Chapter25-1 策動(5)
ユモブロ子爵の尋問後、オレとマリナはアリアノートと別行動を取っていた。
本来なら護衛のマリナは離れるべきではないが、当のアリアノートが休憩を提案したので、こうしてオレと一緒にいるわけだ。オレとしても、妻と一緒にすごせるのは嬉しいため、異論はなかった。
子爵領都の大通りを並んで歩くオレたち。
町の雰囲気は、想像していたよりも酷くはなかった。多くの商店や露店が客寄せを行い、買い物中らしき人々が練り歩いている。
我が軍が占領したからといって、領都の営みが停止することはない。略奪目的ならともかく、オレたちが進軍するのは『帝国の降伏宣言を引き出すため』だ。中継地点として重宝する町を、みすみす潰すつもりはなかった。
占領直後に、アリアノートが『町の体制は大きく変えないし、民に害を与えるつもりもない。我が軍が被害をもたらした場合、訴えてくれれば公平に対応する』と民衆に宣言したのも良かった。
平民の大半は、自らの生活が維持できるか否かを重視している。彼女のセリフは、彼らに大きな安堵をもたらしたことだろう。
そういった経緯もあって、子爵領都は平常運転を続けている。聖王国軍を警戒してはいるものの、露骨に敵対してくる輩はほとんど現れなかった。
「ここだな」
程なくして、とある喫茶店の前に立ち止まるオレたち。貴族向けの、高級感溢れる外観をしている。
店内には、覚えのある魔力が三つ存在した。
「三人とも、先に来てるみたいですねぇ」
マリナも同じものを感知したようで、そんなセリフを溢す。
実は、この店で待ち合わせをしていたんだ。前線に参加しているカロン、ミネルヴァ、シオンの三人が、すでに中で待機していた。
どれくらい待たせていたかは分からないけど、必要以上に時間をかける意味もない。オレたちは若干急ぎ気味に入店した。
カランと短くも小気味好い音が響く。同時に、ウェイトレスが駆け寄ってきた。
彼女は申しわけなさそうな表情を浮かべ、謝罪を口にする。
「申しわけございません、お客さま。当店、本日は貸し切りとなっておりまして――」
「いや、問題ない。オレが貸し切った本人だから。連れが先に来店してるはずだけど、案内してもらえるか?」
ウェイトレスが頭を下げようとするのを手で制し、オレは必要な情報を与えた。
すると、彼女は慌てた様子で尋ねてくる。
「そ、そうでしたか。失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「構わない。ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ」
「寛大なご対応、感謝いたします。それでは、お席にご案内いたしますね」
ウェイトレスは仰々しく一礼し、オレたちを先導した。
といっても、店内は単純な構造だ。エントランスを抜ければ、すぐに古風なテーブルと椅子が並ぶ飲食スペースになる。そして、その奥の方にはカロンたちの姿があった。
こちらの到着に気づいていた三人は、そろってオレたちへ手を振ってくれる。もちろん、小さく振り返してあげた。
「それでは、しばらくお待ちください」
空いている席に座ったオレたちが注文を終えると、ウェイトレスは楚々した態度で裏方に下がっていく。
それを見届けた後、マリナが口を開いた。
「ここの店員さん、ものすごく丁寧な接客だねぇ」
その声音には、僅かに呆れの色が混じっていた。
確かに、貴族向けの店舗とはいえ、些か過剰な対応に思う。オレたちを前に、ずっと畏怖の感情を湛えていたし。
マリナのセリフに、ミネルヴァが答える。
「そりゃそうでしょう。私たちはこの町に攻め入った敵軍の貴族だもの。危害を加えられないか恐れるのは当然だわ」
「でも、アリアノート殿下が身の安全を保証されたよ?」
「平民には、それが絶対の保証なんて分からないのよ。貴族の意見は、他の貴族によって引っくり返るとでも思っているのでしょう」
「あ~、なるほど。言われてみると、そう思っちゃうかもしれない」
元平民のマリナは、ミネルヴァの言わんとしていることを理解したようだった。どこか遠くを見ながら、乾いた笑声を溢す。
「まぁ、侮られるよりはマシよ。あの様子なら、妙な薬を混ぜてくるなんてこともしないでしょうし」
そう言って肩を竦めたミネルヴァは、先に注文していた紅茶を一口含む。
次いで、カロンが口を開いた。
「元より、私たちを相手に、そのようなマネをしても無意味ですからね。光魔法師や五属性持ちがそろっていて、薬の判別ができないなどあり得ません」
「おまけに、水魔法師も二人いる。このメンバーを見て毒殺を狙ってくるなら、そいつは今世紀最大の愚か者ね」
最後に、ミネルヴァがフンと鼻を鳴らして締めくくる。
オレたちが呑気に敵陣の喫茶店でお茶をしている理由は、彼女たちが語った内容がすべてだった。
治療が可能な光魔法はもちろんのこと、水溶性の毒なら水魔法でも判別できる。挙句、オレは神化すれば毒性を無効化できるので、そういった搦め手は何の意味もないんだ。
――だとしても、わざわざ喫茶店を利用する必要もないって?
それはそう。いらぬ手間をかけている自覚はある。しかし、それ以上に、彼女たちには息抜きしてもらいたかったんだ。戦争中である上、農村の惨状を目の当たりにして多大なストレスを抱えていただろうから。
あと、『危険分子をあぶり出せたらラッキー』程度の期待も少しはあった。
閑話休題。
警戒がほぼ無意味だと察したオレたちは、僅かばかり肩の力を抜く。そして、たわいない雑談に興じた。それはオレやマリナが注文した品が届いた後もしばらく続く。
和やかな雰囲気のお茶会だったが、
「このような場で心苦しいのですが、今を逃すと、ずっと機を逸しそうなのでお尋ねしますね」
カロンが、真剣さと申しわけなさを綯い交ぜにしたような表情を浮かべ、そんなセリフを溢した。視線の方向から、オレに質問があるのだと分かる。
オレは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「保護した子どもたちは、今後どう扱うのでしょうか?」
「嗚呼」
彼女の問いを聞き、得心の声を漏らすオレ。
保護した子どもたちとは、例の農村から連れ出した重症患者たちのことである。かの者たちの大半は、十代中頃の少年少女たちだったんだ。
考えてみれば当然の話だろう。不衛生な環境や栄養失調で真っ先に倒れるのは、体が成長し切っていない子どもたちである。あの村での死者も、幼い子どもが多かった。
だからこそ、カロンもずっと気にかけていたんだ。被害者が大人ばかりだったら、もう少し別の対応を試みていたはずだもの。村人たちに生活が豊かになる指導を行う、とかね。
まだ療養中の子どもたちだが、元気を取り戻したとしても、元の生活には戻せないだろう。あの村の惨状を考慮すると、二の舞になる可能性は非常に高い。
かといって、聖王国内に招き入れることも不可能だ。何せ、子どもとはいえ、彼らは帝国民。中にスパイが混じっている危険性があった。
子どもだからと侮ってはいけない。むしろ、子どもゆえに警戒すべき対象だ。
ああいった子たちは純粋で、他者の影響を受けやすい。『国のためだったら喜んで命を差し出すのが普通だ』なんて教育を受けていたら、躊躇いなく実行するだろう。
すると、オレが答えるよりも先に、マリナが口を開いた。
「わたしも気になります。他人ごとのようには思えないので~」
なるほど。辺境の村の出身としてシンパシーを感じたのか。アリアノートの護衛という仕事を優先していただけで、彼女も子どもたちのことが気掛かりだったらしい。
オレは二人を安心させるため、努めて穏やかな口調で答える。
「心配はいらないよ。悪いようにはしないからさ」
具体的には、今回の戦争で確保した元・国境線沿いの平原に、新しい孤児院を設立する予定だ。あそこは土地があまっているし、戦争後に土地をそのままもらうにしろ返還するにしろ処理がしやすいからな。
それに、これはオレやアリアノートは、あのような村が他に存在していると予想している。証拠のない憶測にすぎないけど、『呪いを集めるため』という仮説が正しければ、何個も狩場を用意していても不思議ではないもの。
だから、広い土地に建て、後から増設できるように設計するわけだ。
その辺りを説明すると、カロンたちはホッと胸を撫で下ろした。
ただ、同時に燻る感情も見受けられた。おそらく、他にも同じ惨状の村があると聞いたせいだろう。まだ見ぬ子どもたちを心配しているんだ。
黙っていることもできたが、そうはしなかった。何故なら、彼女たちは弱くないから。残酷な現実を受け止めた上で、自分たちに何ができるか考える強さを持っている。
オレの予想は正しく、二人はすぐに気合を入れ直していた。
「ところで、その孤児院建設の責任者は? 本陣で保護している子たちを渡すということは、長くても一週間以内に工事を終わらせるってことでしょう? できるの?」
これまで黙っていたミネルヴァが、怪訝そうに尋ねてくる。
確かに、普通なら不可能な所業だ。フォラナーダの魔法師部隊なら実行可能かもしれないが、今は戦争やら領地の守護やらで出払っている。
彼女の疑問に答えたのは、意外にもシオンだった。
「ノマ殿とリンデにお任せするのですよね?」
「そうだよ。知ってたんだな」
「リンデから事情を伺っていましたので」
オレの問いに、そう続ける彼女。
そういえば、二人は結構仲が良いんだったな。オレへのアプローチに関して、度々相談に乗っているんだとか。オレにバラして良いのか疑問なんだが、本人曰く大丈夫らしい。
リンデことリンデーテスは、己道大陸出身のドワーフだ。オレに惚れたと公言し、今はフォラナーダで腕を振るってくれている。
鍛冶師の彼女にとって建築は専門外ではあるが、その技術はある程度応用できる。土精霊のノマも協力すれば、そう酷い仕上がりにはならないはずだ。
「むしろ、悪ノリしないか不安だわ」
でき上りについては問題ないと太鼓判を押したら、別の懸念があるとミネルヴァに溜息を吐かれてしまった。彼女のみならず、他の三人もコクコクと頷く始末。
否定したいところだが、今までの所業を考慮すると難しかった。
とはいえ、さすがの彼女たちも、国からの仕事に遊びは入れないと思う……たぶん。自分が加わったら絶対に遊びを入れるが、二人だけなら大丈夫だ、きっと。
それからも、オレたちは雑談を交わす。
結局、妻たちから半眼を向けられる羽目になったが、お茶会が重い空気で終わらなかったことを喜んでおこう。何ごともポジティブ思考が吉だ。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




