Chapter25-ep 方針転換(2)
聖王国の方針が示された日の午後。オレはその足で、王城内にあるサロンの一つを訪れていた。
というのも、実湖都を含む保護されていた転移者たちが、お茶会を開いていると聞いたためだ。
師子王たちの一件は、転移者たちに衝撃を与えた。もちろん、悪い意味で。
であれば、ようやくできた隙間時間を、彼らの心のケアに使うのは当然だろう。三日という期間は、頭の中を整理するのにちょうど良い長さだったと思うし。
転移者たちの集まりは、“お茶会”というよりは“ホームパーティー”に近かった。少し覗いただけでも、お行儀の良さなんて皆無なのが分かる。みんな、思い思いに楽しんでいるみたいだった。
「会議、お疲れさまでした~」
出入口付近で中の様子を窺っていたところ、いの一番に妻の一人であるマリナが駆け寄ってきた。淡い青紫の瞳を半月状に細め、柔和な笑みを浮かべている。
王城内で駆け足なんてミネルヴァが知ったら、『礼儀がなっていない』と怒りそうだな。自分が原因なので、オレからは何も言えないけど。
「マリナも、彼らの様子を見てくれてありがとう」
「いえいえ~。わたしも、異世界のヒトたちと交流を持てて楽しいですから~」
軽く抱擁を交わした後、オレも彼女を労う。
マリナがこの場にいるのは、そう難しい理由ではない。単純に、転移者たちのお茶会に同席していただけだ。傷心の彼らの相手として、コミュニケーション能力の長けた彼女以上の適任はいないと思う。
「おつかれさま、です!」
「うん。マイムもありがとう」
頃合いを見計らって、マリナの肩に乗っていた水精霊――マイムも挙手しながら挨拶してくる。
出会った当初はオレに怯えていた彼女だけど、今やそんな様子は微塵もない。仲良くなる努力をした甲斐があったよ。
マリナの行動を受け、転移者たちもオレの来訪に気がついた模様。
「あ、ゼクスさんが来たよ」
「本当だ、いらっしゃーい」
「その口調は失礼すぎない?」
「前に、公じゃなくて良かったとか言ってなかったっけ?」
「ここ、城の中だぞ」
「前も城の中だったし、場所じゃなくてタイミングの問題じゃね?」
「実湖都―、ゼクスさんが来たわよー」
「ほら。のんびりしてないで早く早く!」
一気に転移者たちが喋り、サロンの中は途端に騒々しくなった。
女三人寄れば姦しいなんて言葉があるが、思春期の青少年でも同じだな。取り留めのないことで一喜一憂し、大いに盛り上がる感受性の高さは、ある意味でうらやましくある。歳を重ねると、良くも悪くも落ち着くから。
年寄りくさいことを考えて苦笑を溢していると、転移者の少女たちに押され、実湖都が姿を現した。
背中を押す友人に文句を垂れていた彼女だったけど、オレと目が合うや否や、バツが悪そうに頬を掻いた。
「すみません。みんなが失礼な態度を取っちゃって」
「気にするな。ここには他者の耳目はないし、城の者たちも事情は把握してる」
「そう言ってもらえると助かります」
ペコリと軽く頭を下げる実湖都。
僅かに頬を染めた彼女は、照れくさそうでいて、どこか嬉しそうでもあった。
これはアレか?
魔力を持たない実湖都の感情は、精神魔法――オレの常用している術では読めない。しかし、オレは素であっても鈍感ではないので、おおよその見当がついた。
兆候はあったが、何でこのタイミングで自覚したんだ?
結論は出ているものの、それに至るキッカケに心当たりがなかった。
……いや、今さらな話か。
この手の話題は毎回唐突で、何度も驚かされている。物語のように劇的な何かが起こるとは限らないと、オレは経験則で知っていた。
「ゼクスさま。他のみんなはわたしが対応しますよー」
ふと、マリナが耳元で囁く。
どうやら、彼女も実湖都の変化に気がついたらしい。その上で的確なフォローをしてくれるとは、さすがだな。
「助かる」
懐の深い妻に感謝を告げた後、相対する実湖都へオレは声を掛けた。
「少し、二人で話をしようか」
「はい」
彼女が小声で返事したのを認めてから、オレは【異相世界】を発動する。それにより、一瞬にして二人きりの状況を作り出すことに成功した。
「とりあえず、座ろうか」
気まずい静寂が流れそうだったので、率先して口を開く。元のサロンを模倣した世界ゆえに、その空席を指差した。
「そ、そうですね」
実湖都も沈黙は避けたかったんだろう。素直に応じ、普段より緊張した面持ちで着席する。
オレも彼女の対面に座り、同時に【位相隠し】からハーブティーを取り出した。
完成済みの品だったため、気持ちを落ち着ける爽やかな香りが、湯気とともに揺蕩う。
「リラックス効果のあるお茶だ。遠慮なくどうぞ」
「ありがとう、ございます」
おすすめしてから、自らハーブティーに口をつける。奥ゆかしい実湖都は、先に飲み始めはしないだろうし。
こちらの動きを見て、彼女もティーカップを手に取った。そして、おもむろに飲む。
ハーブティーは口にあったらしく、幾分か顔の強張りが解けたようだった。ホッと気の抜けた息も吐いている。
その様子を見て頬笑むオレだったが、いつまでも和んではいられない。
「はじめに言っておくけど、オレは割と察しがいい方だ。感情を読む魔法を抜きにしてもね。特に恋愛方面は、今までの経験もあって鋭いと自負してる」
回りくどくする意味もないので、早速本題に入らせてもらった。
こちらのセリフを受け、ビクリと肩を震わせる実湖都。次第に、彼女の顔は朱色に染まっていった。そして、口をあぅあぅと開閉させ、表情をコロコロと変化させる。
とても初々しい反応だ。恋愛ごとに不慣れなのは一目瞭然である。
とはいえ、オレから何かするのは違うだろう。彼女自身が行動することこそ大事だと思うもの。
たっぷり時間を置いて、実湖都は一つ深呼吸した。大きく息を吸って、ゆっくり吐く。体の余分な力を抜くための動作だ。
彼女は真っすぐオレを見据えた。まだ顔は赤いままだったが、意を決した様子で口を開く。
「わたし、ゼクスさんのことがす、好き、みたい、です。格好良くて、頼りになって、安心できて、たまに可愛らしい一面も見せてくれて。そんなあなたが好き、みたいです」
羞恥からか、つっかえながらも最後まで言い切った彼女。その顔はさらに赤く染まり、今にも湯気を上げそうだった。
ここで『みたいです』なんて消極的な表現をする辺り、実に実湖都らしい。
オレは心のうちで苦笑しながら、最初に返すべきセリフを紡ぐ。
「ありがとう。慕ってくれるのは純粋に嬉しいよ」
まずは感謝。その想いを肯定し、素直な感想を述べる。付き合いこそ短いが、彼女の人柄は好ましく感じていたから。
次は告白への返事なんだが、実湖都に関しては事情が複雑だった。
オレは真剣な顔で問う。
「返事をする前に尋ねたい。キミは元の世界へ帰る。それは理解してるかな?」
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




