Chapter25-ep 方針転換(3)
「返事をする前に尋ねたい。キミは元の世界へ帰る。それは理解してるかな?」
そう。実湖都には帰るべき場所がある。彼女たちがこの世界に滞在できるのは、【異世界回廊】の完成が予定される一年後までだった。
世界の違いというのは大きい。たとえ【異世界回廊】が完成したとして、世界間を自由に行き来できるようになるとは確約できない。
仮に実現できても、そのパフォーマンスを維持できるとも限らない。
だから、安易な決断はできなかった。元の世界に彼女の帰りを待つヒトがいる以上、こちらに残る選択肢を作るのは賢明ではない。
「……はい」
実湖都は、その現実を理解していたよう。オレの『嬉しい』発言で舞い上がっていた彼女は、一転して意気消沈した様子となる。
しかし、うつむくのも一瞬だった。
「でも……それでも、自分の気持ちには嘘をつけませんでした。たぶん、この初恋にフタをした方が、ずっと後悔すると思ったから」
顔を上げ、しっかりとオレを見つめる実湖都。
その決然とした表情によって、彼女が流れに身を任せただけではないことが分かった。
覚悟の上の告白ならば、オレにとやかく言う資格はない。熟慮し、真剣に答えるのみだ。
オレは幾秒か思慮を巡らせ、おもむろに語る。
「実湖都のことは、オレも好ましく思ってる。慎重なところとか、周りをよく見てるところとか、ヒトの和を大事にするところとかね」
「!」
「でも――」
期待の眼差しを向けてくる実湖都を、オレは強めの声音で制する。そして、言葉を続けた。
「オレが抱いてるこの感情は、あくまで友人に対してのものなんだ。現時点では、将来をともに歩みたいと思えるレベルじゃない」
ましてや、二度と元の世界に帰れなくなることの責任は負えない。
重く考えすぎだと感じるかもしれないが、伯爵家の当主であるオレにとって、付き合うならば結婚前提で動かなくてはいけない。すでに複数の嫁をめとっている身なら余計に。
ゆえに、彼女がこの世界に留まることを、考慮しないわけにはいかなかった。
そういった理由もあり、実湖都を受け入れる場合、今までの誰よりも重い結果を招く可能性があった。中途半端な対応だけは、絶対にしてはいけないんだ。
「……」
実湖都は唇を噛み締めた。顔色は悪く、相当ショックを受けていることが分かる。
しかし、オレは何もしない。何もできない。振った張本人が慰めるなんてマネは、どんな愚物でも許されない。
痛く重い沈黙が続く。
カップに残ったハーブティーが冷め切ってしまった頃合い。僅かに声を震わせながら、実湖都は口を開いた。
「ひ、一つ、訊いてもいいですか?」
「何かな?」
「世界間の自由な移動は、絶対にできないんでしょうか?」
「いや、そんなことはない。実現できる可能性もある。成否を確約できないだけだ」
確証がないからこそ、安易な約束を交わせないのである。
オレの返答を聞いた彼女は「そうですか」と頷くと、再び黙り込んでしまった。
ただ、先程までとは異なり、その表情は絶望に染まったものではない気がする。
うーん。これはまさか、いつものパターンなのでは?
嫌な予感をヒシヒシと感じている間に、実湖都は考えをまとめたらしい。「お願いがあります!」と、大きな声を上げた。
オレが視線だけで先を促せば、彼女は同じ声量のまま続ける。
「お願いできる立場じゃないのは重々承知しています。ですが、お願いします。この世界とわたしの生まれた世界を自由に行き来できる方法を作ってください。この通りです!」
そう言って、頭を深々と下げる実湖都。
小刻みに震える肩を見れば、どれほどの決意を込めた発言なのか理解できた。
彼女は頭を下げた状態で語る。
「わ、わたし、ゼクスさんのこと、諦め切れません。さっきは格好つけて『フタをした方が後悔する』なんて言いましたけど、訂正します。自分の境遇のせいで初恋が終わるなんて、嫌なんです。断られるにしても、わたしを見て、わたしを理由に断ってほしい!」
「だから、懸念事項を排除してほしいと? 他人任せすぎないか?」
実湖都の後頭部を眺めながら、オレはあえて冷たいセリフを吐く。
彼女の要求は、それくらい無茶な内容なんだ。研究に懸ける労力はもちろん、成功した場合のリスクもある。自らの手で行うならまだしも、他人へ気軽に依頼して良いものではない。少なくとも、相応の覚悟が必要だとオレは思う。
「ワガママを言ってる自覚はあります。でも、お願いします!」
冷たい視線にさらされても、実湖都は折れなかった。下手な言いわけは口にせず、徹底して頼み込む。
ワガママ、か。
実湖都は、今まで“誰かのために”行動してきたんだろう。
それは、フォラナーダが保護してからの記録からも窺えたこと。そして、彼女の超電能力が【テレパス】特化であることからも納得できた。
そんな彼女が、ここまでハッキリと自らの欲求をさらけだしたのに、頑なに拒絶するのは狭量ではないだろうか? 友人として、多少歩み寄るべきではないだろうか?
……そうだ。オレは、実湖都を友人として見ている。
現時点で彼女の告白を受け入れるのは難しいけど、友の願いを聞き入れるのは吝かではない。
「はぁ、分かったよ」
オレは溜息を吐いた。
「【異世界回廊】の改良を検討しよう。ただし、期限は完成までの一年だ。それまでに自由移動が実現できそうになければ、諦めて元の世界へ帰ること。いいな?」
「ありがとうございます!!」
頭を上げた実湖都は、これまでにない満面の笑みを浮かべていた。
まったく。オレを慕う女性たちは、どうして諦めの悪いヒトばかりなんだか。押し切られるオレもオレだけど。
類は友を呼ぶという言葉からは、目を逸らしておく。
とはいえ、
「残り一年で振り向かせて見せます!」
困難に相対しても心折れず、やる気を溢れさせる女性というのは嫌いではない。
「……我ながら、手の施しようがないな」
己の呆れた性質に、思わず呟いてしまうオレ。
まぁ、約束してしまった以上は仕方ない。せいぜい、頑張って研究を進めるとしよう。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




