Chapter24-ep 契約と解放(1)
帝国との開幕戦、そして『クロユリ』の襲撃があった夜。オレ――ゼクスは執務室で二つの資料に目を通していた。
まずは、今回の戦争について。
オレが戦場を離れた後、当然ながら戦端は開かれた。アリアノートを総指揮官として、各部隊は予定通りに攻め入ったらしい。つまりは大勝利である。
開幕と同時に魔獣複製機を破壊したのが、想像以上の効果をもたらしたんだ。その役目を負っていたマリナとエシがかなり強力な魔法を使ったようで、周りにいた千に及ぶ兵を薙ぎ払ったという。
全体の一割が一瞬で壊滅したんだ。帝軍が混乱するのも無理はなかった。マリナたち、どれだけ気合入れたんだ?
……実湖都を前線から下げたのは正解だったな。千人が塵と化す瞬間なんて直視したら、彼女は絶対に立ち直れないだろう。
敵軍が乱れた理由はもう一つある。
死んだ千の中に、マックス第二皇子が含まれていたというんだ。今回捕虜とした敵の上官から絞り取った情報なので、まず間違いない。
何でも、自分が携わった兵器がどれほど敵を蹂躙するのか、間近で観察したかったんだとか。
阿呆すぎる。第二皇子を示す旗の確認は取れていなかったので、お忍びのつもりで参列していたんだろうが……やはり阿呆だ。戦場を遊び場か何かと勘違いしていたのかもしれない。
最終的に、敵軍の三割を削ったタイミングで、あちらは撤退していった。対するこちらは、重傷者は出したものの、死者はなし。まさに圧勝だった。
そして、敵のいなくなった戦場を我が軍は侵攻し、国境線沿いを丸々奪い取った。今は、帝国側の辺境伯領都手前にて、両軍は睨み合っている。
この後、何度か同じようなことを繰り返すだろう。『順調に進めば、帝国領土の一割は削り取れる』とアリアノートは笑っていた。
もう、キミが元帥で良いんじゃね?
そんなセリフを溢さなかったオレを褒めてほしい。
とはいえ、この戦争が、セオリー通りに進むとは考えていない。背後に控えている神の使徒は無論、その弟子であるマンモン兄妹も動きを見せていない。これからが正念場だろう。
戦争における注目点はもう一つある。転移者たちの行方だ。
開戦前にオレが確認した時は、聖剣使い――シシオウたちの姿は見当たらなかった。魔力を持たないため、その他の転移者たちの特定も難しかった。
だが、参戦している可能性は非常に高かったため、あとのことはニナに一任していたんだ。
結論から述べると、ほとんどの転移者の身柄は確保できた。担当したニナ曰く、大した手間もなく捕らえられたという。探し回る方が大変だったとか。
戦場の片隅でただ震える者。聖王国兵にトドメを刺せず、オロオロしていた者。戦場の熱気に当てられ、目を回していた者。血を見て、戦意喪失していた者。ひたすら聖王国兵から逃げ回っていた者。
転移者のいずれも、このどれかに当てはまったらしい。
然もありなん。現代日本育ちの十六、七の少年少女が、血生臭い戦いの空気に耐えられるわけがないんだ。魔獣を殺すまでは何とか慣れても、ヒト殺しまで実行できるはずがない。暴走しているっぽいシシオウやテロリストに加担したキモンジ何某が例外なのである。
まぁ、今回はその生温い価値観が幸いした。何せ、彼らは聖王国民を誰も殺してないんだ。多少傷を負わせられた者はいるものの、罰を与えるほどの重傷者はいない。
よって、確保された転移者たちは『戦争が終わるまで、王城にて軟禁』という、比較的に軽い罰で済んだ。これには実湖都も喜んでいたよ。
捕虜となった転移者たちとは、実湖都を伴って面会を済ませており、元の世界に帰れる可能性があることも教えてある。
全員、帰還願望が強かったようで、聖王国の言う通り大人しくしていると約束してくれた。これで、彼らが今後の戦に介入してくる心配はなくなった。
ただ、確保できていない転移者も四人いる。
うち三人は、聖剣使いシシオウとその取り巻きだ。捕らえた転移者たちが言うには、皇帝命令で別任務を与えられたらしい。
キナ臭さしか感じないが、行方は依然知れず。今は続報を待つしかなさそうだ。
最後の一人は、何と、実湖都の親友だった。こちらはシシオウたち以上に情報がなく、いつの間にか姿を見なくなったとか。
これに関しては、実湖都が一つの予想をしており、『戦争に巻き込まれないよう脱走したのではないか?』とのこと。現地で仲良くなった冒険者がいるようで、元々勝手に城を抜け出していたよう。
抜け出していたのはスパイ――ネモの情報で知っていたが……そうか、地元の冒険者と顔を繋いでいたのか。
道理だな。ギルドが国営だとはいえ、そこに所属する冒険者の帰属意識が高いとは限らない。むしろ、低い連中が多いだろう。ゆえに、戦争から逃げるのに、冒険者を頼るのは理に適っていた。
彼女の親友は、かなり立ち回りが上手いのだと察しがつく。それほど聡い人物なら、生き残っている可能性は高い。
それに――
「知り合いの冒険者は、あのトゥルエノだもんなぁ」
世間は狭いものである。まさか、オレたちと交流のあった彼女が、実湖都たちとも知り合いだったとは。時期的に、オレたちと別れた後に縁を繋いだんだろうけど、少なくない運命を感じてしまうよ。
トゥルエノが一緒なら、実湖都の親友は大丈夫だ。人柄的にも実力的にも、彼女は申し分ない。
一応、トゥルエノを発見したら保護するよう、部下たちには命じてある。あちらもフォラナーダの影響力は知っているはずなので、何かあったら頼ってくるだろう。
「さて」
戦争に関する確認は終わった。今後は分からないが、今のところ順調である。オレが余計な手を出す必要はない。
オレは一息吐いてから、二つ目の紙束をめくった。
こちらは『クロユリ』殲滅に関わる資料だ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




