Chapter25-3 束の間(4)
アルトゥーロの相談に乗った夜。オレはカロンやシオンとともにお茶をたしなんでいた。プライベートのため、シオンは私服に身を包んでいる。
いつもなら普通のデートなんだが、今回は別の目的もあった。彼女たちが対処に当たったモーガンに関する報告である。彼女たちも、早々に動いていたんだ。
『楽しみは後に取っておこう』ということで、早速、語り始めるカロン。
「結論から申し上げますと、おそらく、問題は解決できたと思います」
「おそらく?」
曖昧な表現に、オレは首を傾げる。
すると、シオンが翠色の瞳を細め、苦笑い気味に補足してきた。
「まず、モーガンさんの様子が妙だった原因から説明いたしますね。簡潔に申しますと、修行のことで頭がいっぱいだったそうです」
「ディマとの修行が原因だったのか?」
「正確には、“ディマさまとの修行で得たひらめきを元にした自主練”ですね。修行外でも、色々と試行錯誤していたようです」
「モーガンは、熱中すると周りが見えなくなるタイプだったわけか」
「そうなります」
オレの言葉に、やはり苦笑を浮かべるシオン。
そこへカロンも続く。
「伺った内容からオーバートレーニングと判断できたため、厳重注意しました。ディマにも伝えましたので、今後は落ち着くでしょう」
彼女たちの様子を見るに、モーガンは相当周りが見えなくなっていたみたいだな。カロンに僅かばかり怒気が感じられる辺り、体調面にも影響が出始めていたんだろう。
ただ、意識を変えられたとは言い難いんだと思う。でなければ、『おそらく』なんて曖昧な言い方はしない。ドクターストップを受けたから渋々止めた。そんな感じか。
オレはアゴに手を添える。
「アルトゥーロとは全然原因が違ったんだな」
少々意外だった。てっきり、モーガンも『結果か過程か』の議論を引きずっていると考えていたから。
まぁ、これに関しては、オレの単なる思い込みだな。後輩二人を、何かとセットで考えていた弊害とも言える。
「お兄さまの方は、どのような話し合いになったのですか?」
アルトゥーロのことを口にしたからだろう。カロンがそう尋ねてくる。
オレは、二人へ簡単に説明した。
言っておくけど、アルトゥーロには許可を取ってあるぞ。今回の相談を企画した時点で、カロンたちと内容を共有することは分かり切っていたもの。
「難しい問題ですね……」
「結果が出ないことのもどかしさは、よく分かります」
こちらの話を聞き終えた二人は、ともに神妙な面持ちで唸った。特にシオンは、強い共感を覚えたようだった。
然もありなん。高水準の技術を有していたにもかかわらず、シオンは実家にその力を認めてもらえなかった。
彼女とアルトゥーロで細かい点は異なるものの、“結果が出ない”という部分は同じである。同情を抱いてしまうのも無理はなかった。
過程を重視するアルトゥーロは思い悩み、結果に重きを置くモーガンはすでに割り切っている。それは、二人の性質を如実に表していた。
ふと、カロンが溢した。
「やはり、モーガンはアルトゥーロのことを、あまり意識していないのでしょうね」
寂しげな声音で、彼女は続ける。
「モーガンにとって、アルトゥーロは良きライバルだったのだと思います。結果を出すには、競う相手が必要ですから。ですが――」
「競う相手として不十分になったアルトゥーロには、興味がないってことか」
「……はい。アルトゥーロ側の問題だけで、ミコツが心配するほど、二人の仲が悪くはならないと思うので」
オレの言葉に、躊躇いながらも首肯するカロン。
否定はできないな。アルトゥーロのみの意識の変化なら、実湖都もオレに相談してこなかったはずだ。自分の手で解決を図ろうとしただろう。
モーガンも、今までの友情すべてを切り捨てたわけではないと思う。だが、以前ほどの情熱をアルトゥーロに向けていないのも事実だ。
良くも悪くも、彼女は結果にしか意識が向いていないんだよな。懊悩しづらいのは利点だが、割り切りが早すぎて孤立しやすい。オレのイメージにすぎないけど、まさに魔女らしいと言えた。
「「「……」」」
後輩二人の難しい状況を目の当たりにして、場の空気が重くなっていく。
それを回避するよう、オレは両手を合わせた。
「とにかく、今回の問題は一応解決したってことだな」
アルトゥーロは自分を見つめ直し、モーガンは――無理やりとはいえ――周囲に目を向ける余裕ができた。きっと、これまでのギクシャクしていた雰囲気は解消されるだろう。
「そうですね。今は問題解決を喜ぶべきです」
「何かあれば、その都度、対処しましょう」
オレの意図を察してか、カロンやシオンは頬を緩め、楽観気味なセリフを口にした。
直近の問題が片づいた後は、恋人同士の時間だ。デートというには質素だし、二人きりでもないけど、カロンたちは一切文句を言わない。心の底から、三人でのお茶会を楽しんでくれている。本当に、素晴らしい女性たちだよ。
笑顔の絶えない団欒の中、戦争中に保護した子どもたちについて話題は移った。
恋人同士の雑談中に触れる内容ではないかもしれないが、フォラナーダの孤児院の話から、連鎖的にそういう流れになったんだ。
とはいえ、そこまで暗い話でもない。むしろ、ポジティブ寄りだろう。
「例の孤児院が開設するのですね!」
オレの報告を聞いたカロンが、満面の笑みを浮かべる。
そう。ノマとリンデが建設に携わった孤児院が、近々運営を開始するんだ。
建設計画を立ててから一ヶ月も経っていないが、事実である。
何せ、建設自体は、ノマとリンデの尽力によって、僅か一日で終わっていたからな。残りは、運営方面の調整に費やしていた。
まぁ、それにしたって早い方だけど、子どもたちを放置する方がマズイと判断しただけの話。人道的にも、前線の負担的にもね。
ニコニコしながら、カロンは言葉を続ける。
「あの子たちも、ようやく落ち着いた生活が送れるようで安心しました」
「カロンは、誰よりも子どもたちに気を遣ってたからな」
「当然です。未来ある子どもたちを無下にするなど、あり得ない行為です」
両のこぶしを胸元に掲げる彼女は、僅かに気炎を上げていた。
カロンの気持ちはよく分かる。オレも子どもは好きなので、あの惨状は腹を据えかねていたもの。
そんな彼女に、オレは提案する。
「せっかくだし、孤児院へ視察に行くか?」
「良いのですか?」
予想通り、カロンは食い気味に反応した。
オレは頷く。
「もちろん。アポを取る必要はあるけど、早ければ明後日には迎えるはずだ」
「ぜひ、お願いします!」
「嗚呼、分かったよ」
前のめりの彼女に少し苦笑しつつ、オレは「任せろ」と返した。
ちなみに、シオンも孤児院の視察メンバーに勘定している。当人は他人ごとのような態度だったけど、フリーの彼女をカロンが誘わないわけがない。二人は仲良しだからね。
そうして二日後。オレたちは、新設された孤児院へ向かうことになった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




