Chapter25-4 道具(2)
「【シャイニングタイム】!」
子どもたちの大半が敵。そう認識した私は、即座に加速の魔法を詠唱しました。真実がどれほど残酷であっても、狼狽えている時間などありません。
直後、先程まで私の立っていた床から、土魔法と思しき鉄杭が無数に出現しました。
おそらく、四、五人による攻撃ですね。あのまま呆然としていたら、今頃串刺しになっていたでしょう。
「――ッ」
子どもたちの手で殺されかけたことに、さらなるショックを受けました。あんなに仲良くしていたのに、微塵の容赦もなく命を狙われるなんて……。
しかし、私はその動揺を意志の力で捻じ伏せ、動き続けます。今しか、自由に動けるタイミングはないのですから。
というのも、現在は一室での密集状態です。加えて、私は子どもたちの中心にいたため、射線が混在しています。
つまり、味方を攻撃してしまうリスクが発生しているのです。ゆえに、相手の攻撃方法は限られました。近接戦闘、もしくは今のような地面からの攻撃などに。
その隙を私は見逃しません。子どもたちの間を高速で駆け抜け、目的を着実に果たしていきます。
この危機的状況における私の目的とは?
それは、敵ではない子どもたちの保護でした。
そう。すべての子どもたちが、私に敵意を向けてきているわけではありませんでした。ほんの僅か――四名だけですが、現状に困惑している子たちがいたのです。他の子とは異なり、私へ敵意も向けておりません。
戦場と化した場所に、彼らを放置しておくことなどできません。
もしかしたら、私以外は捨て置かれる可能性もありましたが、万が一を考慮すべきでしょう。子どもたちの命で博打はできませんから。
子どもたちの間を縫い、敵意のない四人を拾います。両腕に二人ずつ引っかけた私は、そのまま中庭を目指しました。もちろん、子どもたちが【シャイニングタイム】の速度に耐えられるよう、【魔纏】を施した上、結界で覆っておきます。
何故、中庭かというと、そちらの方が安全だと判断したためです。
前線も慌ただしくなったところを見るに、子どもたちの蜂起は計画的なものでしょう。
であれば、私が彼らの攻撃を掻い潜り、外へ逃げることも敵は想定しているはずです。伏兵が間違いなく存在します。
というより、いますね。探知魔法を外に広げたら、ものの見事に引っかかりました。ざっと百人ほどが孤児院を囲っています。
体格的に、一人を除いて子どもでしょうか? 敵に回った子どもたちと同じ存在?
そもそも、『私の不意を打てる子ども』という存在がおかしいのですよね。彼らの魔法からは、相当の技量が窺えました。
そのような力を有しておいて、私はともかく、お兄さまの目さえ誤魔化せるなど、不自然極まりないです。
やはり、帝国が何か仕込んでいたのでしょう。幼気な子どもたちを利用するとは許せません!
とはいえ、今は逃げの一手です。守る対象がいる中での乱戦は避けたいですし、まともに戦うのは良くない感じがしますから。ただの勘ですけれど。
しかし、奇しくもノマたちの悪ふざけが活きましたね。お陰で、相手の思惑に乗らずに済みます。
最悪の場合、援軍が来るまで籠城もアリでしょう。近く――元国境線沿いにはプラーミアが待機していますから。
ほぼ一瞬で中庭に到着した私は、死角に存在する装置を作動させ、地下シェルターの出入口を開きました。そこへ子どもたちを入れていきます。
怯える彼らだけ押し込めるのは非常に心苦しいですが、私は入れません。追手をある程度迎撃しなくてはいけませんし、現在進行形で避難しているシオンたちをフォローする仕事も残っています。
「大丈夫です、私が守りますから」
不安げにこちらを見上げる子どもたちに、私は言い聞かせました。また、涙を浮かべる彼らの頭を優しく撫でます。
もっと構ってあげたいところですが、残念ながら時間切れでした。
「少しだけ我慢してくださいね」
そう言って、地下への出入口を閉じます。子どもたちが何やら訴えてきますが、無視しました。
すると、ぞろぞろと敵対する子どもたちが現れました。
先程とは異なり、今は冷静に子どもたちを観察できました。【身体強化】と【シャイニングタイム】の応用で思考速度を上げ、念入りに考えをまとめます。
相変わらず、私へ向けてくる眼差しは冷たく、表情も真顔。人懐っこかった姿は夢幻だったのでは? と真面目に考えてしまうほど、彼らの今の雰囲気はとても鋭利でした。
正気なのか洗脳されているのかは……区別がつきません。その手の魔法は門外漢ですので。
そして、やはり、魔力量がかなり上がっていますね。ついさっきまでは並以下の魔力量だった子どもたちが、今や限界突破者並のそれを保有しています。
個人の力量は私やシオンが勝っていますが、その差は数の優位で覆せる程度でしかありません。
九歳にも満たない――最年少は三歳の子どもたちが限界突破者など、本来ならあり得ない事態です。例外は、お兄さまくらいだと思っておりました。
ただ、あのお兄さまでさえ、適切な指導を受けていなかった時期の訓練では寿命を削っていらっしゃったとか。
その点を考慮すると、あの子たちが見た目以上に酷い状態の可能性も考えられますね。
「……」
思わずこぶしに力が入ってしまいましたが、我慢ですよ、カロライン。ここで感情任せの行動を取っては、敵の思うつぼです。
わざわざ子どもたちをけしかけてきたということは、敵は私が子ども好きだと知っているのです。こちらの隙を狙うための戦略でしょう。
ならば、いつも以上に慎重を期さなくてはいけません。伏兵が根首を掻こうと狙っているかもしれませんから。
元より、三十人近い限界突破者たちと正面切って戦うのは愚策です。勝てはしますが、相当消耗するでしょう。外にも百の敵部隊が控えているため、連戦を意識して立ち回らなくてはいけません。
何より、心情的に正面衝突は避けたいところ。敵を倒す覚悟はもちろんできていますが、できるだけ子どもたちを害したくないのも本心です。
残念なことに、この二つの感情は両立するのですよね。ミネルヴァが知れば、優柔不断と笑われそうです。
――さて。無駄な思考は終わりにしましょう。ここからは現実的な考察の時間です。
最優先は、自分の命と敵対しなかった子どもたちの身を守ること。これは絶対に譲れない一線です。たとえ不本意な結果になるとしても、私は死ねないですし、無関係な子どもたちも殺させません。
次点で敵対する子どもたちの無力化ですが、こちらは“できれば”となりますね。外の敵が襲撃してくる前に防備を固める必要があり、そのためにも、迅速に内部の危険は排除しなくてはいけません。
要するに、子どもたちを呑気に構っている時間がないのです。あと五分ほどで、職員たちを引きつれたシオンが合流してきますが、彼女の戦力を合わせても、子どもたちの手心を加える余裕はないでしょう。むしろ、守る対象が増えた分、戦いにくくなるかもしれませんね。
結局、彼らを無傷で無力化するのは、努力目標に掲げるのが限界でした。
「嗚呼、とても腹立たしい」
加速した思考にようやく秒針が追いつき、私の口から自然と愚痴がこぼれました。
無意味で無価値なセリフですが、この胸に巣食った憤りを吐き出さずにはいられませんでした。本当に悔しい。
時間が動いたということは、敵対者も当然ながら動き出します。
私に向けて、子どもたちが一斉に魔法を放ちました。今度は射線が交錯していないので、容赦のない弾幕が襲い掛かってきます。
光を除く魔法の数々。色とりどりのそれが私の視界を埋め尽くしました。一つ一つが最上級レベルで、下手な魔法では防ぎきれないでしょう。
ですが、問題はありません。
――【光縮】。
それは上級光魔法。光の球に対象を閉じ込め、球ごと圧し潰す術です。それを一度に複数展開し、迫りくる魔法を閉じ込め、すべて消し飛ばしました。
これ、実はお兄さまの【コンプレッスキューブ】を参考にした魔法なのですよね。箱型を潰すのが難しかったので球型になった上、本家よりも力技で潰していますが。だからこそ、上級魔法にグレードダウンしております。
スフィアの破裂によってパリンという小気味良い音が連続で鳴り、眼前に光魔法の残滓たる黄金の光が舞い散りました。
そんな幻想的な光景の中、私は握り締めた右のこぶしを突き出し、宣言します。
「あなたたちは、ここで止めます。それ以上、道を踏み外させません」
それが、私に残された最後の義務でしょう。お兄さまほどの力を持たない私には、これが限界なのです。
……嗚呼、本当に口惜しい。
何度去来したか分からない後悔を胸に秘め、私は覚悟を瞳に宿しました。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




