫みたいなものね。本来は星内に留まっているけれど、星の運営に致命的な何かが出現した際、迎撃に出てくる力よ」
「ってことは、聖剣は――」
「そう。“狂気”という脅威に対抗するため、星がもたらした兵器ね。あなたの調べでは、当時の人類が創造したらしいけれど、その動きに星自身が呼応した可能性が高いと思うわ」
「だろうな。ドゥリンダナやカレトヴルッフ、大蛇之荒真刀は、どう考えても人類が生み出せる性能をしてない」
聖剣の高性能への違和感に対し、『“星の力”を内包しているから』だと無理やり納得させていたけど、そういう事情ならしっくり来る。
人類の総力のみならず、星のバックアップがあったのなら、あれだけの力を得られるだろうさ。
ミネルヴァは説明を続ける。
「ただ、星や“星の力”自体に、明確な意思はなさそうだわ。システムとして外敵を排除しようと動いているみたい」
然もありなん。星に意思が存在したら、聖剣なんて回りくどいものは作らない。寿命付きの生物兵器を作った方が合理的だ。
おそらく、“星の力”とは、あくまでも星の住人の意志に応える力なんだろう。自発的に動き出すものではないんだと思う。
「とりあえず、星自体が敵に回る危険はなさそうで安心したよ」
オレはホッと胸を撫で下ろす。
対星なんてSFも顔負けの展開は、正直勘弁してほしかったので、本当に安心した。
すると、ミネルヴァは半眼を向けてくる。
「安心するのは早いでしょう。何者かが、あなたの排除を星に願うかもしれないのよ?」
「それが起こったとしても、結局は対人だろう? “星の力”を得たヒトが相手だ。星そのものと戦うわけじゃない。だったら、いつもと変わらないさ」
「それはそうだけれど……油断するんじゃないわよ?」
「大丈夫。オレは油断しないよ」
仲間たちに口を酸っぱく『油断するな』と言い続けているんだ。当のオレがそれを破るはずがない。そんなことをしたら、恥ずかしくて表を歩けなくなる。
ともかく、星が敵に回らなくて良かった。最悪、宇宙の旅に出る必要があったかもしれないからね。
オレは努めて優しくミネルヴァを抱き締める。
「んぅ。急に何?」
「いや、幸せだなぁって」
「……そう。そうね、私も幸せだと思うわ」
真面目な話も一段落した。であれば、残るは夫婦の時間だろう。
といっても、妊娠初期の彼女に無理をさせるつもりはない。軽いスキンシップを取るだけだ。
そして、甘い夜がゆっくりと更けていった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




